それでもこの冷えた手が 後編

午後五時半。私は今日も、陽くんと手を繋いでいる。

だけどそこに、いつもの暖かさは無い。手を繋いでいるのに、伝わってくるのは冷たさばかり。今の陽くんの手は、冷え性の私の手よりもずっと冷たい。


当然だ。陽くんの中にあった熱は、赤い液体となって、体の外へと出て行ってしまったのだから。


目に映るのは、いつもとは違う列車内の光景。右を向けば天井とつり革が、左を向けば座席が飛び込んでくる。そして私と陽くんは、窓の上に横たわっていた。

ううん、私達だけじゃない。たくさんの人が折り重なるように倒れていて呻いていたり、中にはもう、声を出すこともできなくなっている人もいて。それはまさに、地獄のような光景だった。

最初は何が起きたのか理解できなかったけど、列車が脱線して、横倒しになったのだと、徐々に状況を理解していった。


事故なんていつどこで起きるかわからない。そう言っていた陽くんは、既に動かなくなってしまっていた。だけど私は人々が折り重なる中、必死に手を伸ばして、彼と手を繋いでいた。


「陽……くん……」


私の中の熱も、外へと流れ出ていることはわかっていた。繋いだ手は、赤く染まっている。

いつも暖かいはずの、陽くんの手は冷たくて。掠れる声で名前を読んだけど、無反応で。

お願い陽くん、もう一度名前を呼んで。優しい声で、『雪』って呼んでよ。


だけどそんな願いも虚しく、徐々に視界がぼやけていく。もう私も、長くはないと悟る。


押し寄せてくるのは、怖さじゃなくて悲しさ。もう陽くんと一緒にいられないの?あの暖かな手の温もりは、二度と感じられないの?


悲しくて悲しくて、涙が出てくる。

もうピクリとも動かない、冷えきった陽くんの手。だけど私は、それでもこの冷えた手が愛しい。もう指の感覚もなくなりかけてるけど、それでも手を繋ぎ続ける。


「陽くん……ずっと、一緒だよ……」


私は最後の瞬間まで、その手を決して放さない……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それでもこの冷えた手が ~ずっと、一緒だよ~ 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ