暗殺者、女神の依頼を受ける

 気が付くと、見渡す限りどこまでも真っ白な場所にいた。


 ここはどこだろう? 先程まで全身を襲っていた痛みや傷もないし……まさか俺が死んだのは夢だったのだろうか?


「夢ではありませんよ。あなたは確かに死にました」


 俺の心の声を読んだかのように答えたのは、いつの間にか眼前に現れた少女。


 美しい以外の言葉が見つからない。それくらい整った容姿の少女だ。


 本来ならその美貌に目を奪われるのが正しい反応なのだろうが、俺はそんな間抜けは晒さず少女に対して警戒心を抱いた。


 今この少女は俺に気付かれることもなく目の前に立った。当代一の暗殺者と言われたこの俺にだ。


 それだけで、この少女がタダ者ではないことがよく分かる。


「あれ? 警戒させちゃったかな?」


 少女は目を丸くしながら、最初の厳かな口調はどこへやら。かなり軽い口調話しかけてきた。


「お前、何者だ?」


「私? 私は女神。数多存在する神の一柱だよ。よろしくね、『死神』君?」


 神を自称する奴にはロクなのがいないというのが相場だが、不思議と女神を名乗る目の前の少女を疑う機にはなれなかった。


「わざわざ自己紹介どうも。俺は『死神』と呼ばれている。本名はない。仕事は暗殺者だ。……それで? 女神様とやらが薄汚い暗殺者に何の用だ? まさか天罰でも下しに来たのか?」


「天罰? ははは、まさか! たかが人間一人を罰するためだけに神が出張るわけないじゃん! というか、私が来たのはそういう理由じゃないし!」


「……なら俺に何の用だ?」


 ケラケラと心底可笑しそうに笑う女神に若干のイラ立ちを覚えながらも訊ねる。


「何って……君に用と言ったら一つしかないだろ? ――暗殺だよ、暗殺。私は『死神』とまで呼ばれた世界最高の暗殺者である君に殺してほしい奴がいるんだ」


 女神がわざわざ俺に暗殺の依頼……話がどんどん面倒な方向に転がってるように感じるのは、気のせいではないはずだ。


「標的は君の住んでいた世界とは別の世界にいる奴なんだ。そこは君の住んでいた地球と比べると文明レベルは低いけど、代わりに魔法と呼ばれる技術が発展しているんだ。そして魔物と呼ばれる地球には存在しなかった人類の敵対種もいる。私が殺してほしいのは、この魔物たちを束ねる存在――魔王なんだ」


「……いくつか質問がある」


「どうぞ」


 女神から許可をもらったので、少し頭の中で整理してから発言する。


「お前は暗殺を依頼したいと言ったが、俺はすでに死んだ身だぞ? どうやってその世界に行くんだ?」


「君をその世界に転生させるよ。記憶と人格は引き継げるから、赤子からのスタートになるけど頑張って」


 転生……つまりは生まれ直しというやつか。女神ともなると色々なことができるようだな。


「なら次だ。俺はあんたの言う通り、かなりの実力を持った暗殺者だ。その自負もある。だがそれはあくまで人間相手ならの話だ。魔王なんて謎生物、殺せる自信はないぞ」


「大丈夫。魔王なんて言っても、人間とくらべると少し変わった力を使えるだけ。君が今まで殺してきた奴らと大差ないよ」


 俺が今まで殺してきた人間は、大抵の奴が社会に必要ないゴミクズばかりだったが、魔王とまで呼ばれる存在がそれでいいのか?


「そもそもどうしてわざわざ俺に依頼なんかするんだ? 女神ならそのくらい自力でどうにかしろよ」


「私もできることならそうしたいけど、神は世界に直接介入はできない決まりなんだ。だから私の代理として君にお願いしてるんだよ。最高の暗殺者である君にね」


 どうやら女神側も女神側で面倒なルールに縛られてるらしい。人間が縛られもがき苦しんでいるルールというものに、神も縛られてると思うと少し滑稽だ。


「これで最後の質問だ。魔王暗殺という依頼に対して、お前は俺にどんな報酬を払える?」


「……転生させるのが報酬じゃダメ?」


「ダメだ」


 それは依頼者である女神が、俺に暗殺を遂行させるためにこなすべき最低限の義務だ。報酬にはならない。


「えー……転生なんて普通なら泣いて喜ぶものなんだけどなあ……」


「俺はこれでもプロの暗殺者だ。仕事をするなら、それに相応しい報酬を望むのは当然だろ」


「それはそうだけどさあ……」


 暗殺の仕事において、報酬はモチベーションに関わってくる重要なものだ。かと言って、別に無茶な要求をするつもりはない。


 だが魔王なんて未知の存在を相手にするのだから、それなりの報酬を要求してくれない困る。


「むむむ……仕方ないなあ。分かったよ。それじゃあ魔王を倒したら、報酬として何か一つだけ願いを叶えてあげる。これでどう?」


「そのどんな願いでもというのは、本当にどんなことでもいいのか?」


「もちろん」


「ふむ……」


 正直、今叶えたい願いというのはない。


 ……いや、そもそも俺は願いなんてものを持ったことがない。人を殺し続けてきただけの血塗られた日々の中、願いなんてものを持つ余裕はなかった。


 こうして改めて考えてみると、俺は何とつまらない人間だったのだろう。


 だがどんな願いでも叶えてくれるというのは、願いのない俺からしてもかなり魅力的なものに映った。


 今はなくても、転生後に見つかるかもしれない。魔王という未知の存在を暗殺する対価とも釣り合ってると思う。


「分かった。魔王暗殺の依頼、この『死神』が承ろう」


「本当に!? ありがとう!」


 この喜びようから察するに、女神は魔王とやらにかなり頭を悩ませていたようだ。


「よし! それじゃあ今から準備をするから、ちょっと待っててね!」


 言い終えると同時に、女神は現れた時のように音もなく消えた。


 後に残されたのは俺一人。丁度いいので、ここで話をまとめておこう。話の内容は大まかにまとめると、三つに分けられる。


 一つ目は俺は死んでしまったこと。正直クソみたいな人生だったのであまり未練はない。


 二つ目は俺は地球とは別の世界で記憶と人格を維持したまま生まれ変われること。


 三つ目はその世界で魔王と呼ばれる存在を暗殺すること。魔王がどういった存在かは分からないが、女神の言う通り人と大差ないのなら殺すことは可能だ。


「お待たせ!」

 

 話の内容を頭の中で整理していると、いつの間にか女神が戻ってきていた。相変わらず気配を察知できない不気味な奴だ。


「早速今から転生の準備を始めるよ!」


 言うや否や、女神は両手を俺の方に向けた。


 次の瞬間、足元から俺を包み込むようにして光が上がった。


「そのまま動かないでねえー」


 徐々に光は強さを増していく。しまいには目を開けてるのも困難になってきた。


「それじゃあ、魔王暗殺頑張ってね! 応援してるから!」


 その言葉を最後に、俺の視界は完全に光に覆われるのだった。


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