しったかブリリアント☆ガールズ

ながやん

第1話「メチャシコ」

 海辺うみべの喫茶店だなんて、素敵だと思いませんか?


 ――答えは、ちっとも素敵じゃない。


 さびれた漁村て程じゃないけど、都会の喧騒とは無縁な田舎町いなかまちだ。そんな漁師町りょうしまちで、僕の父さんは喫茶店をやっている。

 海辺というのは、少し嘘だ。

 いその香りをはらんだ潮風しおかぜを、目の前にそびえる堤防ていぼうが突っぱねてる。

 もち、店から海なんか見えない。


「ただいま、父さん」


 僕はいつも通り、喫茶店のドアを開ける。

 カランコロンと、来店を告げるベルが軽快に鳴った。

 案の定、お客さんはいつもの漁協の組合長だけだ。これまたいつも通り、競馬新聞に赤鉛筆を走らせている。

 喫茶ノーチラスは今日も、閑古鳥かんこどりで平常運行だった。


「おう! おかえり、ハジメ。今日も宿題、やってくか?」

「ああ」

「母さん、元気か」

「なんか、忙しそうだよ」


 中学校が終わると、父さんの店で小一時間。

 ほかにやることがないから、宿題を片付けて、スマホをいじって、好きでもない珈琲こーひーを飲む。窓辺の席で、重苦しい堤防のコンクリートを見上げながらね。

 父さんは昔は、東京で大きなホテルに努めてたらしい。

 ひげのダンディーを気取っているが、今じゃ場末ばすえのマスターがいいとこだ。

 でも、僕が沈没寸前のノーチラス号で、ネモ船長に毎日会いに来る理由がほかにある。

 今日も当店自慢の、かしまし三人娘の御出勤だ。


「お疲れ様です、マスター」

「ちーす、オツオツー?」


 あれ? 二人……? いや、いやいやいや、待って……遅刻?

 そう、彼女達は僕より少しお姉さんで、高校生だ。

 どういう訳か、こんな店にアルバイトのウェイトレスが三人もいるんだ。

 普段は、三人のはずなんだけど。

 まるで月と太陽みたいに対照的なこの二人は、容姿が綺麗だということだけは共通している。タイプ違えど、ちょっと見ない美人だ。


「おっ、ハジメ! 相変わらず、つまんなそうにしてるしぃ?」

「ども、リカさん」

「彼女できたかー? えー? ウリウリ、どうなんー?」


 この人は、リカさん。うん、ギャル。水産高校の二年生で、ただいま彼氏募集中。特技はギターとホタテの貝殻剥かいがらむき。……黙ってれば、うん、やっぱり美人だ。

 色気のないサバサバした言動とは裏腹に、まるでフランス人形って感じ。

 栗色くりいろのくせっ毛も、黒目がちな瞳も、くりくりしてて別世界の住人みたいだ。

 だが、黙ってれば美人だが、一秒だって口を閉じちゃいられない。

 そんな彼女に比べれば、もう一人の――


「リカさん、ハジメくんをからかうものではありませんわ? ね、ハジメくん?」

「え、あ、いやあ……はあ」

「……それはそれとして、彼女はできたのかしら」

「えっ、そこ食いつくんですか!?」


 こっちの長い黒髪の人は、シホミさん。

 リカさんとは同学年だけど、山の手の女子校に通っている。お祈りの時間とか聖書の時間がある、いわゆるミッション系のお嬢様学校だ。そういうのがもろにハマる美少女、それがシホミさんである。

 なんで、そんな高校に通う人が、こんな場所でバイトを?

 二人は揃ってエプロンを付けて、仕事を始める。

 リカさんのセーラー服もいいけど、シホミさんのちょっと浮世離れしたドレスみたいな制服も、いい。などとまあ、考えつつ今日も宿題がはかどる訳で。

 そうそう、もう一人アルバイトの人がいて、絶賛遅刻中、かな?


「すいませーん! 遅刻しましたっ! はわわ、大失敗です!」


 ……現実で『はわわ』って言う人、初めて見た。

 最後の一人が、ヨナさん。なんか、ちょっと不思議な人だ。眼鏡めがねに三つ編みという、どうにも垢抜あかぬけない格好の割に、その、うん……胸、凄いよね。凄く、大きいよね。

 それに、ブレザーっていいと思う。凄く、いいと思う。

 この人だって、黙っていれば文学少女のごとたたずまいがある、気がする、感じ、っぽい。


「すみません、マスター! ちょっとわたし、に夢中になっちゃって!」

「はいはい、時間は守ってね? ま、でもヨナちゃんかわいいから、おぢさん許しちゃう」

「やたっ! あ、じゃあわたし、すぐにキッチン入りますね!」


 何故なぜか、他の二人と違ってヨナさんは料理上手だ。どのメニューだって、父さんより何倍も美味しく作れる。珈琲に専念できていいね、なんて負け惜しみ、やっぱり父さん格好悪い……って、ん?

 ああ、またか。

 いつものアレが始まった。


「リカさん? 今の」

「ん、あーし?」

「他のリカさんがどこにいるのかしら? それより、今のは」

「あー、それ、それな! その……ヨナっちの、さっきの」

「ええ……確か、メチャシコ」

「そそ、メチャシコ」


 ちょっとちょっと、お姉さま方、連呼するのやめてくれませんか。

 僕は笑いを噛み殺しつつスマホを操作する。ググればすぐだ、メチャシコ……ネットスラングで『滅茶苦茶シコい』って意味だ。

 勿論もちろん『シコい』ってのは……まあ、その、使えるとか、いけるって感じだ。

 主に思春期の男子的な意味で。

 で、だ……ギャルとお嬢様はこういう時、必ず無駄に見栄みえを張るんだよなあ。


「勿論、存じてるわ。ええ、知ってますとも」

「へえ? シホミっちさ、メチャシコの意味知ってんの? へー、ふーん、すごくね?」

「と、当然でしてよ!」


 シホミさんが一瞬、考え込む仕草しぐさをする。

 ひじを自ら抱いた姿は、巨匠の名画みたいだ。

 そして、彼女は大きくうなずく。


「メチャシコ……なにかこう、とうといものを表現する言葉ね。ヨナさんはなにか、そうしたものを見て時間を忘れ、遅刻してしまったのよ」

「へぇー、ふーん、ほぉー?」

「メチャシコのシコ、これは至高……つまり、メチャ至高なの!」


 うん、だいたい合ってる。

 そして、真実は知らないほうが正解だろうな。

 でも、ここで引き下がらないのがリカさんだ。

 今、美少女と美少女が互いの知識と感性を総動員して、マウントを取り合うだ。何故なぜかこの二人、無駄に張り合ってしまうのだ。


「あーしもわかるし!。そ、そう、それな! 至高っての! ほら、究極と至高で張り合うやつじゃん?」

「え、張り合う……え、ええ、そうね! 私もそれを言おうと思ってたとこよ」

「メチャってつまりー、メチャンコやべぇって意味だしー?」

「メチャンコ……はっ! ちゃんこ、相撲部屋すもうべやの伝統料理? 肉、魚、野菜が入り乱れる、栄養バランスの完璧ななべ……ちゃんこ」

「っ、マジ……? って、ちが、いまのナシ! それ、あーしが言いたかったことだし!」


 やばい、そろそろ止めた方がいいのかな?

 でも、面白いから放置しとこう。

 因みに客は日に数えるほどしかいないので、僕の放課後はこんな感じで毎日平和だ。


「つまり、リカさん。メチャシコというのは、ちゃんこのごとき完璧さを備えた、至高の存在……それを指し示す言葉ね!」

「お、おうっ! あーしも知ってたし! 相撲は国技だかんねー! 力士とかマジ最強だし! ……アッ、そういえば!」

「リカさん、本当の意味がわかるんですの!? い、いえ、私もわかりますけど!」

「メチャシコ動画って……つまり、ほら、あーし見たことある! 東京のさ、本場の相撲ってすげーの! 手からビーム出るし、隕石いんせき落ちてくるし、力士は無敵でさあ! なんか、? オーラとばバリサンでさ!」

「とっ、とと、当然ですわ! 古来より相撲とはこれすなわち、『すまい』……神にささげる神事、舞いだったんですもの!」


 あ、ほんとだ……『すまい』で『相撲』と変換できるわ、スマホで。

 へー、そうなんだ……ま、メチャシコは違うけど。

 全っ! 然っ! 違うけど!


「ハッ、ハハ……シホミさ、結構知ってんじゃん」

「とっ、当然でしてよ! ホホ、ホホホ」


 ま、これが喫茶ノーチラスの日常。

 でも、なんで三人共うちでバイトしてんだろ。

 こんな田舎じゃ、漁港と市場くらいしかないからなあ。あ、コンビニが一軒できたっけか? ナントカマートっての。まーしかし、平和だねえ。


「あっ、そういう……あーし、わかったかも! だから相撲って『四股しこを踏む』っていうんじゃね?」

「そ、そうよ、そんなことも知らなかったのかしら? いっ、一般常識ね!」

「じゃ、じゃあよ? シホミっちさあ? あんた的に……メチャシコ? ほ、ほら」

「えっ? え、ええ……そ、そりゃ、リカさん程度には、メッ、メメ、メチャシコなのだわ!」


 さっきから二人は、僕を見てなにを言ってるんだろうか。

 はぁ、早くこんな町出て、都会に暮らしたいなあ。

 こうして僕は今日も、壁を見上げて珈琲を飲む。気が向いたら、ヨナさんのナポリタンとか食べたりしてね。これはそう、今どき珍しいド田舎の片隅の、本当になんでもない物語……だと、思う。

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