それでもこの冷えた手が
鈴木田
それでもこの冷えた手が
「夢とかある?」
歩美が突然そんなことを聞いてきた。
部屋の中は電気ヒーターのおかげで温かいけど、外は少し雪がちらついている。このままいくと、雪だるまが作れるくらいは積もるかもしれない。
「なんだよ、急に」
俺はテレビの画面を見ながら答えた。
「いや、将来のこととかもう考えてんのかなって」
歩美はふさげているのか、真面目なのか、よく分からない顔をしていた。
中学二年の冬、来年は高校受験が控えてるけど、実感が湧かなくて毎日ゲームとかしてる。何のために勉強するのか、なんで良い高校に入らなきゃいけないのか、分かってるようで分からない。
それだから勉強もせずに、二ヶ月前に発売した対戦型の格闘ゲームをやったりしてる。おもしろいんだから仕方がない。
「まだ何も考えてないよ」
俺は答えた。
「まだってことは、これから考えようとは思ってるってこと?」
歩美が続けて質問してくる。
「だってさ、いつかは学校卒業して、高校行って、大学は分かんないけど、それで社会に出ていかなきゃならないじゃん。それに、仕事しなきゃ生きていけないし」
俺は誰もが答えそうなそれっぽいことを言った。
「現実的だね。つまんないけど」
「仕方ないだろ。俺、何もできないし」
小さい頃からピアノ習ってる人とか、サッカーやってる人とかなら、そのまま将来の夢としてやっていけるのかもしれないけど、何もやってない俺なんかどうすればいいのかも分からない。
「何かすればいいじゃん。ゲームが好きならゲームのスポーツ選手とか」
「ゲームが好きだからって選手になれるわけじゃない。それに俺、ゲーム下手だし。歩美にもほとんど勝てたことない」
今やってる格闘ゲームでも、俺は歩美に負け越している。
「本気でやってみなきゃ分かんないじゃん、そんなの」
歩美がらしくないことを言った。いつもならそんなことは言わないのに。
「どうしたんだよ、急に。将来の話とかして」
どう考えても歩美の様子がおかしかった。そういえばちょっと前からぼーっと考え込むことが多くなった気がする。
「別に、なんもないよ」
歩美はそう言ってテレビの画面へ向き直った。再び、ゲームを始める。
なんだよ、と思いながら俺もゲームに集中する。
俺が操作するゴリラのキャラクターが大技のストレートパンチを放った。この攻撃は隙が大きいが、当たれば一発で相手を倒せる威力がある。俺はこの技が好きだった。
しかし、歩美が操作するお姫様のキャラクターはフワッと飛び上がると、いつものように俺の大技を華麗に避ける。そして、逆に歩美が大技を繰り出して、俺は場外へ吹き飛ばされてしまった。
また、負けた。
画面の中では勝利したお姫様が笑顔で喜んでいる。
もう何連敗だろう。俺が弱すぎるのか、歩美が強すぎるのか。歩美以外と対戦したことがないから分からない。
なぜ勝てないんだろうと俺が悩んでいる横で、歩美はちっとも嬉しそうな顔をせずに、ただぼーっとテレビの画面を見つめていた。
「この前さ、おじいちゃんが死んじゃったんだ」
歩美がそう言った。
「おじいちゃんがいつもね、自由に生きなさいって言ってたんだ。お前の人生はお前のものだからって」
急にそんな話されても俺はどう答えたらいいのか分からないから、小さく頷くことしかできなかった。
「だから、私がやりたいことってなんだろうってちょっと考えてみてさ」
窓の外を見ると、雪が強く降り始めている。
「私、本読むの好きで、おじいちゃんにもたくさんおもしろい本教えてもらって、もっと本が好きになって」
俺はゲームのコントローラーを床に置いて歩美を見る。歩美はテレビの画面を見続けていた。
「本を書いてみようかなって、読むのも楽しいけど、書くのも楽しいかもしれないしさ」
歩美が俺を見た。その顔はいつも通りの歩美だった。
「いいじゃん、それ」
俺はそう答えた。本当に良いと思った。
「本書けたら読ませてよ」
「うん、書けたらね」
歩美は照れくさそうに笑った。
天気予報は大きく外れて、窓の外は降り続ける雪でいっぱいになっていた。
俺は窓を開けると、手を伸ばして雪に触る。俺の手に触れた雪が一瞬にして溶けていく。
###### おわり ######
それでもこの冷えた手が 鈴木田 @mogura_suzuki
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