後編
バイクを降りた私は、足早にコンビニへと駆け込んだ。
風を受けて寒くなったせいか、トイレに行きたくなったから、頼んでよってもらったのだ。
もっとも日賀くんには、買いたい物があるからよってほしいと伝えてある。トイレに行きたいからとは、ちょっと言いづらかった。
用を足した後店内を見て回って、ホットのカフェオレを二つ手に取る。私の分と、日賀くんの分。離れたところで雑誌を立ち読みしている日賀くんをチラッと見た後、私はレジに並んだ。
悴んだ手で苦労して財布を開ける。こういうとき冷え性は、本当に不便だ。何とか会計をすませて、日賀くんに声をかけた。
「お待たせ。ごめんね、待たせちゃって」
「別にどうってこと無いから。じゃあ行くか」
外に出ると、冷たい空気が再び襲ってくる。このコンビニは店内に飲食スペースが無いから、買ったカフェオレは外で飲むしかないのだ。寒さに身を震わせながら、袋に入っていたカフェオレを取り出して、日賀くんに差し出す。
「はい、これ日賀くんの。温かいうちに飲んで」
家まで送ってもらうお礼がカフェオレ一本というのは安すぎるけど、高い物だと遠慮されちゃいそう。幸い日賀くんはありがとうと言って素直に受け取ってくれたんだけど。
「じゃあこっちは冬島のな」
そう言って差し出されたのは、肉まんの入った袋。日賀くんはいつの間にか、二人分の肉まんを買ってくれていたのだ。
「え、私の分?ごめん、今お金出すね」
「別に良いよ。冬島だってこれ買ってくれたんだから、おあいこだろ」
カフェオレの缶を見せながら、そんなことを言ってくる。確かにそうだけど、私のは家まで送ってもらう事へのお礼なんだけどなあ。だけどそれを言ったところで、日賀くんは肉まん代を受け取ってはくれないだろう。
「冷めないうちに食べよう。冬島、肉まん好きだろう」
「うん……」
どうやらこれ以上ごねても無駄なようだ。観念して肉まんを受けとると、冷えた手が肉まんの熱で暖かくなってくる。
「あれ、そういえば私、日賀くんに肉まんが好きだっていつ言ったけ?」
「それは……あれ、いつだったっけ?」
首をかしげる日賀くん。私は一回だって言った覚えはないし、この様子だとどうやら、他の誰かから聞いたと言うわけでも無さそう。
でも、そう言えば私も、何となく日賀くんの好きそうな物が分かるような気がする。例えば何の気なしに買った、さっきのカフェオレ。よく考えたら男の子なんだから、甘いカフェオレよりもコーヒーの方が好きかもしれない。だけどなぜか私の手は、自然とカフェオレの方へと伸びたのだ。私がカフェオレを好きだから、と言うわけでは無いような気がする。
聞いた事が無いはずなのに日賀くんはカフェオレが好きだって、なぜかずっと前から知っていた気がするのだ。
「まあいいか。それより、早く食べて飲まないと冷たくなっちまうな」
確かにそれは一大事。冷えた肉まんほど美味しくないものは無い。
熱々の肉まんを口の中で転がして、カフェオレは飲む前に両手でしっかりと握る。私は冷え性であると同時に猫舌だから、こうすればちょうど飲みやすい温度になるし、手も温かくなる。寒い時はいつもこうしているのだ。
そうして二人並んで食べて飲んでをしている途中で、ふと思い出した。
「そういえば、送ってもらったのは良いけど、よく考えたら自転車は学校だったね。明日どうしよう?」
朝自転車で登校したのに、帰りはこうしてバイクで送ってもらうと言う事は、当然自転車は学校に置いたまま。久しぶりに日賀くんと一緒に帰れることに舞い上がってしまっていて、すっかり忘れていた。
「そういやそうだな。悪い、考え無しに誘って」
「日賀くんが謝る事無いよ。明日は……お父さんにでも頼んで送ってもらうから」
今までも自転車がパンクして使えなかった時なんかは、時々お父さんに学校まで車を出してもらっていた。今回も頼めば引き受けてくれるだろう。だけど。
「朝も俺が、迎えに行こうか?」
そんな事を提案してきた。迎えに来るって、日賀くんが?家まで?
どうしよう?今家まで送ってもらうのだったら、方向が同じだから乗せてもらったと言う事で話はすむ。だけどわざわざ朝迎えに来るって、そんなのまるで……
「やっぱり悪いよ。わざわざよるのなんて面倒でしょ」
「別にそんな面倒じゃない。というか、毎日迎えに行っても良いくらい。バイクで通い始めたは良いけど、冬島と朝一緒にいられなくなったからなあ。けどこれなら、また一緒に登校できるだろ」
「いやいいや、そんなナイスアイディアみたいに言われても。毎日迎えに行くってそんな……彼女でも無いんだし……」
言いながら顔が赤く染まるのが分かった。
彼女、かあ。もし本当に日賀くんの彼女になれたら、どれだけ嬉しいだろう。一瞬図々しい妄想をしてしまったけど、慌ててそれを振り払う。ここでだらしのない顔をして、日賀くんに見られるわけにはいかないのだ。
そう思って、凛とした顔つきになるよう力を入れようとしたその時。
「じゃあなる?彼女に?」
「えっ……ふえええっ⁉」
何とも言い難い間抜けな声を上げてしまった。いや、今のは日賀くんが悪いよね、いきなり変な冗談を言い出すんだもの。
だけど日賀くんは到底ふざけているとは思えない真剣な目で、じっと私を見てくる。
「言っておくけど、本気だから。本当は前からずっと、冬島と付き合いたいって思ってた」
「ま、前からって、いつから?」
「春に初めて、自転車を漕ぎながら登校している冬島を見かけた時から」
最初の最初じゃない!
あの日のことは今でもよく覚えている。初の登校日、自転車を漕いで学校へと向かって行く私の横に、もう一台自転車が並んだ。ふと乗っているその人を見ると、同じ高校の制服を着ていて、そして彼の横顔を見た時、何故だか無償に胸が高鳴ったのだ。
私は惚れっぽい性格と言うわけじゃ無い。日賀くんは恰好良いけど、だからと言っていきなり一目惚れするなんて、それまでの私からは考えられなかった。
だけど胸の鼓動は、どんどん大きくなっていって。まるでこうして出会うよりもずっと前から、彼のことが好きだったような、そんな奇妙な感覚に捕らわれた。
だけど日賀くんも、まさか同じ時に私と付き合いたいって思っていただなんて。それから同じクラスになって、話をして、距離を縮めていったけれど、その間日賀くんはずっと、私のことが好きだったのだろうか?私が日賀くんの事を好きだったのと同じように……
「ねえ、一つだけ聞かせて。日賀くんはいったい、私のどこを好きになったの?」
「それは……ごめん、上手く説明できない。けど、何故だろうな。初めて会った時から……いや、おかしなことだって分かっているけど、まるで出会う前から、冬島のことが好きだったように思えるんだ。こんなの、変だって思われるかもしれないけど」
「ううん、そんな事無いよ。だって……」
私も同じだから。
初めて日賀くんと会った時、ずっと離れ離れになっていた恋人と再会したような、不思議な嬉しさがあった。今まで彼氏の一人もいた事無いのに、何言ってるんだろうって気もするけど、思ってしまったものは仕方が無い。
私はドキドキする胸を押さえながら、日賀くんを見つめ返す。ずっと好きだった男の子からの告白。だったら返事は、決まっているよ。
「私もずっと、日賀くんのことが好きだった。日賀くんさえ良ければ私を……彼女にしてください!」
ここがコンビニの前と言う事も忘れて、私は声を大にして言い放つ。
一瞬ハッとしたように硬直する日賀くん。だけどすぐにホッとしたような笑顔になった。
「ありがとう、冬島」
私も日賀くんも、笑顔で見つめ合う。さっき肉まんとカフェオレで温めたはずの手は早くも冷たくなってきているけど、そんなの気にならない。それはきっと心がとても温かいから。
どうしてこんなにも日賀くんのことを好きなのかは、相変わらず分からない。だけど、それでもこの冷えた手が、日賀くんに触れたいと願っている。だから……
「日賀くん……手を繋いでも良い?」
「どうぞ」
伸ばしてきた彼の手にそっと触れると、冷たくなっていた私の手が途端に暖かくなってくる。
なぜだろう?手を繋いだのなんてこれが初めてのはずなのに、どこか懐かしい気持ちになる。
きっと私は日賀くんと出会う前から、この日を待ち望んでいたのだと思う。
「日賀くん」
「ん?」
「ありがとう、また出会ってくれて……ずっと、待ってたよ」
初めて繋いだその懐かしい手を、私はもう一度強く握った……
それでもこの冷えた手が ~ずっと、待ってたよ~ 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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