第4話物語がかたるもの
「結局、あの話って何だったんですか? あの爺さんは認知症だったってオチですか? ねえ、睦月せんぱい。さっきから無視してひどいですよ!」
報告書をまとめる睦月の背中に、葉月の素朴な疑問が降りかかる。最初は放置してした睦月も、その相手をしなければならない雰囲気に辟易していた。
「葉月さん、あのお爺さんはそういう病気ではありません。それと、椅子は座るものであって、メリーゴーラウンドのように自分が回って楽しむものではありませんよ」
「乗ります?」
「乗りません。そして、その手にも」
「でも、振り向いてくれました。なんだかんだ言っても、睦月せんぱいは優しいです。だから、そんな優しい先輩は、後輩の頼みも快く! ですよね! ねっ! 先輩!」
体を傾け、晴れやかな笑顔を見せる葉月。その様子を、冷ややかな目で見つめる睦月。
暫らく続く沈黙。だが、やはり睦月の方が根負けしていた。
「報告書を後で読めば済むことですが……。読みませんよね? はい。聞いた僕が愚かでした。そうですね。あの物語は、成長と成功の物語なのですよ」
「はい? なんですか、それ?」
「だから、我慢して聞いてください。聞きたがったのは、葉月さんですよ。いいですか? 考えてください。なぜ、ポチがあれほどの財宝を掘り当てながら、物語が終わらなかったのか? 要約すると、『助けられた犬が感謝して、老夫婦に財宝をプレゼントする。老夫婦はそれを近所に配る。そしてみんな幸せになりました。めでたし、めでたし』という感じでも問題はありません」
「それって、ただの一攫千金、穴掘り爺さんですよ! みんな真似して、日本中穴だらけになります! ちっとも面白くないです!」
「まあ、花咲か爺さんじゃなくなりますね」
「先輩、ずるいです!」
「いえ、今の話はそういう意味ではないです。まあ、いいです。話を続けます。辛抱して聞いてくださいね」
「先輩の中で、私って忍耐力ゼロの子みたいですね」
「まあ、それも置いときましょう」
「やっぱり、ひどい! 今日の先輩、特にひどい!」
「ともかく、その後出てくるのが強欲爺さん。その事で、ポチは殺されてしまいます。それを嘆き悲しんだ正直爺さんはポチを埋葬して供養します。そうするとポチの墓の隣に植えた木が、臼にしてくれという。これが『ポチが形をもたない存在』である証です」
「ネタバレしすぎですよ? 先輩」
「葉月さんでも知っている物語ですから、大丈夫です」
「やっぱり、ひどい!」
「でも、ここまでの話は、実は一人の人間が普通にすることです。一つの成功を得た人間は、『もっと』を望みます。でも、同じことをしたのではそれ以上の成長はありません。むしろ失敗するでしょう。そういう戒めですが、これって二人の人間じゃない方がむしろ都合がいいはずです」
「つまり、どういうことですか? じらさないで教えてください。要点だけ、わかりやすくですよ!」
「葉月さん…………」
「何です? 先輩? ささっ、早くお願いします」
「…………。そうですね。つまり、強欲爺さんと正直爺さんは同一人物の方が教訓としてすんなりくると思いませんか?」
「そんなことはないです! 絶対、別人の方がわかりやすいです! 持っている人と、持ってない人とで比較した方が分かりやすいと思います! だからこそ、二人いるようにしているんじゃないですか!」
「それは表向きの教訓です。最初の二つのエピソードは、確かにその通りかもしれません。でも、あのお話は穴掘り爺さんでもなければ、餅つき爺さんでもない。花咲か爺さんのお話です」
「つまり?」
「あのお話の最後がどうだったのか、タイトルは何なのかを考えると、あの物語が伝えたかったことが見えてきます」
「えー? 分かりません。なんだか不親切です。もっとヒントをくれたっていいじゃないですか? 作者のケチ。先輩のもっとケチ!」
「葉月さん……。物語は想像することが楽しいのではないですか? まあ、楽しみ方はそれぞれですけどね。ともかく、同一人物だと考えると、『同じことを繰り返していたのでは、それ以上の成功はない』と、あの物語の前半部分は伝えています。そして、あの物語がラストで描いている事こそ、成長と成功の物語と考える理由でもあります」
「ラスト? 灰をかぶせてお殿様につかまること? 失敗じゃないですか!」
「それはバッドエンドを描いた方ですね。確かに、そっちが最後ですが……。まあ、そちらから話しますね。そもそも灰は、臼を燃やしたものです。つまり、成功の秘訣といえるでしょう。その灰を自分の為に使った場合は、他者にとって害をなす。しかも、目も当てられない事態になるという意味です」
「まさに、目つぶしですね!」
「芽をつぶすという意味にもなるかもしれません。そして、ハッピーエンドの方は花を咲かせて喜ばせます。この物語で、唯一正直爺さんの行動が、物として報酬が得られない場面です。『枯れ木に花を咲かせましょう』とは、『かの木に花を咲かせましょう』と言っていたのかもしれません。まあ、『枯れ木』を失敗した人とみなす事もできます。つまり、自分の成功を他人に教授することで、自分だけでなく他人の成功を支援する。それが大事だという事です。心の豊かさとも言えますね。しかも、それは第三者の賞賛という形で自分に返ってくるとまで言っています。『枯れ木(かの木)に、花を咲かせましょう』という名台詞。あれこそが、あの物語が伝えたかったことだと思います。そうなると、実際には一人の爺さんがたどった道を二つの結末で締めくくった物語だということがわかります」
「ふーん。でも、それじゃあ強欲爺さんの部分を無くしたあの爺さんは、あの方がよかったんじゃないんですか?」
「まあ、欲がないと人間成長しないというのも事実ですからね。強欲はともかく、欲は必要なのです。後日譚として、正直爺さんが許しを請うて、強欲爺さんを助け出すという別の話があるくらいですから」
「ちょっとまってください。そうなると、あのお婆さんは全部見てたわけですか? ポチを殺すところも、埋葬するところも全部? 見てたのに、何もしなかったんですね! ひどい婆さんじゃないですか! あんな姿で、じつは鬼婆だったんですか? ああはなりたくないものです!」
「それは違いますよ、葉月さん。それがあのお婆さんの役目でもあります。それに、ポチは犬の形として描かれているだけです。多分、強欲爺さんから正直爺さんに戻るきっかけとなっているのは、あのお婆さんの存在でしょう。共に暮らし、お爺さんの行動のすべてを見守っていた。たぶん、お爺さんの事を信じていたのでしょうね」
「あっ、なるほど! とってもいいお婆さんじゃないですか! それって先輩と私でいうと、私みたいなものですね!」
「どういうことですか?」
「ほら! 私って、先輩の事をいつも見守ってますから! 仕事している先輩の隣で!」
「葉月さんもたまには見るだけではなく、仕事してほしいものですね」
「えー。先輩が強欲になってもしりませんよ?」
「大丈夫ですよ。僕はそもそも欲張りなのです。ほら、葉月さん。どうやらお話はここまでのようです。また新しい物語の主人公さんが、失った何かを求めてくるみたいです」
「本当に先輩は地獄の耳を持ってますよね! 仕事にどん欲だから、そんなの貰っちゃったんですよ?」
「葉月さん?」
「なんです? 睦月せんぱい? 足音ですか? 今なら私にも聞こえましたよ! そろそろ来ますよ、主人公さんが」
「いいえ……。じゃあ仕事しますよ?」
「はい、頑張ってくださいね! 先輩! 私、ちゃんと見守ってますから!」
小さくため息をつく睦月。その瞬間、扉が勢いよく開かれていた。
「ようこそお越しいただきました。ここは遺失物管理室です」
〈了〉
うせものがかり あきのななぐさ @akinonanagusa
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