エピローグ 無理だったからこそ

 いつもの放課後の部室。俺は本を読み、布田はスマホをいじり、山田さん……瑞菜も本を読む、この光景は変わらない。

 ただ。

 お互いの呼び方が変わった。というか、変えさせられた。布田に。「いつまで名字プラスさん呼びなの、付き合っているんでしょ? 山田さんも何、いつまで先輩なの、名前で呼びなさい名前で」って言われ、変わった。

「……で? 今日は放課後デート行くの? お二人さん」

 変わったと言えば、もう完全に布田の立ち位置が俺と瑞菜をいじるところに収まっているというのもなかなか。

「……行きたい? 瑞菜」

 読んでいる本を一旦机に置き、俺は瑞菜に聞く。

「……慧さんは行きたくないんですか?」

 若干拗ねたようにも見える態度で聞き返す彼女。

「っ……」

 付き合うようになってからもこういうことがあってなかなか辛い。いや、ご褒美なんですけどね、はい。

「……あーはいはいごちそうさま。じゃあ、お邪魔虫の私はもう帰るから、あとは二人で好きにしなー」

 布田は俺と瑞菜が付き合うことになると知ったとき、一番喜んでくれた。二番目に喜んでくれた人はいない。……お互い友達いなかったから。い、今はそれなりになんとかやってるから、それなりに。

 そんなことを言いながら、布田は部室を後にした。

「……変わったよなー布田も」

「……そうですね」

 お互い顔を見合わせながら、少し笑ってしまう。

 緩い空間が、部室に流れる。

「……今日、どこ行きたい?」

「慧さんとなら、どこにでも」

「ねえ、わざとじゃないよね?」

「あ、ばれちゃいました?」

「……やっぱり……」

 きっと昔の俺が見たら砂糖吐き出しそうな、そんな会話をしていた。

 でも、まあ、悪い感じはしない。

「あ、じゃあ私映画見に行きたいです」

「え? 映画?」

「だって、布田先輩とは見たことあるんですよね……?」

「ま、まあ」

「なのに私はまだっていうのは……ちょっと悔しいので」

 ……そういう所で対抗心燃やすものなんだーと思いつつ、俺は今上映している映画を頭に思い浮かべる。

「……じゃあさ、今やってるアニメ映画でさ――」


 あの日、リアルに絶望し、現実から逃げた俺は、今こうして可愛い後輩の彼女を作って楽しくやっていますって、中学生の俺に言ったら、信じてくれるだろうか。

 多分、無理だ。

 でも、無理だったからこそ、今がある。無理じゃなければ、きっと今はない。

 だから、あの時期を黒歴史に思うつもりはない。

 

 その後、きりのいい所で、二人一緒に学校を出て、新宿の映画館に向かった。学校を出る際、クラスメイトに色々からかわれ、「うるせー」と笑いながら話すくらい、人間関係は作れてきた。

 あとは。

 とりあえず、今隣にいてくれる彼女を、泣かせないことが、目下の目標。

 ……頑張れ、俺。


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高尾まで向かう電車を捜して 白石 幸知 @shiroishi_tomo

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