『死神』と呼ばれた暗殺者は女神の依頼で異世界転生する

エミヤ

暗殺者、死す

「が……ッ!」


 喀血する。吐いた血がコンクリートを彩る。


 いや、血は口からだけではない。全身の至るところから止めどなく溢れている。おかげで全身に激痛が走っている。最悪の気分だ。


 こんなところ、他人に見られれば悲鳴をあげられかねないが、幸いとでも言うべきか、ここは人気のない路地裏。その心配はない。


 そんなことよりも俺の現状だ。結論から言うと、俺はあと数分もしないうちに死ぬ。これは覆しようのない事実だ。


 一応こうなったのにも理由がある。それは先程遂行してきた仕事だ。


 実は俺は『死神』という名を持つ暗殺者だ。自慢ではないが、当代最高の暗殺者と呼ばれている。


 表の世界の住人からすれば、暗殺者なんてものはフィクションの世界の産物としか思わないだろう。


 だが裏の世界なら暗殺者なんてものは当たり前のように存在している。俺も裏の世界の人間の一人だ。


 そんな俺に今回の依頼が舞い込んで来たのは十日前のこと。依頼者はとある大物マフィアボスの息子のうち一人。


 依頼内容は他の兄弟三人の暗殺。


 正直、この手の依頼は珍しくない。というか、俺が今まで受けてきたのはそういうのばかりだった。


 むしろ肉親以外の暗殺の方が珍しい。


 どうして血縁関係のある人間だと、あっさり暗殺依頼を出せるのだろうか? 暗殺稼業を始めて十年近くになるが、それだけは未だに謎だ。


 まあ、物心ついた頃から親を知らない俺に分かるはずもないのだが。


 さて話を戻そう。


 こういった肉親暗殺の依頼は、大抵の場合暗殺を依頼するまでの経緯を調べたりはしない。


 あまり深いところまで入り込むと、知らなくていいことまで知って逆に狙われる羽目になったり、ターゲットに感情移入して手が鈍ってしまうことがある。


 実際、それで死んだ同業者を俺は何人も知っている。


 なので、今回のものもいつも通りのつまらない依頼として処理したかったが、相手がマフィア関係者となるとそうはいかない。


 マフィアならその気になれば自分でも暗殺は可能なはずだ。わざわざ金を払ってまで、暗殺者に依頼する必要性はない。


 それでも依頼してくるということは、怨恨などといった単純ではない理由が絡んでくるはずだ。


 そんなわけで、依頼者とマフィアのことを根掘り葉掘り調べた。


 どうにもこの依頼者の父親――つまりはマフィアのボスが近々病気で死ぬらしい。


 そのことが原因で、現在マフィアは後継者の座を狙って内部で醜い争いが起こってるようだ。


 依頼者がわざわざ俺に依頼したのは、争いが泥沼化して組織そのものが崩壊することを恐れてのものだろう。確実に暗殺を成功させることができる人間となると、確かに俺しかいないからな。


 依頼の全貌はこんな感じだ。少し複雑な事情だが、これなら問題はない。いつも通り、手早く済ませよう。


 そして入念な準備をしてから、暗殺を開始した。


 一人目は七百メートル離れたところからの狙撃。頭を一発で撃ち抜いてやった。


 二人目は車の事故死に見せかけて殺した。数人のボディーガードがいたが、まとめて轢き殺した。


 相手がマフィアとはいえ所詮は人間。人間は簡単に死ぬ。そこに例外はない。死とは、この世で唯一平等なものだ。


 そして最後の三人目。ここで少々問題が発生した。


 三人目は暗殺を恐れてか自宅に引きこもっていたので、飲食物に毒を混ぜて殺した。しかし奴は死の直前に、自宅に仕込んでいた爆弾を爆発させたのだ。


 三人目の死を確認するために奴の自宅に忍び込んでいた俺は、当然ながらこの爆破を受けて現在に至る。


「…………ッ」


 全身を苛む激痛に思わず顔をしかめる。


 こういった死の間際になると、普通はこれまでの思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡るらしいが、残念なことに俺は振り返れるだけの思い出がない。


 物心ついた時から親もなく、その日を生きることだけに懸命だった俺にそんなものがあるはずもないのだから。


 脳裏を過るのは、今まで殺してきた人間の顔ばかり。何とも色気のない死に際だ。


 しかし俺は、今までたくさんの人間を殺してきたような奴だ。こういう末路がお似合いなのかもしれない。


 ……もし次があるのなら、せめて死の間際になって生きてて良かったと思えるような人生を歩みたい。


 そんな願いを胸に秘めたまま、俺の意識は闇に落ちた。


 


 

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