第4話「アベンジャーズ」

 喫茶ノーチラスの代わり映えしない景色が、不思議と好きな気がする。

 父親が恋しくて会いたい年頃でもないが、静かに宿題を片付けるにはいい場所だ。これで海でも見えればと思うが、窓の外には今日もコンクリートの灰色がそびえ立っている。

 勿論もちろん、僕の他に客などいない。

 だが、今日は普段と違って父さんが上機嫌だった。


「ハジメ、これをあげよう。だれか友達か、そうだね……ガールフレンドとかと行きなさい」


 父さんが僕に差し出したのは、映画のチケットだ。

 それも、二枚。

 この小さな田舎町いなかまちでは、映画館というのは唯一にして絶対の娯楽だ。さびれた商店街の中でも、駅前のあの一角だけはどうにか華やいで見える。見たい映画の大半は、もっと都会に行かなければ見れないが……それでも、全米ナンバーワンとか、そういうハリウッドの大作だけは律儀に上映されていた。

 都会に遅れること半月、その超大作のチケットを手に入れてしまった。

 アメコミヒーローが大活躍するアレだ。


「えっ、じゃあ……ありがと。でも、珍しいね」

「いやいや、息子よ。多くの芸術に触れて、豊かな少年時代を送りたまえよ。ハッハッハ! ……それでだな、ハジメ」

「あっ、母さんなら最近さらに忙しいみたいだよ? 多分、会ってくれないんじゃないかなあ。家にいる時はいつも寝てるし」

「……トホホ、そうかあ」

「いい加減、諦めた方がいいかもよ? 仕事に夢中だし、母さん」


 ガックシと父さんは肩を落とした。

 そして、トボトボとカウンターへ戻ってゆく。

 ちょっと気の毒だが、しょうがない。

 父さんはこの喫茶ノーチラスを祖父から受け継ぐことを選んだし、母さんは母さんでやりたい仕事があったようだ。子供の僕にはまだまだわからないことが多いが、離婚後も父さんは未練たらたらである。

 そして僕は、そんな父さんが嫌いじゃない。

 母さんの夢もわかるし、養ってもらってるから文句はなかった。


「ハジメ君、コーヒーのおかわりはいかがかしら」


 父さんと入れ替わりに、ポットを片手にシホミさんがやってきた。彼女は僕が返事をする前に、コーヒーのおかわりをカップにそそいでくれる。

 ちょっとれてから時間がたった、少し焦げたような匂いがわずかに漂ってきた。

 だが、僕の前にカップを置いても、何故なぜかシホミさんはその場から動かない。


「えっと……そう、知ってるかしらハジメ君」

「なにを、ですか?」

「サボるというのは、サボタージュ……語源はフランス語なの。本当は、生産性の妨害、仕事場の破壊って意味があるのよ? ……勿論、私は今は、サボってる訳ではないわ」

「はあ」


 まあ、客がいないから仕事も少ないけどね。

 それでも、先程からシホミさんはチラチラと映画のチケットを見てはなにかを言いかける。そして、ようやく本題を切り出した。


「ところでハジメ君、私なら今度の日曜日が空いてるわ。……そっ、その……一緒に映画に行く友達はいるのかしら? それとも、こっ、ここ、恋人的なサムシングがあったりとか?」

「いやいや、まさか。あ、シホミさんもこの映画見たいんですか?」

「えっ? ……ええ! そうなの! あまり見たことがないから、後学こうがくのために、少し」

「なるほど」


 そうこうしてると、今度はヨナさんがやってきた。

 彼女は、サンドイッチを作った余りのパンの耳を、砂糖でこんがり揚げたおやつをテーブルに置く。香ばしい甘やかな香りに、自然と僕も小腹がすいてきた。


「それはそうと、ハジメ君っ! てへぺろの語源は、声優の日笠陽子ひかさようこさんって人で、ラジオ番組で初めて使われたんですよ? 顔文字の(・ω<)もそうなんです!」

「な、なにを唐突に……」


 いちいち知ったかぶらないと、会話を切り出せないのだろうか?

 でも、ヨナさんもチケットを見てわざとらしく「ああっと! こんなところに映画のペアチケットが! おろろー!」などとリアクションを見せてくれた。


「ハジメ君、わたしなら日曜日は暇ですけどぉ」

「ちょっと、ヨナさん? 今、その話は私がハジメ君としてたのよ?」

「あっ、シホミさんもアベンジャーズ見るんですか? しは誰ですかぁ?」

「推し? え、いえ、見たことはないわ。ただ、興味があるというか」

「わたしは断然、キャップ推しです! キャプテン・アメリカって結構、総受そううけっぽいっていうか、カップリング的には」

「ごめんなさい、ちょっと詳しくなくて」


 えっ、ちょっと待って。

 ねえ、なんでもう僕と映画に行くことが決まりかけてるんですか?

 チケットは二枚しかないのに……と思ってたら、やっぱり三人目がやってきた。

 二度あることは三度ある、かしまし三人娘が大集合である。


「ハジメー、だったら中を取ってあーしと行こうじゃん? アベンジャーズとか超詳しいし。そもそもさー、アベンジャーズってのはさあ」


 以外にも、リカさんが超詳しかった。

 なんか、弟さんがファンらしい。弟、いたのか……あ、それでいっつも僕にちょっかい出してくるんだな。弟さん感覚なんだ。

 だが、水を得た魚のようにリカさんが、アメコミうんちくを知ったかぶっていると……当然だが、ヨナさんが口をはさむ。


「もー、その設定は間違ってますってば、リカさんっ。それ、どこのアースですかぁ?」

「ああ? アースって……いや、アベンジャーズはアベンジャーズっしょ」

「もう、初心者のシホミさんが混乱しちゃうじゃないですか。そもそもマーブルの世界観は多岐に渡り、大人気シリーズのX-MENエックスメンもそうですが、複数の世界に分かれてて」

「お、おう……いや、ほら、あーしは弟から聞いただけで」


 なんか、ヨナさんが超早口で喋りだした。ノンブレスでだ。

 アメコミって奥が深いなあ。

 因みにその間ずっと、シホミさんは理解が追いつかず固まっていた。


「と、いう訳で! わたしがハジメ君と映画に行くんですっ!」

「ありえないし! ハジメはほら、危ないから一人で映画館とか行かせらんねーし。そ、そう、親切心で言ってるんだし!」

「あれぇ? リカさんひょっとして……単純に映画が見たいだけなんですかぁ?」

「ち、ちげーし! 未成年が一人で映画館とか、あぶねーし!」


 リカさんも未成年ですよね、女子高生ですよね。

 まあ、そんなに映画見たかったんだ。確かになぁ、この町って他に遊ぶ場所少ないからね。そんなことを考えていると、フリーズしていたシホミさんが我に返った。


「そういうことでしたら、こうしましょう。なにかくじ引きとか、それとも……ふふ、勝負します? ハジメ君を……ン、ンッ! ゴホン! 映画のチケットを賭けて」

「……後悔しますよ? シホミさん。本気を出しますからねぇ、右手がうずきますぅ」

「お、おうっ! あーしも今それ、言おうと思ってたし! 勉強以外なら超得意だし!」


 ちょっとちょっと、お嬢さん方。バイト中でしょ。

 ちなみにアルバイトというのはドイツ語だ。

 あ……いけない、僕まで伝染うつっちゃったみたいだ。

 ――よし、ただ見てだけもいられない。


「あ、じゃあ、三人でどうですか?」

「ハジメ君は黙ってて!」

「仲良くみんなでってーの、あーしがしたいのは違うんだし!」

「そうですよ! ハーレムルート、断固拒否ですぅ!」


 トホホ……気圧けおされそう。


「いや、この二枚を差し上げますから……三人でどうぞ。一人分のチケットを割り勘で買えば、三人で仲良く見れるじゃないですか。……あ、あれ? え? 僕、変なこといいました?」


 何故か三人は、チベットスナギツネみたいなフラットな表情で僕をにらんできた。まるで、残念な子供を見る時の目つきだ。せぬ……わからない。僕、なんか悪いこと言ったの?

 いやでも、女子高生は結構お小遣こづかいにシビアなのかもしれない。

 そんなことを思っていたら、父さんがパンパンと手をたたく。

 渋々三人は、皿洗いや店の掃除へと戻っていくのだった。

 うーん、知ったかぶりな三人のこと、よく知らないんだよな……僕は。

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しったかブリリアント☆ガールズ ながやん @nagamono

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