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ともはっと
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真っ赤な鳥居の先に見える社。
そこで、俺は待ち合わせをしている。
すでに亥の刻が過ぎており辺りは暗い。星の光が地を照らしているが儚げな光である。
俺の目の前には、天に向かって伸びる長い石畳の階段がある。百八の急な階段で上ろうとする人々を苦しませるため、いつの間にか『苦労坂』という名前がついていた。
階段を上りきれば目的地の社がある。そこに、俺を待っている人がいる。
そう思うと、次第に足早になった。
よく歩いて上る道なのだが、走るとなると流石に辛い。だが、上り続けていれば終わりも近づく。そんな苦労坂の終わりを意味する大きな二つ目の赤い鳥居が見え始めると、私は大きく息を吸って一気に上りきった。
膝に手をつき、息を整えて辺りを見渡してみる。
下と比べると、さほど標高が高くなったわけでもないのに、ここは寒さを感じた。
その寒さに冷やされた空気が肺に入る度に体温を奪われていくが、火照った体を冷やすにはちょうどよかった。
鳥居の奥には広い空間と社へ繋がる石畳の道が遠くまで続いており、その広い空間は緑あふれる木々に囲まれている。しかし、その木々は今は闇の中で、人の影のように風に乗ってざわつく。
夜に見ると、これほど不気味な場所と感じるとは今まで思ってもいなかった。
どこかから悪党が飛び出してくるのではないかと一抹の不安を覚えながらも、神聖なこの場所にそのような輩はいないであろうことも分かっている。
……いた。
石畳の通路を歩いていると社が見えた。
その社の手前に、いつもと変わらない、白拍子姿のその姿。
俺に背を向け、長い黒髪をなびかせる女性がいた。
「……
近づきながら名前を呼ぶと、長い黒髪を風に靡かせながら彼女は振り向く。何度見ても、何年経っても、彼女は色褪せる事なく美しい。
俺の姿を確認すると、嬉しいのか泣きそうなのかわからない表情を浮かべながら抱きついてくる。俺は、そんな彼女が愛おしくて。
それに答えるように、強く、抱きしめた。
「……
和泉は俺の胸に顔を埋め、幸せそうに、しかし涙声で歌うように俺の名前を呟いた。
抱く力を緩める。
和泉は少し離れ、髪と同じく黒い潤んだ瞳で見つめてくる。
俺はじっと見つめ続ける彼女の唇に、ゆっくりと自分の唇を近づけていった。
・・
・・・
・・・・
目の前が急に暗くなり、やがて目の前に景色が映る。
この光景の中の主役は二人だ。
男が地面に力なく倒れている女性にかけ寄り、それを抱きかかえる。
ただそれだけの行為ではあったが、その男が自分であるなら、これはすでに終わった出来事であり、その時のことは俺自身覚えている。
視点が変わり、目の前にさきほど倒れていた女性であろう顔が映る。
束ねていた、星空を思わせる輝きを放つ黒髪は散り、白く美しい雪を思わせる肌には、ところどころ血化粧がされている。
「……鏡様……」
女性は苦しそうな表情を浮かべながら目を開け、目の前の男の名を呼び、そして、ほころんだ花のような微笑を見せる。
「――」
そして、口の端から赤い液体をこぼしながら口を動かし、男に微笑み、ゆっくりと目を閉じ、やがて、冷たくなっていった。
『……幾星霜。あなたが私を見つけてくれるのを、私は、いつまでも、いつまでもお待ちしております……』
そんな別れの言葉は、彼女から聞きたくなかった。
・・
・・・
・・・・
景色は変わり、いつか見た社へと。
あの時見た社は瓦解して今は廃墟と化し。
あの夜に見た、社を囲む木々も黒く墨となり死に絶え、あの時歩いた石畳も欠けて散らばっている。
社に至っては屋根が辛うじて半分だけ残っており、優雅な赤い鳥居も二つに折れて地面に突き刺さっていた。
物取りに荒らされたり、戦に巻き込まれた末にこのような状態になったわけではないとはよく分かっている。
なぜなら、これは、俺が起こした結果だ。
うっすらと辺りを照らす月夜。
目の前には、表情の読めない男が一人。ぐったりと、動くことのなくなった女性を胸元に抱きかかえた男が一人。
男は女性の亡骸を、彼女の家である社とともに燃やした。
美しい月夜の空を、いつまでも燃え盛る赤い炎をいつまでも見上げて。ただただ、涙を流して見つめ続ける。
これから先、何度生まれ変わろうとも、その数だけ、必ずあなたを探し出す。
そう誓い、彼である俺は、辺りを照らす月夜と赤い炎から隠れるように、闇の中へと消えていった。
・・
・・・
・・・・
「朝だよぉ~」
温かなベッドの上、いつもの夢からいつもの眠気を誘う言葉で目が覚める。
目を開けると、満面な笑みを浮かべた少女の顔が目の前に映る。
(鏡様? いつも通り、遅い起床です)
少女を朝に見ると必ず思い出す、その言葉と楽しそうな別の女性の笑顔。
ふとしたことで脳裏を掠める夢の続き。
眠りにつく度に見る、遠い記憶。
それは、いつも隣にいる夢に出てくる女性の生まれ変わりである少女が言うからだろうか、それとも、僕は大切なことを忘れているからだろうか……。
時計を見ると、毎日のようにびっくりし、慌ただしく部屋を飛び出す。
もぐもぐと買っておいた薄皮クリームパンを咥えて遅刻寸前の学校へと、僕を起こしに来たがために一緒に遅刻寸前な笑顔な少女と走り向かう。
そんな、代わり映えのない日常には、少なからずの幸せがあった。
・・
・・・
・・・・
僕が目の前で地面に力なく倒れていく少女を急いで抱きとめると、少女が被っていた大きな帽子が地面に落ち、漆黒の長い艶やかな髪が現れる。
まるで美しい人形を思い出させる美しい肌は、今は彼女の鮮血によって化粧がされていた。
「鏡ちゃん……」
少女は僕の顔を見ると、苦しいはずなのに、いつもと変わらない笑顔を見せる。
その笑顔は、朝に僕を起こしてくれる僕の好きなその笑顔。
「……私、今度は、必ず、会いに行くから……」
そう言い、眠るように冷たくなっていく、彼女の生まれ変わりの少女。
夢の中の女性と同じ場所で、同じように笑顔を浮かべて息を引き取る、生まれ変わり、僕を求めてくれた大事な人。
彼女がある日言った、ささやかな夢。
『巡り巡る歳月を、ただ、あなたと過ごしたい』
どちらが言ったのだったろうか。
それはそれは……とてもささやかな夢だった。
死ぬ間際に思い出す、友人達と、そして大切な少女との数々の思い出、夢の中で出会う大切な女性との遠い記憶の思い出。
薄れていく、意識、失われていく、記憶。
『生まれ変わったら、今度こそ幸せに……』
「私、幸せになれるかな?」
坂の上。神社の裏手で二人で時を過ごしたあの時間。
神社で舞う美しい白拍子の彼女を見ながら過ごす、あの時間。
都の町で、俺に櫛をねだる、子供のように都の町並みを楽しむあの女性。
「私は……とても幸せです。……鏡様……」
温かなベッドの上、いつも見る夢を見ながら思い出す少女の面影。
学校へ向かうとき、途中の川のせせらぎを聞きながら思い出す少女の面影。
授業中、居眠りすると見る夢を見ながら思い出す遠い記憶。
学校から帰宅中、川のせせらぎを聞きながら思いだす遠い記憶。
ふとした弾みで思い出す、これまでの様々な前世と現世の記憶。
それは、僕が最後に垣間見た夢――
僕の知らない、どこかで見たことのあるような『苦労坂』と古来から呼ばれている石畳の階段を駆け上る、子供の僕。
手には、プレゼントを握り締め、必死に駆け上がっていく。
参拝客にむせぶ階段を上り、途中踊り場で疲れて息を整える。そしてまた階段を上がり始め、階段を上がりきり、大きな赤い社の下でまた息を整える。
息を整える間、前にも同じようなことがあったと思い、思わず笑みがこぼれる。
綺麗に均等に配置された石畳を。周りを囲む森林がざわめくその神社を。歩く参拝客の間を器用にすり抜けながら、神社の裏口へと回り、インターホンを押す。
この神社のお手伝いでもしているのか、巫女装束を着た少年と同じ年であろう見知らぬ少女が姿を現す。
「……和泉さん……」
初対面の少女は少年の顔を見ると、嬉しそうに、まるで、何年も待ち続けた運命の人と出会ったときのような表情を浮かべ、やがて目に涙をためて少年に抱きつく。
いや、どちらかというと飛びつくの表現が正しいか。
僕が、何度転生しても、幾星霜愛し続けるであろう大切な人。
その、生まれ変わりが、目の前にいる。
『私は、いつまでも、いつまでもお待ちしております』
ふと、彼女が最後に言った言葉を思い出した。
『巡りめぐる歳月を』
『幾星霜』
『『私は、いつまでも』』
『『ただ、あなたと過ごしたい』』
「……私達、今度こそ、幸せになれるよね?」
答える代わりに、僕はきつく少女を抱きしめると、少女のために用意したプレゼントを渡した。
成人したら、本物の指輪を受け取ってください。
そう、少女に言いながら、
今度こそ、幸せに。
そう、思いながら……。
そんな二人の。
drop frame ともはっと @tomohut
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