暗殺者、新たな力を得る
女神との対話を終えた後、俺の意識は元の世界に戻された。
その後、神父から恩恵に関しても軽い説明を受けてから教会を出た。
そして現在、俺と父は教会に行く時に使ったものと同じ馬車に乗り、屋敷に戻っている最中だ。
馬車の中は俺と父の二人きり。行きと違い会話はなく、馬車の中は何となく空気が重い。
こんな空気になってしまったのには理由がある。俺の授かった恩恵だ。
恩恵というのは与えられた瞬間からどんなものなのか分かるらしい。当然俺も自分の与えられた恩恵がどういうものかは、すぐに分かった。
まあ元々女神から半ば強制的に選ばされていたので、そんなことをしなくても自分の恩恵は分かっていたのだが。
教会を出てすぐ、父からどんな恩恵を授かったのか訊かれた。特に隠す理由もないので素直に答えたが、父にとって俺の手に入れた恩恵はお気に召さなかったらしい。
まあそれも仕方のないことだ。俺の手にした恩恵は『創造A』と『錬成A』の二つ。
『創造』は物質を生み出すことができる恩恵。生み出す量は消費した魔力量に応じて変化する。ただし、あまり複雑な物質を生み出すことはできない。
『錬成』は物質の形や材質を変化させる恩恵。ただこちらは、対象となる物質のことを完全に理解していなければ使用できないという欠点がある。
ちなみにAというアルファベットは、恩恵の等級を表すもの。下からE、D、C、B、A、Sと上に行くほど希少かつ強力な恩恵とされている。特にSクラスの恩恵は十年に一人くらいの割合でしか所持者が現れないほどに希少らしい。
閑話休題。
貴族というのは、有事の際は民のため盾となり戦うことを義務付けられている。いわゆる
そのため、貴族は戦闘系の恩恵を持っていることを良しとされている。
しかし俺の恩恵はどちらかというと、職人向けのもの。戦闘系とは程遠い。貴族に相応しくない俺の恩恵に、恐らく父も失望していることだろう。
だが俺は暗殺者。暗殺者の俺に戦闘系の恩恵は不要だ。だから、俺の選んだ二つの恩恵は当然暗殺向けのもの。
女神から押し付けられたような恩恵だが、せっかくもらったものだ。有効活用させてもらうとしよう。
恩恵を授かった日の深夜。俺はこっそり屋敷を抜け出した。
常日頃屋敷を抜け出し慣れているので、特に誰にも見つかることなく外に出られた。
目指すは魔物たちの潜む森。目的は恩恵の使い勝手の確認。新たな道具というのは、できるだけ早めに使用感を確認しておくに越したことはない。
俺は最近覚えた第三階悌の身体強化魔法【ビルドアップ】を無詠唱で行使する。魔法によって数倍にまで跳ね上がった身体能力を用いて、夜の森を駆ける。もちろん気配は極力消してある。
夜は昼に比べると凶暴な魔物が多いため、力試しには丁度いい。しばらく森の中を散策していると、一匹の巨大な蛇を見つけた。
全長は恐らく十メートルほど。明らかに普通の蛇ではない。魔物だ。確か名前は、
「ディスペアースネイク……だったか?」
あの巨大な身体による締め上げと、口から吐く強力な毒が危険だと本に書いてあったな。
危険度はC級。正規の訓練を受けた王国騎士数人がかりでようやく一匹倒せるくらいの強さだったか。実験相手としては申し分ないな。
俺は早速行動を開始する。
エサでも探しているのか、周囲に世話しなく視線を移動させているディスペアースネイクに、気付かれないようゆっくりと近づく。
足音一つ立てないよう慎重に、それでいて素早い動きでディスペアースネイクに迫る。
しかし、ディスペアースネイクとの距離が残り三メートルになったところで、ディスペアースネイクはまるで俺のいる場所など最初からお見通しとでも言うように、こちらに凶悪な牙を向けて襲いかかってきた。
「チ……ッ!」
すぐ様その場から飛び退く。少し遅れて、俺がいた場所にディスペアースネイクの牙による一撃が見舞われた。
そんな敵の様子を警戒しながらも、俺は先程のディスペアースネイクの一連動きについて思考する。
なぜ気付かれた? 匂い? いや、それはない。匂いに関してはしっかりと対策していたはずだ。となると……。
一秒にも満たない刹那の思考。しかし答えに辿り着くには、十分な時間だった。
「そうか……熱か!」
前世で、蛇は目と鼻に熱を探知するピット器官というものが備わっていると聞いたことがある。
明らかに前世の蛇に比べるとデカいが、恐らく当たりだろう。でなければ、気配を消していた俺に気付けるはずがない。
となると、こいつの前で気配を消しても意味がないな。こいつに感知されないようにするには体温を消すしかないが、流石にそれは俺にも無理だ。少し面倒だが、正面からやり合うとするか。
ディスペアースネイクが殺意を瞳に宿しながら、巨体に似合わぬ俊敏な動きで再びこちらに迫り来る。
対して俺は横に飛び退き、木々の中に紛れる。
敵は熱探知を持っているので、この程度では隠れたことにすらならないが、俺の狙いは隠れることではない。
俺は一番近くの木の側面を利用して木を昇る。
木を昇り終えた直後、ディスペアースネイクは自身の巨体をグっと縮めたかと思えば、まるでバネのように一気に伸ばして、俺のいる木のてっぺん目掛けて跳んできた。
しかし俺は即座に近くにある別の木へ移ったため、ディスペアースネイクの跳躍は木を一本破壊しただけに終わる。
俺がわざわざ木に昇ったのはこのため。木々の間を飛び交う移動の方が、回避だけでなく相手を翻弄することもできて合理的だ。
その後、しばらくの間俺は木々間を移動してディスペアースネイクの攻撃を回避し続けた。
「……そろそろか」
いくら魔物とはいえ、体力が無限ということはあり得ない。しかもわざわざ木の上にいる俺を攻撃するためだけに、何度も跳躍を繰り返したのだ。
その結果、当初に比べると動きが格段に悪くなるのは当然のことと言えるだろう。
この機会を逃すほど、俺は甘くない。今の疲弊し切った奴なら、十通りほどの殺し方がある。
しかし俺がこんな深夜の森に足を運んだのは、ただ魔物を殺すためだけではない。手に入れたばかりの恩恵の性能を確認したかったからだ。
敵が弱っている今の内に試してみるとしよう。
まずは『創造』を使い、質のいい鉄を生み出す。鉄は拳ほどのサイズのもの。
次に『錬成』を行使して、生み出した鉄の形をナイフへと変形させる。
「ふむ……」
恩恵で作ったナイフの出来を確認する。初めてにしては悪くない出来だが、完成までに二秒近くかかってしまっている。これではダメだ。
理想としては、コンマ一秒を切りたいところ。そうすれば投擲、牽制用の武器として役に立つ。
まあその辺りは今後の課題にしておこう。多分鍛練を積めば何とかなるはずだ。
作成したナイフを下から俺を睨み付けてるディスペアースネイクの胴体部に投擲する。
放たれたナイフは皮を裂き肉に数ミリ食い込んだが、それだけ。ディスペアースネイクは特にダメージを受けた様子はない。
一応魔法で身体能力を強化された状態での投擲だったのだが、相手は十メートル超えの巨体。効果は薄い。
しかしそれは、狙う位置次第。狙う位置によって、攻撃の威力はいかようにもなる。
だから俺は木の上から飛び降りた。重力に従い、一定の速度で大地に迫る。
下にはディスペアースネイクが大口を開けて待ち構えていた。このまま俺を丸飲みするつもりだろう。
バカな奴だ。俺がわざわざ食べられるために落下しているとでも思ってるのか? 魔物なんて呼ばれていても所詮は獣か。
俺は空中で身体を反転し、頭を地面の方に向ける。同時に二つの恩恵を用いてナイフを二本作成。
そしてディスペアースネイクの眼球目掛けて投げる。
放たれたナイフはまるで吸い込まれるようにしてディスペアースネイクに迫り、そのままディスペアースネイクの眼球を穿った。
先程の攻撃と違い、生物共通の弱点である眼球。流石のディスペアースネイクもたまらず悲鳴を上げた。
最早俺を食う余裕などあるはずもなく、開いてた口を閉じ、木々を薙ぎ倒しながら周囲を暴れ回る。
今のディスペアースネイクの頭の中には、俺の存在など欠片もないだろう。俺はその隙を突いてディスペアースネイクの頭に駆け上がる。
グラグラと揺れる足場でバランスを取りながら、『創造』によって鉄を生成。ただし先程と比べると量は三倍ほどに増えている。
次に『錬成』でナイフへと形を変える。鉄の量が増えたため、ナイフもかなり分厚く重くなっている。
使い勝手が悪くなっているが、これからすることのためには必要だ。多少は我慢しよう。
作り出したナイフを渾身の力を込めて足元――ディスペアースネイクの脳天に突き立てる。
投擲以上の攻撃力を誇る一撃。ナイフの刀身が半分以上、ディスペアースネイクの頭部にめり込む。
眼球の痛みに悶え苦しんでいたディスペアースネイクも、流石に今の攻撃で俺の存在を思い出したようだ。
頭部を激しく振り回し、俺を振り落とそうとする。しかしもう遅い。
俺は刀身の半分がディスペアースネイクの頭部内に存在するナイフに『錬成』を行使して、ナイフの刀身を三倍ほどに伸ばす。
次の瞬間、ゴリゴリッ! と鈍い音を立ててディスペアースネイクの顎下からナイフの切っ先が飛び出した。
糸の切れた人形のようにディスペアースネイクの動きが止まる。ついで、盛大な音を立てて倒れ伏した。最早ピクリとも動かない。
「終わったか……」
倒れる直前に頭部から飛び退いた俺は、目の前の死体を視界に収めながら、ポツリと呟いた。
思っていたより手間取ったが、無傷で倒せた。恩恵の性能も確認できたし、成果は上々だ。残る問題は、
「この死体、どうしたものか……」
せっかく倒したのだから、このままここに捨ててくような真似はしたくない。できればビルクスの商会に買い取ってもらいたいところだ。
しかし一つだけ問題がある。それはこいつのサイズだ。十メートル超えの巨体などデカすぎる。これでは持ち運びは不可能だ。
さてどうしたものかと悩んでいると、不意に殺意の籠った視線が複数の方向から向けられた。
周囲を確認してみると、様々な方向から何体もの魔物が俺を取り囲むようにして、様子を窺っていた。
恐らく先程の戦闘を聞き付けて集まってきたのだろう。まああれだけの騒音がすれば、嫌でもこちらの存在に気付くだろう。
こちらとしても少し物足りなく感じていたところなので丁度いい。全てしっかりと殺してやろう。
「来いよ。相手をしてやる……」
次の瞬間、俺の挑発的な言葉に触発されるように、周囲の魔物たちが飛びかかってくるのだった。
――その日、屋敷に戻れたのは早朝になってからのことだった。
ちなみに倒した魔物たちの死体に関しては、後日ビルクスたち商会の人間が小分けして回収してくれた。
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