第11話 銀髪さんと謝罪ライブ
1.
「粛正委員会の謝罪ライブコンサートを行う」
粛正委員長の牛木日生は、突然そんなことを言った。
「謝罪」という重たい行為に、「ライブコンサート」という明るいイベントを悪魔合体させている。
委員会活動のストレスでとうとう頭がおかしくなったか。
その場にいる全員がそう思った。しかし、牛木会長は本気だった。
「ここ最近の粛正委員会は、不祥事続発だった。
とある警察の不祥事並にひどい状況だ。
無理やり特定作家の本を貸出禁止にしたり、
貸出禁止解除の投票を無視して、特定作家の本を廃棄。
異を唱える学生を次々処分。
生徒会・第二生徒会による前粛正委員会長の更迭。
粛正委員の半分以上が辞職。
人材枯渇による捜査・粛正の停滞。
校内治安の悪化。
唯一の希望は、推薦図書放火事件の解決。
ここ最近だけでも目まぐるしい動きだったし、
学生たちに不安を与えたと思う。
僕は、学生たちに希望を与えたいし、
『粛正委員会は生まれ変わった』という印象を与えたい。
普通、粛正委員会みたいなお堅い組織が、ライブコンサートなど開かない。
でもそれをやることで、学生たちにインパクトを与えたい。
謝罪ライブコンサートを開けば、
ふがいない粛正委員会の謝罪もできる、
ライブコンサートで学生に希望を与えられる、
粛正委員会に興味を持ってくれた学生も人材として集まってくれる、
これは、一石三鳥の作戦なんだよ、みんな!」
演説みたいな長セリフを披露した後、
牛木委員長は「ふぅ……」と疲れた30代サラリーマンみたいに息を吐く。
不安になった学生の気持ちに希望を与えるため、
謝罪ライブコンサートを開くという。
(人材募集も兼ねているらしいが)
常軌を逸した企画に反対意見も出たが、
「おもしろそう」という意見も少なくなく、
委員長は自信を深め、謝罪ライブコンサートを決行することにした。
「委員長。ライブコンサートを行うのはよろしいのですが…。
誰が歌うんですか?」
桐乃から当然の疑問が出る。
基本的に真面目な人が多い「粛正委員会」に、
ライブコンサートという歌って踊る、軽めのイベントに出場しようという人は
おそらくいないものと思われた。
「適任者はいる。
しかも粛正委員会内にだ。
一之瀬茉奈。君にやってもらう」
「え? 私ぃ?」
牛木委員長から指名を受けた、小柄な少女は、目をばちくりさせた。
一之瀬茉奈は、突然の抜擢に目を丸くするが、喜びの表情を見せて、
「おもしろそう! やってみたい!」
という前向きな返答をした。
一之瀬茉奈は、ここ最近加入したばかりの委員だった。
粛正委員会の半分以上が辞めた結果、人手不足になった粛正委員会に、
1年5組の級長を始めとする、何名かの委員が加入した。
そのうちのひとりが一之瀬茉奈だった。
茉奈は、性格も口も軽く、遊び人的な傾向があった。
粛正委員会に向いてるとはお世辞にも言い難い人間であるが、
人手不足の為、そんなことを言っていられる状況ではなかった。
最初、彼女は、活動に出ず幽霊委員になるつもりだったが、
ヒマだったので、委員会活動に出るうちに、
牛木委員長に顔を憶えられ、ライブコンサートの要員として抜擢となった。
「そうか! やってくれるか!
でも1時間程度のライブだから、
茉奈だけでは時間がもたないな。
あと何人か欲しいかな……」
「うーん。そうだねぇ……。
こういうときは、級長に相談することにするよ。
頭良さそうだし」
「わかった。
級長……もとい、土田里子君に相談してくれ。
僕は、予算や運営に関して、他の委員と相談してくる」
「はーい★」
茉奈はさっそく、級長に相談しに行くのだった。
2.
「謝罪ライブコンサートですか。
牛木委員長もおかしなことを考えたものですね。
茉奈さん。
本当にコンサートで歌うのですか?
正直、茉奈さんの歌とか踊りとかは、
私はあまり存じ上げないのですが」
「すごくうまいよ! 自分で言うのもなんだけど。
小さいころからやってたし!
で、相談なんだけど、コンサートは1時間もやるから、
茉奈だけじゃつまらないよ。
他の人も参加させたいんだけど……。
どうかな? 粛正委員で茉奈みたいに歌って踊れる人いるの?」
「どうですかね」
「級長は歌って踊れるの?」
「わ、私は……こういうのは得意ではないですから。
桐乃さんや織枝さんにも聞いてみましょう」
級長は眼鏡の奥の目を白黒させた。
級長は踊りとか歌とか、得意ではなかったし、勉学のほうが好きだった。
それに自分がコンサートなんかしても人は来ないという自信の無さもあった。
級長は、別の人に出演してもらうよう打診を促した。
茉奈は、そのあと桐乃や織枝にも出演を打診してみたが、
快い返事は得られなかった。
「はっきり冷たく断られた」というよりも、
「恥ずかしそうに自信なく断られた」という印象のほうが強かった。
茉奈はぜひ桐乃や織枝には出演してほしいと思っていた。
「普段はお堅い雰囲気だけど、ライブでは歌姫と化す桐乃」
「銀髪をなびかせて、舞台上で輝く織枝」
そういう想像をしては、目をキラキラさせ、心を高ぶらせるるのだった。
でも断られてしまっては仕方がない。
茉奈は、ふたたび級長に相談する。
「え? 織枝さんも桐乃さんもダメなんですか?
困りましたね。
あっ、そうだ。いいアイデアがあります」
「えっ? いいアイデア? どんなの?」
「粛正委員会には、副委員長が2名います。
両方とも女子学生で、特徴的な姿をしています。
きっと歌も踊りも映えることでしょう。
どんな人かは、会ってみればわかりますよ。一緒にいきましょう」
「特徴的な副委員長? うーん。
どんな人たちなんだろ。
あんまりかかわったことないけどー」
「会ってみればわかりますよ。
いま粛正委員会室にいるはずです」
茉奈は、級長に案内され、粛正委員会室に入る。
茉奈は何度か入ったことがあるが、
副委員長と顔を合わせるのは初めてだった。
「あなたが茉奈さんね。話は聞いていますわ。
謝罪ライブに出演なさるのね。
お初にお目にかかります。
わたくしは、粛正委員会の副委員長その1……。
名前を夏目竜矢と申します」
粛正委員会という強気な組織にはあまり似合わない、
お嬢様みたいな、やわらかな雰囲気の女子学生がそこにいた、
東洋の「和」っぽい雰囲気がして、着物が似合いそうだ。
……ん? 竜矢……リュウヤ?
あまりお嬢様っぽくない名前に、茉奈は違和感を覚えた。
「茉奈さん。その顔は、『竜矢って何』って言いたそうですね。
竜矢さんは男ですよ」
「ええーーー!? うっそぉ!
超きれいなのに! 意味わかんない!
スカートも似合ってるし!」
茉奈は思わず大きな声をあげてしまう。
「茉奈さん、静かにっ。
竜矢さん、すいません。
茉奈がなんだか大げさな反応をしてしまって」
「よく驚かれますから、気にしないで。
今回の謝罪ライブの件は、
とても良いことだと思っているの。
副委員長その1である私と、
副委員長その2であるアーシュミルちゃんと一緒に、
粛正委員会を代表して出演したいと思っています」
竜矢は、すぐ横にいる女子学生に視線を流す。
「ね? アーシュミルちゃん」
「もちろん。
粛正委員会、今までただの厳しい組織。
これから、新しい粛正委員会になる。
わたし、協力するよ」
その女子学生は、くっきりした彫りの深い目鼻立ちで、黒めの肌をしている。
外国からきたのだろうか。
言葉も少したどたどしいが、その真面目そうな顔つきは、
しっかり働いてくれそうな勤勉な雰囲気を醸し出している。
「わたし、アーシュミル・ナーシュミーという。
アーシュミルと呼んでほしい。
少し遠いところから来た。よろしく」
アーシュミルは、手を差し出した。
茉奈は「よろしくぅ!」と言いながら、その手を握り、握手を終える。
粛正委員会副委員長その1、夏目竜矢。女装男子。
粛正委員会副委員長その2、アーシュミル。外国人。
なお、粛正委員会の副委員長は、第二生徒会から任命されている。
それに対して、粛正委員会の委員長である牛木日生は、元生徒会所属。
校内では、生徒会と第二生徒会は議論で対立する立場にあり、
牛木委員長も、副委員長とは少しコミュニケーションが取りづらい状況にあった。
さらに、副委員長たちのキャラクターの濃さは、牛木委員長をきょどらせてしまうほどである。
第二生徒会は「粛正委員会」という規律に厳しい組織に、
なぜ女装男子と外国人を送り込んできたのか、その意図は不明ながらも、
粛正委員会の刷新のため、あえてそういう人を送り込んだとも言われている。
とにもかくにも、
粛正委員会の謝罪ライブに、副委員長2名が加わったのは、
茉奈にとっては心強いことだった。
3.
出演者もだいたい決まり、ライブ会場もおさえられたので、
粛正委員会は、校内SNSで、謝罪ライブコンサートを行うことを発信した。
反響は様々だった。
謝罪とライブコンサートという、
おかしな組み合わせに違和感を持った人は少なくなく、
「謝罪は真面目に行うべき。ライブ中止の署名を集める!」
という無駄に行動力のある学生が現れ、署名活動を展開した。
牛木委員長としては、中止するつもりはなく、
粛々と準備は進められていった。
そのなかで、反粛連は、ライブ妨害をするか否かで議論になっていた。
「粛正委員会の奴ら、ライブやるってよ」
「マジかよ。俺たち反粛連としては妨害するしかないぞ」
「でもライブをわざわざ妨害する必要なくね?
別にうざい行動でもないし」
「粛正委員会も考えたな……。
規律だのモラルだのうざったい行動をとるなら
俺らも妨害を考えるが、ライブ妨害はマジ難しいな」
「はー? 何いってる。
ライブすることで粛正委員会の支持者を増やそうって魂胆だぞ。
妨害しかないでしょ」
「やめとけ。ライブ妨害はさすがに反粛連の支持が落ちてしまう」
「今回はスルーしようぜ」
「いや、妨害やるぞ」
「参ったなぁ…。これではまとまらない」
反粛正委員会連合にとっては、粛正委員会は大いなる敵だった。
それは粛正委員会がやたら規律やモラルにうるさく、
無茶苦茶な取り締まりをする反感からくるものだった。
だが、今回の「謝罪ライブ」という行動には、
規律やモラルを理由にした無茶な取り締まりでもなんでもない為、
妨害するか否か、決めかねていた。
下手に妨害などしようものなら、ライブを楽しみにしている学生からの反発は必至。
されど、ライブを主催した粛正委員会への支持が高まるのも、見過ごすことができない。
反粛連の学生たちは、結論を出せるのだろうか。
一方、別の新たな動きもあった。
とある空き教室にて、結構な人数の学生がひしめいていた。
皆、真面目そうな顔つきで、高揚した気分をおさえられないのか、
「うおー!」という掛け声がたまに出る。
「静かにせよ!」それを諫める者もちらほらといた。
やがて代表者らしき人物がゆっくりと前に出てくる。
「我々、元粛正委員会の同志で、新たな組織を結成することにした。
組織名を『自警団』とする。
我々の手で、ゆるんだ粛正委員会を『粛正』し、
学生たちの規律やモラルをさらに向上させようではないか!」
「おおー!!!」
「さっそくだが、粛正委員会の行動を諫めるときがきた。
謝罪ライブの話は皆、知っていると思うが、
我々の行動で破綻させようではないか。
謝罪は真面目に行うべきものだ。
ライブなどという軽いイベントと絡めるべきではない。
何度も抗議したが、聞き入れてはもらえない。
粛正委員会は、謝罪ライブをやるつもりだ。
まことに許しがたいことだ。
ところで皆の者、校内SNSを見たか。
謝罪ライブに反対する人は決して少なくない。
我々の同志がいるということだ。
校内SNSをフルに活用して、我々の同志を更に募り、
一大勢力をもって、謝罪ライブ会場を占拠しようではないか。
まずは、校内SNSにて、我々の決起報告と勧誘活動を行え!」
元粛正委員会からなる「自警団」は妨害する気まんまんだった。
謝罪ライブを行う粛正委員会をゆるんでいると断言し、
それを破壊しようとする行為は、規律やモラルに抵触するのかもしれないが、
彼らは最早そういうことは気にしない状態になっていた。
粛正委員会に代わって、学校の治安維持と、学生の規律・モラル向上を担おうとする、
「自警団」は、血気盛んであった。
そして、血気盛んな自警団の動きは、SNSを通じて反粛連にも伝わる。
反粛連は、自警団を嫌っていた。
下手したら、今となっては、粛正委員会以上に嫌いな団体と化していた。
自警団は規律やモラルに厳しく、不真面目な学生を糾弾するその姿勢に、反感をもった。
その大嫌いな「自警団」とやらが、謝罪ライブを妨害したいとのたまっている。
反粛連の方向性は決まった。
粛正委員会は気に入らないが、謝罪ライブの妨害だけはさせない。
自警団を止める。なんとしても。
こうして、自警団と反粛連の罵倒合戦が校内SNSで激しく行われ、
粛正委員会が目をつける事態となってきた。
4.
粛正委員である東堂桐乃は、
校内SNSでの罵倒合戦を見て、ため息をついていた。
「まずいですね。自警団と反粛連の罵倒合戦。
このままだと謝罪ライブで両者が激突するのも時間の問題です」
東堂桐乃は、SNSの状況を、牛木委員長に報告する。
「牛木委員長。謝罪ライブの警備を強化しましょう」
「そうだね……異論はないよ。
僕も、自警団と反粛連の動きは、このところ危険だと思っていたんだ。
それに、一般学生にも注意したほうがいいよ」
「一般学生にもですか?」
「ライブという場所では、気分の高揚した学生が、
舞台上の出演者を触ろうとしてきたり、
変な騒ぎ方をしたり、ダイブをしたり、危険行為を行ってしまうものなんだ。
ああいう人たちにも対応した警備は必要だよ」
「うわぁ……そっちもやばそうですね。
それ、私たちだけで警備できますかね…?
人材不足なんじゃないんでしたっけ」
「まあ、頑張っていきましょう」
牛木委員長はさわやかな笑顔を見せたが、桐乃はさわやかな気分になれなかった。
警備用の人数が足りないことは明白だったからだ。
桐乃は、自警団や反粛連の人たちを説得しようかとも思ったが、
まるで話が通じないと思って断念した。
こうなったら、一時的なアルバイトでもボランティアでも募集するしかない。
桐乃は校内SNSで呼びかけまくる。
「最前線の人壁になって、最前線でライブを楽しもう!」
※人壁=ダイブ防止、出演者へのお触り防止の為に作られる人間の壁。
「ライブ中に怪しい人やモノを見かけたら
校内SNSにアップしてね!
協力した人には校内通貨を付与します」
「私たちと一緒に働きませんか?(桐乃や織枝の綺麗めな画像を表示)」
桐乃は、あまり硬くなりすぎないような文面を目指して
校内SNSでつぶやいたが、内心恥ずかしかった。
リアルで言えば、警察署のアカウントが、ゆるいつぶやきを連発するようなものだからだ。
「自分が、こんな軽い調子の文面を書くなんて……。
しかも粛正委員会というお堅いアカウントなのに。
こんなにゆるくて大丈夫なの……」
しかし、桐乃の不安とは裏腹に、意外と支持を得てしまい、
粛正委員会のライブ警備の協力者は増えつつあった。
5.
粛正委員会の謝罪ライブの当日を迎えた。
謝罪ライブに対しては、
反対署名運動が起きたり、
自警団による批判・罵倒もひどかったが、
フタを開けてみれば、
体育館の周辺は長蛇の列ができ、満員だった。
学生たちは、謝罪ライブを楽しむことを選んだ。
みんな、お祭り気分で、楽しそうにはしゃいでいる。
友達同士とおしゃべりしながら、行列に並ぶ者。
飲食物を売り歩く学生たちの姿もあった。
反対署名や過激派の行動が、嘘のようだった。
「いやー、大盛況ですね……」
「粛正」の腕章を巻いた級長は、驚きの表情を見せる。
「俺らは外回り警備でライブは見れないけどね」
次郎も、「粛正」の腕章を腕に巻いていた。
「できれば茉奈さんの雄姿を見たかったですけどね」
「俺もだよ。
まあ、あとで動画がアップロードされるから
それ見ればいいかな」
「そうですね。今は、警備に集中しましょう。
ところで、怪しい人たちは見かけませんでしたか?」
「今のところは…特に。
自警団の奴らは、制服の着方が規則正しいから、すぐにわかるんだけども、
俺の見回る範囲では、見かけないな」
「なるほど。
自警団の人たちは、制服の着こなしでわかりやすいですからね。
さすがは元粛正委員というか、生真面目というか」
「俺たちも粛正委員だけど、制服そんなにきっちり着てるわけじゃないしな」
「ふふっ。そうですね」
「桐乃さんたち、大丈夫かな」
「桐乃さんは、警備本部に待機していて、
警備の陣頭指揮をデキパキとっていますね。
ほら、携帯端末に随時指示がとんできてますよ」
「そうか。桐乃さんの指示なら安心だな。
ところで、織枝はどうしたんだろう?
姿が見当たらないけど」
「織枝さんは警備には参加してないですよ」
「え? 警備に参加してない?
それはどういう……」
「それは……秘密です。あとでわかりますよ」
級長は何かを隠しているかのような笑みを浮かべた。
次郎には、級長が何を隠しているのか、気になったが、
すぐにはわからなかった。
そしてもうひとつ、次郎が気づいていないことがあった。
怪しげな団体が、陰に隠れて待ち構えていることだ。
それは物理的な物陰ではなく、変装という名の「陰」だった。
ごく普通の学生に変装した「怪しげな団体」は。ライブ会場に無事入場する。
そしてライブは始まろうとしていた……。
6.
ライブの最初は、牛木委員長の謝罪で幕を開けた。
「粛正委員会の委員長、牛木日生です。
このたびはライブに参加していただき、ありがとうございます。
粛正委員会は昨今、学生の皆様に対して、横暴なふるまいをしていました。
詳細はこの場で伝えきれないのですが、とにかく謝罪の気持ちでいっぱいです。
今日は、その謝罪をこめたライブを、皆様に披露したいと思います」
しめやかな挨拶。
「引っ込め」などの罵倒は飛んでこなかったが、
さっきまでザワザワしていた会場は、静かになった。
だが、そんなしめやかな気分も、
茉奈が舞台に登場してから、一気に明るくなった。
茉奈は、明るい声で、みんなを歌に誘い、
軽やかな踊りを舞台の上で元気いっぱいに飛び回りながら
披露してくれた。
粛正委員会の副委員長ふたりも、
茉奈と同じ調子で、舞台から元気を届けている。
竜矢は、ゆるやかな動き・やさしい歌声で人々を魅了し、
アーシュミルは、情熱的なダンスで、人々を熱狂させた。
あの真面目な粛正委員会が主催していることを誰もが忘れるほど、
ライブは人々を熱狂させ、魅了させていた。
一方、舞台下の最前線付近では怪しい現象が発生していた。
「ん? こっちに向かって誰か来るな」
人壁の最前線にいる、ボランティア学生は、あることに気づいた。
ひとりの男子学生が、近づいてくることに。
その男子学生は、最前線の人壁をチラチラ見ると、そのまま引っ込んだ。
「いったい何なんだ、さっきから。
あの学生、舞台を見ずに、最前線の壁ばかり見てるな」
不思議に思ったが、結局引っ込んでいくので、無視することにした。
しかし引っ込んだ男子学生は、ニヤリと笑うのだった。
そしてこう思った。
「あの壁あたりが手薄だな。
あそこから突入するよう、『みんな』に呼びかけよう」
不穏な動きはだんだんと激しくなってきた。
しかし気づいたときにはもう遅かった。
最前線の人壁の手薄な部分を押し切られ、
舞台上に、数名の男子学生がなだれ込んでいった。
「!」
警備している粛正委員たちは、警備が失敗したことにすぐ気づいた。
茉奈たちが危ない。舞台上に急ぐ。
だが、その心配は無用だった。
舞台で歌っていたアーシュミルと竜矢は、
なだれこんできた学生たちを、つかみ、投げ、取り押さえていった。
粛正委員会の副委員長に指名された彼女たちは、とても強かった。
そして、舞台上に駆けつけた粛正委員に連行され、
数名の男子学生たちは退場を余儀なくされた。
茉奈は舞台の片隅に逃げたが、
ある程度その場が安定してきたことで息を吹き返し、
再び舞台の真ん中に出て、
「みんな! 粛正委員会は無敵なんです!」
と叫んだあと、再び歌い始めた。
何事もなかったかのように……。
学生たちも呼応するかのように、盛り上がるのだった。
「なんだと! 失敗しただと!
舞台上で、アイドルみたいに歌っている学生2名に
全員やられた? 何を言っているのかわからない!」
自警団の団長は、携帯端末にかかってきた失敗報告を怒鳴りつけた。
「ぐぐぐ……なんということだ」
舞台上に上がり込んで成敗された男子学生たちは、
変装こそしているものの、自警団のメンバーだった。
その全員が取り押さえられた。
本当は、舞台上で自警団のアピールをし、
みんながあっけにとられている間に、
そのまま逃げうせるつもりだった。
そして、ライブを白けさせ、失敗に追い込むつもりだった。
想定外の結末に、団長はコブシを握りしめ、激怒した。
だがもう、どうにもならなかった。
団長は怒りのあまり、壁を殴る。
そんな団長の背後に、忍び寄る、謎の影がった。
「……自警団の団長さんですね。
さっきの話はすべて聞かせていただきました」
「誰だ」
「粛正委員会の者です」
「し、粛正委員会! どうしてこの場所が……」
「脇が甘いですよ。
校内SNSであれだけ言葉を残してたら、
場所の特定ぐらい容易です」
「くっ!」
「規律やモラルが大事というのなら、
ライブを荒らすという行為は止めてほしかったです。
今からあなたを捕まえます。
悪く思わないでくださいね。
逃げようと思ってもダメですよ。
他の粛正委員の人たちが、囲んでいますから」
「……我々の負けを認める。
名前を教えてもらおうか、銀髪の女子学生よ」
「私は――乾織枝。
学生たちの学校生活を守り、向上させていくための
粛正委員会の一人です」
完結
銀髪さんの民主主義 alphaw @harappa14741
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