第10話 銀髪さんの刑罰
1.自首
「そんな人数で粛正委員会室前にぞろぞろ来て……。
いったい何の用なの」
突如、粛正委員室前にやってきた複数人の学生。
東堂桐乃と級長は、その対応を行っていた。
その学生たちは、
昨日やってきた反粛連(反粛正委員会連合)の顔に比べて、
そこまで凶悪な顔つきでもない、普通の学生たちだった。
しかし、そんな普通の顔をした学生から放たれた言葉は、
あまりに衝撃的なものだった。
「犯人を捕まえられない粛正委員会がかわいそうでね、
自首しにきてやったんですよ」
突然の自首に、桐乃と級長はあっけにとられた。
「自首……!? 何の自首ですか」
級長は自首学生たちに理由を問う。
「図書室の推薦図書に放火した件ですよ。
あれは僕たちがやったんです」
「!!」
桐乃と級長は言葉を失った。
推薦図書放火事件は、一歩間違えば、火事にもなりかねない事件であり、
前粛正委員会失脚の火種にもなった事件だ。
桐乃たちが、新たな粛正委員会を立て直し、
これから本格的に捜査を行おうとする、矢先の出来事だった。
そう凶悪そうにも見えない、
普通の顔をした学生たちが、
「放火をした」と自首しにきた。
ありえない。
こんな凶悪な事件を起こしておいて、普通は自首しにこない。
重い罰を与えられることがわかっているなら、なおさら。
桐乃と級長は、目の前の現実に、ただただ言葉を失うしかなかった。
「あなたたちの言っていることは本当ですか?
からかっているのなら、冗談では済まされないですよ」
級長の問いに、自首してきた学生たちの一人が口を開く。背の低い女学生だ。
「本当だよ。
今の粛正委員会は無能であり、捜査もろくにできなから、
かわいそうになって自首しにきたって言ってるの。
停学なり、退学なり、罰してみてよ。
粛正委員会は、捜査能力もなく、罰を行うしかない組織であると自白させてやる。
悔しければ、私たち学生を更生させ、本来の『粛正』を行ってみてはどう?」
自首学生たちは、最初から、粛正委員会を貶めるのが目的だった。
放火事件もろくに捜査できない、
自首してきた犯人への罰は、停学か退学だけで、更生させることはしない。
粛正委員会が無能であることを、校内に暴露させるかのような、
意図的かつ挑発的な自主だった。
とても、ほめられた自首ではない。
このまま、この学生たちを粛正するのだろうか?
級長は、桐乃の顔をじっと見た。
桐乃は、一触即発の状況の中、冷静な顔で諭す。
「せっかくの自首だが、お引き取り願いたい。
粛正委員会は放火事件の証拠を集められていない。
自首しても、粛正を下すことはできない。
捜査し、証拠を集めるまで、保留させてもらう」
桐乃は、自首学生たちを追い払った。
「ふぅ……。
一時はどうなるかと思いましたが、
なんとかなりましたね」
「安心はできない。
あいつらは、また自首しに来るだろう。
早く証拠を集めて、犯人を特定せねば」
「うまくいくでしょうか?
…いま織枝と次郎が頑張ってくれていますが」
「それは私たちの行動次第だ。
まあ、私と級長は、粛正委員会室で留守番してるしかないのだが。
織枝と次郎なら、なんとかやってくれるだろう」
意外にも、織枝と次郎を信用している桐乃であった。
2.
一方、織枝と次郎は、
新聞部や神村新吉の関係者から、話を訊きだしていた。
神村新吉とは、現在停学になっている図書委員だ。
なぜ停学になったかというと、
粛正委員の特定図書貸出禁止に反発し、
ネット上に貸出禁止図書をアップロードしてしまったせいで
粛正委員から『粛正』(停学)されてしまったからだ。
その経緯から、
「神村新吉の知人・友人が報復を決意し、
推薦図書に放火した」
という理由がありえそうだった。
実際に訊きまわってみると、
神村新吉の友人の何名かは、
推薦図書放火事件の際に行方不明になるなど
怪しい点はいっぱいあった。
織枝と次郎は、
ある程度話を聞きまわったあと、
粛正委員会室に戻ろうとしていた。
「だいたい訊き終わったね。
神村新吉さんの周辺人物が怪しそうだね」
「そうだな。
しかし、それにしても、俺たちだけで捜査かぁ。
桐乃さんと級長も一緒に手伝ってくれれば心強いんだけどなぁ……」
「粛正委員会室を空けておくと、反粛連みたいな人たちが
忍び込んでくるから、留守番が必要なんだよ。
粛正委員は事務仕事も結構あるみたいだし、
頭のいい桐乃さんや級長が適任なんだよ」
「織枝も頭はいいんだろう?」
「私、こういう捜査みたいなこと一度やってみたかったから、
志願したんだよね」
「……織枝も意外とアグレッシブだな。
俺も悪くはない仕事だと思うけど。
事務仕事とかだるくてやってらんねーし。
まあ、ゲームしてるほうが一番いいんだけども」
そう言いながら、次郎は欠伸した。
「『粛正』ってちょっとやってみたいし…」
織枝が何か恐ろしいことを言ったような気がするが、
次郎はあえて何も聞かなかったことにした。
「と、とにかく状況証拠はそろった。
あとは級長や桐乃さんに報告して、
犯人を捕まえよう」
そのとき、次郎と織枝の前に、
複数の人影が立ちはだかった。
ただならぬ雰囲気に、次郎と織枝は神経をとがらせた。
「……そこを通してくれないか?」
「少し話がしたいだけだ。
危害を加えるつもりはない。
たしか君たちは、
最近粛正委員会に入会したらしいな」
男子学生が口を開く。
重々しい雰囲気の、重々しい口調だ。
「我々は、元粛正委員だ。
我々も推薦図書放火事件を調べている」
「……どうして元粛正委員の人が、事件を調べているんですか?
捜査権は無いはずですが」
「粛正委員会の立ち直りが時間がかかりそうだから、
我々、元粛正委員会の有志で調べていた。
捜査権が無いのはたしかだが、通報する権利はあるだろう?
一般市民が指名手配犯を見かけたら通報することができる。
それと同じだ」
「通報する権利はたしかにあるかもしれません。
でも……それなら、先輩たちが、粛正委員会に戻ったほうが
いいのではないでしょうか? 俺たちに捜査させなくても」
「いいや、戻るつもりはない。
今の粛正委員会は手ぬるい。
犯人を捕まえるとき、暴動を鎮圧するとき、
暴力をできるだけ控えろという。
そんなものは無理だ。
悪い奴には、『力』をもって裁く必要がある。
規律やモラルの考え方も、まだ浅く、不徹底だ。
それなら……我々、元粛正委員だけで組織を組み、
悪い奴には天誅をくだす。
学生たちには、規律・モラル・罰則も今より徹底させる。
そういう考え方で頑張っている」
そのとき、次郎は、級長の言葉を思い出していた。
「真面目をこじらせると怖い」と。
真面目な人間は、不真面目な人間を嫌う。
嫌った結果、それがやがて排除へ向かう。
更生ではなく排除。
暴力を使った排除、法を使った排除……。
なんでもする。
不真面目で愚かな人間が仮に排除されたとしても、
今度は、真面目な人間の間で排除合戦が始まる。
真面目な人間の中にも、真面目度合いは異なるからだ。
「真面目をこじらせると怖い」はそういうことなのだ。
「て、天誅をくだすって……。
先輩たち、やばいこと考えてませんか?」
「そう怖がるな。
ひっとらえて粛正委員会につきだすだけだ」
ひっとらえるときに、その犯人の身体は大丈夫なのだろうか。
この元粛正委員の人たちが、体つきはしっかりしており、
腕力も強そうだった。優しくはないだろう。
次郎は、警察に取り押さえられた人が亡くなった事例を思い出した。
「さて、今回の放火の件は、反粛連の奴らも絡んでいるとの噂だ。
反粛連の奴らは危険だ。
危険な奴らを相手にするのは、我々に任せておけ。
君たちは何もする必要はない」
「新聞部の人にもそう言われました。
証拠をつかんでいるわけではないですが」
「ふん。新聞部もつかんでいたのか。
短時間で図書室に忍び込んで、少なくない推薦図書を盗み、
推薦図書に放火しすべて燃やす。
ただの普通の学生にしては、手際が良すぎる。
君もそう思わないか?」
「たしかに……そうですね」
「反粛連の奴らは狡猾だ。
実行犯はただの普通の学生でも、
犯行指示は反粛連の奴らだった、という事例はいくらでもある。
実行犯を普通の学生に押し付けることで、
自分たちがつかまらないように、うまくカモフラージュする。
……さて。少ししゃべりすぎたか。
俺たちはこれで失礼する。
粛正委員会によろしく伝えてくれ。
『お前たちは何もする必要がない』と」
3.
「えっ! 自首があったんですか!
桐乃さん、それ本当ですか」
「証拠不十分ということで保留にした。
……その自首のやり方も、卑劣というか、
粛正委員会の捜査能力の無さ、
罰しか与えない無能さを周知する目的で狙った、
という、やばい自首なんだよね。
あのとき捕まえなくて良かった」
「次郎さん。織枝さん。
自首した学生は、普通の学生のように見えました。
反粛連みたいな、人相の悪い人たちではなく」
「普通の学生……!」
「次郎さん、どうかしたのですか?」
「元粛正委員の人たちから話があったんです。
……普通の学生に実行犯を行わせて、
指示は反粛連がやってるって」
「元粛正委員?
…そっちも気になりますが、
裏に反粛連がいるということが気がかりですね」
「級長。私たちも、新たに証拠を集める必要があると思う。
自首してきた学生と、
反粛連の人たちとの関わりが示される証拠を。
あと、元粛正委員の人たちのことを訊きたいけど……。
何があったか説明してもらっていい?」
織枝は、級長と桐乃に、元粛正委員が勝手に動いてることを説明した。
とたんに、桐乃は険しい表情になった。
「そう。わかった、ありがとう。
元粛正委員の人たち、暴走しそうで怖いね。
……あの人たち、真面目すぎるのよ。
でも明らかに方向性を間違えている。
見つけて通報するくらいならともかく、
天誅を叫んで捕まえて暴行を働くなら、話は別よ。
捜査権もないし、勝手すぎる」
桐乃はため息をついた。
桐乃は、元粛正委員の人たちのことを、よく知っていた。
粛正委員会の人たちは、基本的に真面目で、
規律・モラルに厳しい人が多い。
だから、結果的に
「不真面目で愚かな人には注意する」
「悪い奴は罰を与える」
という傾向になりやすい。
それがいきすぎると
「自分たちみたいな真面目な人以外は排除する」
という思想にいきつきやすい。
粛正委員会にも、あまり真面目でない人がいくらかいたが、
それが追い出されることも多々あった。
桐乃はそれをあまり快くは思ってなかったが、止められなかった。
粛正委員は、規律・モラルに厳しいが、
他者をいたわり更生する気持ちに欠ける。
粛正委員の長年の課題となっていたが、今も解決していない。
桐乃は不安になった。
元粛正委員たちは、おそらくそのまま過激化する。
悪い奴を捕まえるならともかく、
不真面目で怠惰でだらしない人を攻撃しだすだろう。
物理的に、法的に……。
元粛正委員会の人たちを、
粛正委員会の監視対象に含めたほうがいいかもしれない。
そう思い始めていた。
「……桐乃さん?
何か考え込んでるみたいですけど、
大丈夫ですか?」
織枝は、桐乃の考え込んだ顔を見て、声をかける。
「あっ。
ううん、大丈夫だよ、ありがとう。
元粛正委員の人たちのことを不安に思っていただけ。
あの人たちは、やりすぎるだろうから、
監視をつけないと……。
私も人のことは言えないけど」
「やりすぎる……。
たしかに。私も、なんか話してて怖かったですし。
目とか、なんか普通じゃなかったし」
「暴力と自己防衛の違いって、とてもわかりにくいけど、
彼らは、たぶん暴力と自己防衛の区別がついてない。
今まで、学生に実力行使しかける場面も、何回かあったし。
前の会長も、そういうの見逃してたし……。
そんなんだから、更迭したり辞めたりなんて大事になったんだけどね」
「その人たち、野放しにしてると危ないですね。
元粛正委員の人たちより前に、
反粛連関与の証拠を見つけて、自首学生たちを逮捕しましょう。
元粛正委員の人たちが、犯人を捕まえたら、何をするか、わかりませんし」
「そのとおりだね。
……私と級長も、今から捜査に加わるよ。
織枝と次郎だけでは、反粛連や元粛正委員は、危険だし」
「心強いです」
こうして、桐乃・級長・織枝・次郎は、
元粛正委員たちより前に、反粛連関与の証拠を見つけるべく
動き出すことになった。
規律やモラル「だけ」を優先し、私刑と暴力をふるう元粛正委員たち。
粛正委員会を嫌い、過激な行為も辞さない反粛連の学生たち。
それらを抑えるには、あまりに弱い粛正委員会。
織枝たち粛正委員会にとって、ここから先、まだまだ試練が待ち受けるのだった。
4.
桐乃が突然質問する。
「ところで次郎。あなたは、何か武術の心得はある?」
「ありません。文系学生なので」
「文系も理系も関係ないと思うのだけど…。
まあ、普通の学生はあまりないよね、そういう心得は。
反粛連の連中は、見掛け倒しだけの人が多いけど、
ごくたまに荒っぽい奴がいる。
あと、前みたいに、大勢に囲まれたら危険になる。
自己防衛できたほうが有利ってことだよ」
「ないっすね」
「あっ、そう……」
桐乃は、冷たい目で次郎を見た。
「いやいや、そんな冷たい目で見ないでください!
一般的な男子学生は普通戦えないですって!
そ、そういう桐乃さんは戦えるんですか!?」
次郎は必死になって反論する。
「試してみる?」
桐乃は、両腕を構えて、戦闘姿勢をとる。
そのポーズだけでも、かなり強そうな雰囲気を察せる。
「やめときましょう。
この渡り廊下、コンクリート製ですし、
間違って事故でも起きたら
ケガじゃすまないですよ」
級長が注意する。
「そうだね。……投げ技はやめておこう」
「投げ技以外もダメです!」
「桐乃さん、締め技くらいならいいですよ!
俺、それくらいなら練習台になります」
「次郎さん!」
級長は次郎にも注意する。
不純な動機に見えたからだ。
「わ、私も、桐乃さんの練習台になってみたいです」
織枝が口を開く
「お……織枝さんまで何を!?」
級長はあきれた様子で突っ込む。
「お前もか」と言いたげな顔だ。
「あ、いや、そういう変なことを言っているのではなくて……。
これから粛正委員として働くなら、
ある程度手ほどきを受けたほうがいいかなと」
「いい心がけね。
じゃあ、あとで教えてあげる」
「は、はい……」
織枝は恥ずかしそうに顔を下に向けた。
なぜ恥ずかしがる必要があるのかよくわからないが、
織枝にとっては勇気のいることだったのかもしれない。
「さて、次郎は戦えないとして。
級長は……戦える?」
「桐乃さん、頼りにしていますよ」
級長は眼鏡をくいっと上げて、申し訳なさそうに下を向いた。
「戦えるの私だけかい!
……ってまあ、だいたい予想はついたけど」
桐乃は、それなりに武術のたしなみはあったが、
相手を無力化できるのは1対1だけの話である。
囲まれてしまうと不利だ。
ましてや、次郎や織枝たちを守りながら戦うのは到底不可能だった。
「強そうなフリだけでもしておきなさい。
いくら荒っぽい奴でも、私たち4人には勝てない」
桐乃はきりっと言った。
「強そうなフリ……ですか」
織枝はどこからかサングラスを取り出し、装備した。
「わぁ、強そう。でも……身長がちょっと足りないかな」
桐乃は優しくも厳しいレビューを行う。
「し、身長はさすがにどうにも……。えいっ」
織枝はつま先だちをした。
ぐぐぐ……と数秒我慢したところで、元に戻った。
織枝はあきらめず、もう1回つま先立ちにチャレンジしたが、すぐに戻った。
「か、かわいい……」
桐乃は、織枝のいじらしい行動を「かわいい」と思った。
「じゃあ、髪の毛で身長の高さを表現しましょう。
ほら、こういう髪型とかよく見ますよね」
級長は携帯端末を取り出して画像を見せる。
髪を山のように盛りに盛って、タワーを形成するかのような髪型だ。
「わぁ……これなら身長高く見えそう」
織枝はサングラスを外して、まじまじと携帯端末に映った映像を眺める。
「髪型が高いだけですけどね」
桐乃はその様子を見てあきれたようにため息をついた。
「おいおい、なんか変な方向に脱線しそうだぞ。
話を戻そう。
一番簡単なのは、腕に『粛正』の腕章をつけることだよ。
これだけでも結構相手に威圧感を与えられる」
桐乃は、左腕の腕章を見せた。
「なるほど……」
次郎は納得したような顔で答える。
「全員分用意してあるから、身に着けて。
今はそれくらいかな……」
桐乃は、全員に、腕章を差し出した。
「サングラスはいいですか?」
「かっこいいけど、目を悪くするから外しときなさい」
「はーい……」
織枝は残念そうな顔をした。
そのときだった。
束の間のやすらぎの時間を、突然切り裂くような声が聞こえてきた。
「だ、誰か、助けてくれーーーー!!」
向こうから誰かが走ってくる。
桐乃は、走ってくる学生の姿をその目にとらえた。
「誰か走ってくる。
あ、あれは……!」
桐乃はその男子学生に見覚えがあった。
粛正委員会室に自首してきた学生だ。
「あの学生は、自首してきた学生のうちの一人ですね。
追われているようです。
重要参考人ですし、助けにいきましょう」
級長と桐乃は、男子学生を助けるべく、駆け出した。
次郎と織枝も後ろに続く。
「待て! どうした!」
桐乃は男子学生に声をかける。
「あなたは粛正委員会の……!
うわー、もう駄目だ、挟み撃ちで逃げられない!」
男子学生は膝をついて、天を仰いだ。
絶望を感じたのか、その表情は真っ青だ。
「挟み撃ち? 言っていることがよくわからない。
……いったい誰に追われているんだ?」
桐乃は、男子学生のそばに駆け寄り、事情を訊くことにした。
「桐乃さん! ……まずいですよ。
向こうを見てください」
級長は、渡り廊下の奥を指さした。
こちらに向かって走ってくる、体格の大きい男子学生が、3人。
3人とも制服をしっかり着こなしながらも、
鬼気迫った表情で怒鳴り声を出し、
渡り廊下を激しく揺さぶるかのように、ドスドスと走ってくる。
「誰だろう、あの追いかけてくる人たち。怖い雰囲気だな。
まさか……反粛連?」
次郎は、追ってくる男子学生たちを見て、感想を漏らす。
「制服を律儀に着こなしてますし、反粛連ではなさそうです」
級長が指摘をする。
反粛連の学生は、制服を嫌っているため、派手な私服を着ている。
だが、追ってくる男子学生たちは、制服をしっかり着こなしており、
頭髪も少し長いが、派手ではない。
地味かつ規律ただしい。
「あ、あれは……元粛正委員の!
いったい何をしているの!
止まりなさい!」
桐乃が声をあげ、逃げてきた男子学生をかばうように守る。
追ってきた男子学生たちは足を止めた。
「……桐乃か。ということは、お前たちは粛正委員だな」
「そうだよ。
どうしてこの男子学生を追いかけていた?
説明してほしい」
桐乃は、冷静な声で、男子学生たち(元粛正委員)に説明を求める。
「そいつは、推薦図書放火事件の犯人の疑いがあった。
捕まえて、粛正委員会に引き渡そうとしていた。
俺たちは、今は辞めたとはいえ、元粛正委員だ。
怪しい奴は、粛正委員会に通報する。当然の行いだ」
「……協力は感謝する。
でも、通報するだけなら、何も追いかける必要はないと思う。
捕まえるなんていうのは行き過ぎだ、
あなたたちは、危害を加えようとしたのではあるまいな?」
「そんなまさか。
通報しようとしたら逃げて抵抗するので、
おとなしくしてもらおうと思っていただけだ」
「通報だけにしてもらいたい。余計なことはしないでほしい。
逃げたら『逃げました』とだけ伝えてもいい。
追いかける必要性はない。
とにかく、ここは私たちに任せて、お引き取りいただきたい。
この学校では、粛正委員会以外が、捜査も取調べも罰も行ってはいけない。
それだけは何度も言わせてもらう」
桐乃は、厳しい口調で、元粛正委員たちを注意する。
元粛正委員たちは、プライドを傷つけられたのか、
眉間にしわを寄せて不愉快そうな顔をしている。
「みんな、粛正委員会室に戻ろう。
あなたも、一緒に来て」
桐乃は、逃げてきた男子学生も一緒に来るよう指示した。
男子学生は無言で立ち上がり、そのまま桐乃たちのあとをついていく。
取り残された元粛正委員たちは、不機嫌そうに、その姿を見送るのだった。
5.
「助けてくださってありがとうございます。
僕は……狭間作助といいます。
……推薦図書放火事件を実行した犯人でもあります」
粛正委員会室では、桐乃たちによる、取り調べが始まっていた。
直接の取り調べは桐乃が行い、作助の供述を引き出そうとする。
織枝は書記という役割で、供述を記録していく。
級長や次郎は、その場で状況を見守っている。
「狭間作助君。自首してきたとおりの紹介だね。
まあ、座って。
とりあえず、あの人たちに追いかけられた理由はわかる?」
「あの人たち……ああ、元粛正委員会の人たちですね。
怖かったです。
『推薦図書放火事件の犯人だな。ちょっと来い』と言われ、
怖くなったので逃げてしまったんです。
そしたら、追いかけられて……」
「なるほどね。……ところで。
あなたたち、反粛連とはかかわりないの?」
「は、反粛連!? それは……。
反粛正委員会連合のことですか。
僕は、その人たちのことはあまりよく知りません。
でも……」
「でも?」
「僕たちは、ある人に指南されました。
推薦図書のこと。
放火のやり方。
犯行後の逃げ方、隠れ方。
そして自首することについて。
詳しく指南してきた人はいました」
「!」
粛正委員会室は、騒然となった。
図書室を襲い、推薦図書だけを見つけて、放火し、痕跡すら無くす。
手際がよすぎる。
普通の学生では到底できないことと思われた。
ごく普通の学生に見える「狭間作助」と他数名による犯行は、
やはり、指南役の人間がいたのだった。
「指南役の人間は誰だ?」
桐乃はストレートに訊く。
「……わかりません」
「わかりません? どういうことだ」
「名前を教えてくれなかったのです。
同じ年くらいの男子だということはわかるのですが……。
僕たちに指南したときは、ずっと仮面をかぶってて、
名前も明かしてくれませんでした」
「わかった。その指南役とはどういう経緯で知り合った?」
「はい。
神村新吉君が停学になった件で、
友人である僕たちが落ち込んで、
粛正委員会に対して憤っていると、
指南役の男子学生が声をかけてきたんです」
「仮面をかぶったままで?」
「いいえ。正確には……校内SNSです」
「校内SNS……!
なるほど、ダイレクトメッセージでも送ったのかね」
「そうです」
「SNSのダイレクトメッセージには、学生名が残るはず。
校内SNSは、匿名ではできないのにね」
「それが……どういう仕組みかわからないのですが、
そのダイレクトメッセージには学生名は表示されていませんでした。
ただ『指南役』としか出ておらず。
この携帯端末を見てください」
作助は、自身の携帯端末を見せた。
携帯端末の校内SNS用アプリのダイレクトメッセージを開く。
「学生名:X
神村新吉君の停学は残念だ。
粛正委員会の処罰はやりすぎだ、憤りをおぼえる。
友達思いの作助君。
復讐をしないか。あの腐れ切った粛正委員会に……」
学生名は「X」とだけしか表示されていない。
どういう仕組みで「X」とだけつけたのか不明だが、
今はそこを気にしている場合ではなかった。
だが、ダイレクトメッセージの文面を見る限り、
すでに「反粛連」の匂いがプンプンする。
桐乃はその匂いを感じ取った。
「このXとかいう指南役……。
男子学生ということ以外には、本当にわからないんだね?」
「身長は……僕より高いですね。170cm台かな。
やせても太ってもいない、普通の体形でした。
髪は金髪に染めていたような気がします」
「金髪……ますます怪しいね。
反粛正委員会連合には、その手の髪の色はゴロゴロいるから。
ところで、そのXとかいう奴から、何かもらったりしなかった?」
「火付用のライターを……もらいました。
でもそこらへんの店で売ってる平凡なライターですね」
作助は、ポケットから、ライターを取り出した。
「そのライターは、証拠物として押収します。
次郎君、これは保管しといて」
桐乃は、ライターを次郎に手渡した。
次郎は「はい」と受け取る。
「あの……。
僕以外にも自首してきた人たちが心配です。
僕と同じように、追いかけられていないかと思うと」
「他に自首してきた人たちのことは心配しないで。
粛正委員会メンバーが保護しているから。
安心しなさい。
とにかく、放火事件に指南役がいることはわかった。
指南役のことは別の日に探すことにしましょう。
さて、あなたたち実行犯の処遇だけど」
「……」
「まず、神村新吉君の停学については、
以前の粛正委員会がやりすぎた面もあったと考えている。
特定の作家の本を、無理やり貸出禁止にし、廃棄したことは、謝罪したい。
でも、だからといって、ネット上に不正アップロードしていいわけではない。
そこについては、神村君にある程度の罰が必要だった。
それだけはわかってほしい」
桐乃は、作助に、諭すように語りかける。
作助は、下を向いたまま無言だ。
桐乃は話を続ける。
「狭間作助君たちの罰については、これから決める。
理由はどうあれ、図書室の本を燃やしたことは、犯罪だし、
粛正の理由になる。なんらかの罰は受けてもらう」
「……停学、ですか?」
作助は、息が詰まったかのように、調子の悪そうな顔でつぶやく。
「停学かどうかは、まだ決まっていない。
どういう罰が適当か、これから決める」
取り調べは以上で終了した。
わかったことは、
・神村新吉の友人である、狭間作助他数名が実行犯だったこと。
・作助たちを実行に導いた、「反粛連」らしき指南役がいたこと。
・作助たちの罰を決めなければならないこと。
だった。
指南役が反粛連の疑いが高い為、
今後の捜査は、反粛連の周辺を探し回ることになった。
だが、それより前に決めることがあった。
作助たちへの処罰のやり方である。
以前なら、粛正委員会は停学にしていた。
だが、新しい粛正委員会になって、その方針を変更しようとしていた。
本来の「粛正」の意味とは、人を正すことである。
しかし、以前の粛正委員会は、とにかく学生を停学にしまくっていた。
(軽微な違反行為程度なら、粛正記録付与や校内通貨罰金で済ませていたが、
暴力事件や巨大不正になると、停学・退学だった)
以前の粛正委員会は、停学を乱発することで、罰している気持ちになっていた。
だが、停学になる学生は、再犯を重ねるケースも多々あった。
結局、何も更生されなかったのである。
「粛正委員会は規律に厳しいだけで、学生を更生する気が無い」
学生たちからはそういった非難の声があった。
規律に厳しいだけの粛正委員会は、
無理やり禁止事項をつくって、学生の反感を買っては、
その反感を取り締まろうとして、さらに厳しい罰を下す。
厳しい罰に、さらに学生は反感をおぼえる。
こうして負のループが繰り返されていた。
同じことを繰り返すわけにはいかない。
牛木日生会長を筆頭に、粛正委員会は、「罰則改革」に取り組むことになった。
6.
作助を帰したあと、桐乃は、級長に頼み事をしていた。
「級長。恥ずかしい話で悪いが、
作助たちへの罰をどうするか、考えてくれないか。
私が考えると、どうしても厳しいものになってしまう」
桐乃は申し訳なさそうに、級長にお願いをする。
「わかっていますよ。
さて、どうしましょうかね。
次郎さん、織枝さん」
「そうだなぁ。
停学とか退学とか、そんなことしても更生しないし。
更生するような方法を考えなきゃだな」
「燃やされた推薦図書ってどんな本なのかな?」
織枝が素朴な疑問を発する。
いったい推薦図書を気にして何がしたいのか?
次郎は不思議に思い、織枝に尋ねた。
「推薦図書? そんなの気にしてどうするんだ?」
「読ませてあげればいいんじゃないかな。
燃やされた推薦図書の内容を……。
それで何かに気づかせるの」
次郎は「うげっ」と一言発した。
本をあまり読まない次郎にとっては、
停学以上にキツい処罰であった。
「織枝……すごいな、それは。
俺がその刑を受けたら死ぬかもしれない」
「えー。
……いいアイデアだと思うけどな。
級長、どう思う?」
「自らが燃やした本の内容を読ませる……。
やり方としてはアリでしょう。
それで更生するかは正直わかりません。
でも、停学だの暴力だので相手に罰を与えるよりは
いくつもマシと考えます」
級長は賛成のようだった。
「読ませるだけでは罰にならないから、
感想文も書かせるようにしましょう。ね?」
織枝は嬉々として話した。
次郎は「やめてくれよ……」と言いたそうな青い顔で、織枝を見るのだった。
「次郎、どうしたの?
次郎が罰を受けるわけじゃないのに、
なんかすごく嫌そうな顔……」
「刑罰が読書感想文……最悪のコンボだ。
停学のほうがマシだ……」
「織枝さん。
燃やされた推薦図書の本を、
ふたりで買って一緒に読みましょう。
刑罰を受けさせるためには、まず私たちから、
その本を理解する必要があります」
級長は、次郎抜きで話を進めることにした。
「うん。そうしよう。
次郎……じゃあ、私たちだけで刑罰のことはやるから。
人手が足りなかったら呼ぶね」
「そ、そんなことしなくていいから……。勘弁してくれ」
「次郎。読書は人生を豊かにするんだよ。
お父さんも言ってた」
織枝は目をキラキラさせてアピールする。
「俺は……俺は停学がいいです」
絶望的な気分になり、意気消沈した次郎は、なぜか敬語になるのであった。
7.
そして読書感想文の刑罰は実行された。
校内SNSでその処罰内容が公表されると、学生からさまざまな反応があった。
「停学じゃないのか(震え)」
「さらなる地獄」
「やめてくれよ……」
「粛正委員会は変わったんだな」
「放火したのに読書感想文程度で済ますの」
「読書感想文で罰とか子供か」
「今の粛正委員会はやばい、いろいろな意味で」
「更生するならOK」
賛否さまざま相次いだが、良かれ悪しかれ、校内では大きな話題になってしまった。
燃やされた推薦図書の内容は、
たしかに、規律・モラル・マナーに偏った内容ではあったが、
事前に級長や織枝が行った推薦図書のレビューがうまくその内容を中和させ、
読書感想文としては書きやすいものになったという。
これで更生がはかどるかは、誰にもわからないが、
停学・退学という乱暴な罰を止めた結果、
粛正委員会の新たな一歩がスタートするのだった。
続く
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