暗殺者、女神と対話する

「ここは……どこだ?」


 気が付くと俺は、今の世界に転生する前に一度来たことのある白い空間にいた。


 おかしいな。さっきまでは教会にいたはずなのに。まさかとは思うが……俺はまた死んだのか?


「やあ、久しぶりだね」


 聞き覚えのある声が耳に届いた。声のした方を振り返る。


「やはりお前か……」


 するとそこには案の定、女神が憎たらしい笑みと共に立っていた。


 こいつなら何か知ってるはずだ。そう思った俺は、早速現状の説明を求めることにする。


「おい女神。これはどういうことだ?」


「どういうことって……何が?」


「何がじゃない。どうして俺はこんなところにいるんだ? ついさっきまで俺は教会にいたはずだぞ。まさかまた死んだとかじゃないだろうな?」


「ああ、そのこと。安心していいよ。君は別に死んだわけじゃないから。ただちょっとお話したいから、意識だけを私が呼ばせてもらったんだ」


 軽々しく言ってるが、つまりはこいつの都合で呼び出されたということか。


「随分と勝手な奴だな」


「ははは。神ってのはどいつもこいつも自分勝手な奴ばかりなんだよ。君も覚えておくといいよ」


 言うことがいちいち腹立たしいが、これ以上文句を言っていては話が進まないので、俺は黙ることにする。


「まあ君呼び出した理由というのは、君の現状の確認のためかな。君をこの世界に送り出してかれこれ五年経つけど、調子はどう? 何か困ったことはない」


「特にないな」


 俺は今の生活に大した不満はない。転生してから暗殺者としては一度も活動していないので、暗殺の腕が落ちてないかだけは心配だが、まあどうとでもなるだろう。


 なので別に特に口にすべき不満はないのだが、


「ただ、いくつか気になることがある」


「気になること? 私に答えられる範囲なら答えてあげようか?」


 女神からのありがたい申し出。当然無駄にする手はない。


「魔王というのは何だ?」


 今の世界に来てから、俺は魔王暗殺に向けて様々な方法で情報収集を試みた。しかし魔王に関する情報は何一つ存在しなかった。これでは暗殺のしようがない。


 俺の問いに女神は一瞬考えるような仕草をしたが、すぐ様口を開く。


「魔王のことを説明するなら、その前に魔物について説明する必要があるね。少し長くなるけどいいかな?」


「問題ない」


 ずっと謎だったことの答えがようやく分かるのだ。多少の長話は聞いてやろう。


「そもそも魔物というのは、今君がいる世界の生物じゃない。別の世界から送り込まれた生物なんだよ」


「別の世界?」


「異世界に転生した君なら分かってると思うけど、世界というものは一つじゃない。無数に存在するものなんだ」


 それは何となく分かっていたことだ。むしろ、転生してきた今の世界とかつて生きていた世界、この二つしかないと考える方がおかしい。


「話を戻すね。別の世界にいるはずの魔物たちがなぜ君の世界にいるのかというと、彼らの主である魔王が送り込んだからなんだ」


「送り込んだ? 別の世界から送るなんて、そんな簡単にできるのか?」


「まさか。普通は別世界に干渉するなんて、私のような神でもない限り不可能だよ。ただ魔王はなぜか世界を渡る能力を持っていてね。その能力を使い、配下の魔物たちを君のいる世界に送り込んでいるんだ」


 世界を渡る能力……規模が大きすぎて少し想像しにくいな。それに、今の話で一つ疑問が生まれた。


「そこまでして魔王の目的は何なんだ?」


「侵略かな。彼は以前にも他の世界に渡ったことがあってね。その時は元々その世界にいた生物を皆殺しにして、世界を自分たちのものにしていたよ」


「今俺がいる世界にも魔王は来るのか?」


「間違いなくね。彼が配下の魔物を送っているのは、敵情視察のため。多分そう遠くない内に君の世界に侵攻を開始すると思うよ」


 女神のくせにかなり楽観的な物言いに感じられる。こいつは本当に魔王の暗殺を成功させる気があるのか、少し疑わしくなる。


「なら俺は、その侵攻が始まった時に魔王を暗殺すればいいのか?」


「うん、それで構わないよ。魔王さえ死ねば、魔物たちは世界を渡ることができないからね。魔王に関する話はこれでおしまい。何か質問はあるかな?」


「特にない」


 なるほど。これで魔王に関することと、これから俺がすべきことは大体分かった。もうここにいる必要もない。


「聞きたいことは聞いた。さっさと元の場所に帰らせろ」


「はいはい。今すぐ戻す――ああそうだ、忘れてた!」


 いきなり叫んだかと思うと、女神はいつの間にか分厚い本を片手に握っていた。そしてその本をそのまま俺に投げ渡した。


「これは?」


「この世に存在するありとあらゆる恩恵が記載された本だよ。その中から好きな恩恵を選んでくれ。私が選んだ恩恵を与えるから」


「……随分と気前がいいな」


 世の中にはタダほど怖いものはないという言葉もある。ここは疑ってかかるべきだろう。


「あはは、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。これは私からの善意だから」


「悪いが遠慮しておく」


「いやいや、そう言わず」


「しつこい」


「遠慮しないで」


「くどい」


 しばらく同じようなやり取りをした後、最終的に恩恵を半ば強制的に選ばされることになった。


 本当は嫌だったが、受け取るまで元の世界に帰させないと脅されては仕方がないだろう。


 



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