特別なバレンタインになりますように

無月兄

第1話

 この日目を覚ましたボク、アキラは、真っ先に壁に掛けられたカレンダーに目をやった。

 今日は2月14日、バレンタイン。ついにこの日がやって来た。この日はボクにとって特別な日……に、なればいいなと思っている。


 ソワソワした気持ちが漏れるのが恥ずかしくて、できるだけ平静を装いながら通っている小学校へ向かう。


 去年まではこんなんじゃなかったのにな。

クラスの女の子から友チョコをもらってみんなで食べる。そんな今までのバレンタインも、もちろん楽しかった。

 だけど友チョコをくれたみんなには悪いけど、バレンタインで一番輝くのはやっぱり本命チョコだと思う。女の子が好きな男の子に渡す、愛情たっぷりのチョコ。



 ボクの恋する相手は、幼なじみのアオイた。小さい頃からから仲は良かったけど、最近になって好きの意味が変わってきた。友達とは、ちょっとだけ違う好きに。


 なんて事を兄ちゃんに話したら、小学生がなに言ってるんだと笑われた。それがあまりにもイラっときたもんだから、お腹に思い切り頭突きを食らわせてやった。小学生が恋をしたって何が悪い。それに、あと少しで最上級生になるんだぞ。まったく、失礼な兄ちゃんだ。


 おっと、話がそれちゃったね。あんな兄ちゃんの事は放っておこう。

 ボクがそうであるように、アオイもボクの事を好き……だと思う。お互い言葉にしたことはないけど、見ていれば分かる……ような気がする。きっと両想い……と信じてる。






 そして、いよいよ運命の時がやって来た。

場所は、誰もいない空き教室。ボクの目前には、アオイが立っている。


「……きゅ、急に呼び出してゴメンね」

「う、ううん。それで、用事ってなに?」


 言葉を交わすボク達は、どこかぎこちない。二人とも平静を装おうと頑張ってはいるけど、自分どころか相手の緊張まですぐに分かった。


「今日、バレンタインだから。その……本命で、一応手作りだよ」


チョコを差し出す手も、少しだけ震えていた。だけどそれは、受け取る手だって同じだ。

そして、教室に弾む声が響く。


「──っ!あ、ありがとう。すっごく嬉しい」


 やった!

 思わずそう叫びそうになる。いや、涙が出そうになる。大げさじゃなくて、本当にそれくらい嬉しかった。


 こんな時漫画なんかでは、男が変に照れて『いらない』だの『お腹壊す』だの失礼な発言をする事があるけど、ボクはそんな男は最低だと思う。どんなに恥ずかしくても、嬉しいと思ったのなら嬉しいと、ありがとうとちゃんと言うべきだ。きっと、ほとんどの女の子はそんな反応を望んでいるだろう。

 ちなみに兄ちゃんは、昔そんなガサツな対応をして女子から総攻撃を食らったことがあるらしい。そんなのが兄というのが恥ずかしいよ。


 だけど嬉しい反面、いざこの場に直面すると、これは想像以上に恥ずかしい。思わず顔が真っ赤になって、ニヤケ過ぎないようにするのが大変だ。

 どうやらアオイも同じみたいで、ずっと一緒にいたボクでさえ、今まで見た事無いくらい顔を真っ赤にしていた。だけど、凄く嬉しそうだった。


「実は、もしかしたらくれるんじゃないかと少し期待していたんだ。でもまさか、手作りなんて思わなかったよ。本当にありがとう、

「そりゃボクだって、こんな時くらい手作りするよ。料理は女のやる事なんて考えは古いと思う。だけどには、他にない特別をあげたかったんだ」

 

 ああ、アオイにチョコレートを渡せて、本当に良かった。一番大好きな男の子にこんなにも喜んでもらえるなんて、女の子としてこんなに嬉しいことは無い。


 自分の事をボクと呼んでいて、悔しいけどちょっとだけ兄に似ていてガサツなところもある、ボクことアキラ。そのせいで、男子からは時々男みたいだってからかわれることもあった。だけどそんな奴らに向かって、そんな事無いって言ってくれたのがアオイだ。可愛いって言ってくれたのがアオイだ。

 今思えばボク自身も、その時初めて自分が女の子なんだって自覚したのかもしれない。そしてアオイが男の子なんだって事も。


 自分の気持ちに気付いたボクは、アオイにチョコを渡す事を決めた。今までは毎年女の子同士で友チョコの交換はしてたけど、男の子に渡すのは初めてだった。ちょっぴり恥ずかしかったけど、アオイにはどうしてもこの気持ちを伝えたかった。この方が喜んでくれるかななんて思って、手作りにも挑戦してみた。


 料理なんてまともにしたことなんてほとんど無かったから、たくさんの失敗したけどね。

今アオイに渡したのだって、あんまり上手くできなかったと思う。きっと、買ってきたやつをそのままあげた方が、ずっとおいしい。


 けどそれでも、アオイにはこのチョコを食べてほしかった。ボクが初めて作った、このチョコを。


「ね……ねえ。今日、一緒に帰らない。それで、チョコの感想聞かせて?」

「うん、いいよ。けど、チョコの感想はあまり期待しないでね。だって、その……きっと嬉しすぎて、美味しい以外何も言えなくなってると思うから」





 今まで何度も経験してきたバレンタイン。だけど今年は、初めて自分でチョコを作ったよ。初めて好きな人に渡したよ。

 ありがとうアオイ。君のおかげで、今までで一番嬉しい、特別なバレンタインになったよ。

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