しったかブリリアント☆ガールズ
ながやん
第1話「メチャシコ」
――答えは、ちっとも素敵じゃない。
海辺というのは、少し嘘だ。
もち、店から海なんか見えない。
「ただいま、父さん」
僕はいつも通り、喫茶店のドアを開ける。
カランコロンと、来店を告げるベルが軽快に鳴った。
案の定、お客さんはいつもの漁協の組合長だけだ。これまたいつも通り、競馬新聞に赤鉛筆を走らせている。
喫茶ノーチラスは今日も、
「おう! おかえり、ハジメ。今日も宿題、やってくか?」
「ああ」
「母さん、元気か」
「なんか、忙しそうだよ」
中学校が終わると、父さんの店で小一時間。
ほかにやることがないから、宿題を片付けて、スマホをいじって、好きでもない
父さんは昔は、東京で大きなホテルに努めてたらしい。
でも、僕が沈没寸前のノーチラス号で、ネモ船長に毎日会いに来る理由がほかにある。
今日も当店自慢の、かしまし三人娘の御出勤だ。
「お疲れ様です、マスター」
「ちーす、オツオツー?」
あれ? 二人……? いや、いやいやいや、待って……遅刻?
そう、彼女達は僕より少しお姉さんで、高校生だ。
どういう訳か、こんな店にアルバイトのウェイトレスが三人もいるんだ。
普段は、三人の
まるで月と太陽みたいに対照的なこの二人は、容姿が綺麗だということだけは共通している。タイプ違えど、ちょっと見ない美人だ。
「おっ、ハジメ! 相変わらず、つまんなそうにしてるしぃ?」
「ども、リカさん」
「彼女できたかー? えー? ウリウリ、どうなんー?」
この人は、リカさん。うん、ギャル。水産高校の二年生で、ただいま彼氏募集中。特技はギターとホタテの
色気のないサバサバした言動とは裏腹に、まるでフランス人形って感じ。
だが、黙ってれば美人だが、一秒だって口を閉じちゃいられない。
そんな彼女に比べれば、もう一人の――
「リカさん、ハジメくんをからかうものではありませんわ? ね、ハジメくん?」
「え、あ、いやあ……はあ」
「……それはそれとして、彼女はできたのかしら」
「えっ、そこ食いつくんですか!?」
こっちの長い黒髪の人は、シホミさん。
リカさんとは同学年だけど、山の手の女子校に通っている。お祈りの時間とか聖書の時間がある、いわゆるミッション系のお嬢様学校だ。そういうのがもろにハマる美少女、それがシホミさんである。
なんで、そんな高校に通う人が、こんな場所でバイトを?
二人は揃ってエプロンを付けて、仕事を始める。
リカさんのセーラー服もいいけど、シホミさんのちょっと浮世離れしたドレスみたいな制服も、いい。などとまあ、考えつつ今日も宿題が
そうそう、もう一人アルバイトの人がいて、絶賛遅刻中、かな?
「すいませーん! 遅刻しましたっ! はわわ、大失敗です!」
……現実で『はわわ』って言う人、初めて見た。
最後の一人が、ヨナさん。なんか、ちょっと不思議な人だ。
それに、ブレザーっていいと思う。凄く、いいと思う。
この人だって、黙っていれば文学少女の
「すみません、マスター! ちょっとわたし、メチャシコ動画に夢中になっちゃって!」
「はいはい、時間は守ってね? ま、でもヨナちゃんかわいいから、おぢさん許しちゃう」
「やたっ! あ、じゃあわたし、すぐにキッチン入りますね!」
ああ、またか。
いつものアレが始まった。
「リカさん? 今の」
「ん、あーし?」
「他のリカさんがどこにいるのかしら? それより、今のは」
「あー、それ、それな! その……ヨナっちの、さっきの」
「ええ……確か、メチャシコ」
「そそ、メチャシコ」
ちょっとちょっと、お姉さま方、連呼するのやめてくれませんか。
僕は笑いを噛み殺しつつスマホを操作する。ググればすぐだ、メチャシコ……ネットスラングで『滅茶苦茶シコい』って意味だ。
主に思春期の男子的な意味で。
で、だ……ギャルとお嬢様はこういう時、必ず無駄に
「勿論、存じてるわ。ええ、知ってますとも」
「へえ? シホミっちさ、メチャシコの意味知ってんの? へー、ふーん、すごくね?」
「と、当然でしてよ!」
シホミさんが一瞬、考え込む
そして、彼女は大きく
「メチャシコ……なにかこう、
「へぇー、ふーん、ほぉー?」
「メチャシコのシコ、これは至高……つまり、メチャ至高なの!」
うん、だいたい合ってる。
そして、真実は知らないほうが正解だろうな。
でも、ここで引き下がらないのがリカさんだ。
今、美少女と美少女が互いの知識と感性を総動員して、マウントを取り合う知ったかぶり合戦だ。
「あーしもわかるし!。そ、そう、それな! 至高っての! ほら、究極と至高で張り合うやつじゃん?」
「え、張り合う……え、ええ、そうね! 私もそれを言おうと思ってたとこよ」
「メチャってつまりー、メチャンコやべぇって意味だしー?」
「メチャンコ……はっ! ちゃんこ、
「っ、マジ……? って、ちが、いまのナシ! それ、あーしが言いたかったことだし!」
やばい、そろそろ止めた方がいいのかな?
でも、面白いから放置しとこう。
因みに客は日に数えるほどしかいないので、僕の放課後はこんな感じで毎日平和だ。
「つまり、リカさん。メチャシコというのは、ちゃんこの
「お、おうっ! あーしも知ってたし! 相撲は国技だかんねー! 力士とかマジ最強だし! ……アッ、そういえば!」
「リカさん、本当の意味がわかるんですの!? い、いえ、私もわかりますけど!」
「メチャシコ動画って……つまり、ほら、あーし見たことある! 東京のさ、本場の相撲ってすげーの! 手からビーム出るし、
「とっ、とと、当然ですわ! 古来より相撲とはこれ
あ、ほんとだ……『すまい』で『相撲』と変換できるわ、スマホで。
へー、そうなんだ……ま、メチャシコは違うけど。
全っ! 然っ! 違うけど!
「ハッ、ハハ……シホミさ、結構知ってんじゃん」
「とっ、当然でしてよ! ホホ、ホホホ」
ま、これが喫茶ノーチラスの日常。
でも、なんで三人共うちでバイトしてんだろ。
こんな田舎じゃ、漁港と市場くらいしかないからなあ。あ、コンビニが一軒できたっけか? ナントカマートっての。まーしかし、平和だねえ。
「あっ、そういう……あーし、わかったかも! だから相撲って『
「そ、そうよ、そんなことも知らなかったのかしら? いっ、一般常識ね!」
「じゃ、じゃあよ? シホミっちさあ? あんた的に……メチャシコ? ほ、ほら」
「えっ? え、ええ……そ、そりゃ、リカさん程度には、メッ、メメ、メチャシコなのだわ!」
さっきから二人は、僕を見てなにを言ってるんだろうか。
はぁ、早くこんな町出て、都会に暮らしたいなあ。
こうして僕は今日も、壁を見上げて珈琲を飲む。気が向いたら、ヨナさんのナポリタンとか食べたりしてね。これはそう、今どき珍しいド田舎の片隅の、本当になんでもない物語……だと、思う。
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