陣営03:アイゼンクロイツ・メガフリート
海原に敵影はなく、一見平穏そうに見える周囲には、しかして目を凝らす限りにおいて、戦火のあとは否応なく燻り続ける。
「司令、残敵の掃討を完了しました」
ブリッジの扉を叩き入室する少女が、敬礼と共に告げる。セーラー服にスカートという至って平凡な姿から発せられる言葉は、その装いとは真逆の剣呑さを漂わせていた。
「ご苦労。みんなは無事か?」
司令と呼ばれた白い軍服の男は、リストに目を落としながら返す。端正というほどでは無いが、それなりに整った顔立ち。いかにも軍人という剛健と無特徴を身に纏う彼の労いに、少女はようやっとほっこりした笑みをこぼす。
「はい。雪風も榛名も、名取ちゃんもみんな無事です!」
彼女たち、軍艦の名を冠した少女らは、文字通り実在する軍艦をモチーフに誕生したソシャゲの亡骸である。
――アイゼンクロイツ・メガフリート。
いっときのミリタリーブームに乗るように、アニメ会社の肝いりで始まったオリジナル企画ではあったが、肝心の原作がコケた手前、ソーシャルゲームも当然の如く頓挫。いってみれば大本営が降伏した後に転戦を続けていた彼女らの旅は、ソシャゲのサービス終了によって終焉を迎えた。
「それは良かった。みんなをドッグに収容次第、十分に休養を取るよう伝えてくれ。哨戒は控えのメンバーに任せる」
司令もまたほっと息をつき、リストを机に投げると椅子を回し、そして海原に目を向ける。先刻まで砲火が交わっていた大海は、今ではそれが嘘かのように静まり返っている。――とどのつまり、敵軍は壊滅したのだ。自らの指揮する軍の、年端も行かぬ少女らの手によって。
「はい、わかりました」
緊張がいっときに解けたのは、くだけた様子で少女は応える。そして司令の側にとてとてと歩くと、椅子に座る司令の視線に合わせるように、覗き込んだ。
「――綾波、俺は後悔していないぞ。お前たちともう一度生きる為なら、他の何を踏みしだいても、前へ進む」
司令の言葉には苦渋が滲み出ており、綾波と呼ばれた少女も分かっているとばかりに頷く。
「はい。私も後悔はしません。司令と一緒の日々を、また送れるのなら、私は、たとえこの両手が血に染まっても、それでも」
銀髪を揺らめかせ、綾波も決意を込めて返す。色白の幼い顔立ちも、この時ばかりは大人びて見える。
「ありがとう。俺は、誰かを殺しても、お前たちの誰一人として死なせたくない。不出来な指揮官だが、力を貸してくれ。綾波」
震える手で綾波の手を握りしめる司令。静かな空気が辺りを支配する中、しかして平穏をかき消すように警報が鳴る。大切そうにその手を握り返した綾波は、すうと大きく息を吸うと、次には兵士の面持ちとなって手を離した。
「綾波――、出ます。司令、私が帰ってきたら、今の続きを」
そう告げてブリッジを出る綾波の背中を、司令は敬礼で見送った。アイゼンクロイツ・メガフリート。彼らもまた、自らの意志でこのゲームで生き残る道を選んだのだった。
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