「希望の街」の批評文

作品リンク https://kakuyomu.jp/works/1177354054885342845


鴉さん、自主企画へのご参加ありがとうございます!

大切な作品を批評する機会を与えていただき、心から感謝します。

当作品のように、貧困や虐待などの生きた社会問題を取り扱う小説に触れるのは久しぶりだったのですが、

四万字程度を三十分近くで読み終えた事実からして、私が作品世界に引き込まれたことに疑いの余地はありません。

まさに今目の前で語り聞かされているような臨場感ある文体が、そうさせたのでしょう。

そして読み終えた時には、自分の中にそれまで無かった新しい価値観が創出されているのをひしひしと感じました。


早速批評に入りたいのですが、その前に「希望の街」に対する私の立ち位置を明記しておくことなしには、そこに公平性を期待することは難しいでしょう。

簡潔に言えば、私はダークな作品を好んでいません。

臭い物には蓋をしたいし、見たくないものからは目を背けたいタイプなのです。

それからこれは先にも書きましたが、社会問題を直接的に扱う作品も不慣れです。

社会問題に通底するようなテーマを暗喩的に示唆する作品ならば覚えはありますが。


この二点を踏まえた上で読んで頂ければ幸いと思います。

裏を返せば、ドキュメンタリー好きや不道徳をしっかり直視できる人間が読めば、より良い評価を貰えるはずということです。



では、私が気に入った点、優れていると判断した点から挙げます。

まずは絶対に触れたいのが、文体です。

はっきり言って悪文とも捉えられかねないそれは、現実的なストーリーや主人公たる源治の人格と見事にマッチしています。

決して頭がいいとは言えない源治を紡ぐ小説なのですから、文が美しくてもかえって邪魔になるだけです。

求められるのは泥臭さや、生きた感触。


旧来からのハードボイルド作品にも見られることですが、固有名詞が多く使われており、それもまた実体感に一役買っています。

また、本文には大筋と関係ない小話が多く挿入されています。

美千代などの話がいい例です。

それらは雑多な印象をもたらしますが、本作はまさに真実の無い、混沌とした世界を描くものなのでよく機能しています。

一人称と三人称の境界が曖昧で、度々源治の心の声が現れるのも同様で、スタイルとしてアクが強く魅力を感じました。


それから、本作を通底する「どうしようもなさ」について話させてください。

私はここが一番気に入りました。

といっても、私はトラウマの類を信じていない人間の一人です。

心理学的に言えば、精神分析や交流分析などの因果律を重視する思想ではなく、アドラーや、ポジティブ心理学に依拠する可変性の高い思想を好みます。

それを端的に言えば、

「人間はどのような経験に対しても自由意志に基づいて評価を下せる」

さらに具体化して、

「どんな辛い目に遭ってもそれは捉え方次第で変えていける」

ということ。

しかし、主人公の源治にその余地があったかと言われれば、否です。

彼は完全な自分のコントロール外からの悪意により人生を歪められました。

それ自体の捉え方を変えることは、困難ですが不可能ではない。

けれどそうしたところで、禁断症状という実害は消えません

(本当にそうなのか、現実においてはわかりかねますが、少なくとも作中では)。

それにより彼の人生が規定されてしまっている事実を否定することは、貧困を個々人のせいにする自己責任主義ともつながっています。

つまり、この作品の登場人物達が抱える問題は全て、「どうしようもなさ」を多分に含んでおり、善悪で括ることはできません。

派遣切りを食らうのも、ネットカフェに住み着くのも、金がなくなるのも全部「どうしようもなさ」に貫かれた一続きの問題であり、

主人公の父にしたって、悪と一蹴することはできない。

彼が道を踏み外したのも、幾らかは貧困や虐待等の外的な不可抗力によるはずです。

そういう「どうしようもなさ」を今まで信じてこなかった私にとってとても新鮮な物語でした。

単純に残酷なだけではない、深いテーマ性がある優れた物語です。

そして、それを混沌とした筆致の中で描き出したことが一層、芸術性を高めていると思われました。



悪い点については一つだけ指摘させてください。

この作品は豪快な作品ですが、同時に微妙なバランスの上に立っているとも思います。

一見短所のように見えるところが良い味を出しており、下手に直せば全体を狂わせかねません。

そもそも本作品は「世間的に間違っていること」をありのまま描く作品です。

「かくあるべし」ではなく、実際に「かくある」を描く作品とも言えます。

社会問題に改善法を提示したりはせず、それに翻弄される人間を描くことをもってテーマとしている。

ですから、哲学的または倫理的なテーマ性を求めることや、小説としての定石を遂行することを求めるのはお門違いだと感じました。

そうすれば必然、指摘できることも限られてくる。

というのが一点だけに留める理由です。


では、以上の点を除いた他に何を指摘できるかと言えば、それは純粋なストーリーの面白さのみです。

現在持っている強み、つまりはリアルな質感や救いのない絶望感などをより際立てつつ、その先で描かれる「希望」を一層輝かせることが、この作品の改善点だと考えます。

しかし理解しておおいてほしいのが、面白さが主観に依存すること。

あくまでも私の感想からしかそれは抽出されません。

そしてその私が、この手の作品を好んでいない事は既知の通りです。

なので話半分に聞いて頂きたいと思います。



単刀直入に言えば、美希の掘り下げが甘いです。

初めに美希が源治を好きになる理由が弱いですし、

問題を起こした源治を再度選ぶ理由もまた曖昧です。

それによりラストのオチの必然性が感じづらくなってしまっています。

愛しているから、という簡潔な答えだけのままでもいいですが、そう開き直るにはそれまでの現実性や因果性が高すぎます。

言い換えれば、原因と理由をしっかり明記してごく現実的に、愛憎を排して進められてきたストーリーのため、美希の選択における合理性の不足が際立ってしまう、

ということです。

最後に源治を選ぶということはそれだけ困難で、強度の高い展開ですからね。

その理由にも同程度の強度が求められます


その改善案は、二つ考え付きました。

第一に、もっと美希の内面を描写し、源治と破局した時点などで彼女の葛藤を描いておくこと。

第二に、ラストの前にさらに源治を追い込んでしまうこと。

もう一つ、美希と結ばれずに悲惨なまま終わるというのも頭に浮かびましたが、それではあまりにも源治が報われず、「希望の街」というタイトルにもそぐいません。

なので排除しました。


一つ目は順当な案です。

美希の内面や性格を掘り下げ、葛藤を描いておけば、読者を彼女の感情にも移入させられます。

それは彼女の決断に必然性を持たせるでしょう。

ただ、あくまで視点を源治だけに留めたい場合には工夫が必要になります。

その場合、美希を見る源治を通してしか彼女の葛藤を描けませんので、源治が美希の諦めきれない好意を“見抜けない”ことに不自然さが残らないよう気を払わなければなりません。

源治が見抜いてしまえば、ラストのどんでん返しができませんので。


二つ目の案は逆転の発想というか、力技です。

私は終盤を読んでいた時、もっと源治がいじめられてもいいのではないかと思っていました。

あっさりと他の街での再就職もしていますし、壮絶とまでは行かない気がします。

父親が凶器を持ってやってくるシーンも実害はありませんし、そもそも母親を殺す必要性が少し薄いです。

母親は源治にとって何者でもない。

愛着などがあれば源治にも葛藤はあったでしょうが、母親の死という大きな出来事を父親のサイコ性を表すのと、源治を街から追い出すためだけに留めるのはもったいない気がします。

何かそこにも因縁を持たせられればより読ませる展開にできる余地があるはずです。

詳細に言えば、源治が大切にしているものに父親が刃を向ければ、さらなるドラマティックさが期待できるのではないでしょうか。

その場合でも源治のことが大ごとになり、街を追われるという展開は阻害しないはずです。

もみ合いになって源治が父を殺してしまう、なんていうのもこの手の作品でよく見る手法ですね。

結果的には正当防衛と判断され、釈放されるでしょうし。

あとは美希の危機を源治が救うことで愛を再確認する、みたいなストーリーを読んだこともあります。

とはいえ、全ては提案です。

どこかで見たことのあるような展開に落とし込んでしまえばこの作品の魅力を損なうことは間違いないでしょうし、私が介入する余地の無い、鴉さんに一任すべきことですから。

ただ、源治をよりどん底まで落としておけば、それが救われた時の感動が倍以上になるだろうとは予測が付きます。

そうすれば美希の行動に必然性を持たせる必要が無くなり、美希の愛情の深さこそが唯一の、力強い理由であると示せます。

どれだけ源治が堕ちたとしても彼を選ぶような限りない大きさの愛を見れば、読者は納得するはず。

それは因果や理由などというものを超越したものを肯定するという、

裏を返せばそれまでに語ってきたことを自己否定するような結末です。

鴉さんがそういうラストを望んで書かれたのかはわかりませんが、

どちらにせよ美希をもっと活かせれば、話がさらに深みを増す可能性は高い。

と、私は思っています。




最後に、まとめも兼ねて作品の長所を挙げさせて頂きます。

それは、この小説が鴉さん固有のものである、ということです。

こういうジャンルを読んだ経験が少ないせいかな、とも考えましたが、おそらくそれは違います。

何か深い洞察に基づいた物語に違いない、と感じさせる説得力がありました。


また、もし狙ってこの混沌とした文体で書いているのだとしたら、恐るべきことだ、とも感じながら読んでいましたが、どうやらそのようですね。

伝奇ものや恋愛ものも数多く書かれているのことからそれが伺えます。

この作品を貫く雰囲気は、いくつかのスタイルの中のその一つ、というにはあまりにハイレベルです。

いつかそれら多くのジャンルで書いてきたことが一つになり、大きなスペクタクルを生み出すことでしょう。

これからも益々のご活躍を期待しております。

拙い、ごく個人的な批評を最後まで読んで頂き、ありがとうございました!




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