陣営05:魔法少女エクス☆マキナ

 交錯する砲火、響き渡る悲鳴。しかしこのデスゲームに参じた総員が、戦う覚悟と、その術を有していた訳ではない。開戦の火蓋が切って落とされるや、ほうぼうの体で洞穴へ逃げ込んだ一団が、まさにそれであった。


 ――チェネレントラ・イドゥーチェ。

 シンデレラチェネレントラ指揮者ドゥーチェと冠された、アイドル育成ゲーム。いっときは国民的ソーシャルゲームの一角に名を連ねたものの、アニメの不調、後続の同系ソシャゲに押される形でしめやかにその歴史に幕を下ろした。


 舞台の出来や観客の応援で戦うアイドルグループに、銃火入り乱れる戦場で戦う術はなく、当然の如く彼女らは、きらびやかな衣装のまま逃げ惑うしかなかった。物語を終わらせたくないという意志こそあれど、それは殺戮の覚悟とは別物だった。


「ハァハァ……みんな、大丈夫?」


 そう周囲を見渡すのは、アイドルグループ「AMNoonあむぬーん」のリーダー、十六夜いざよいルナだ。すらりとした長身に、透き通る清らかな声。もしイドゥーチェの世界ソシャゲに生まれていなければ、もっと末永く生きていられたであろう才女だ。


「大丈夫です……でも……マキナさんが……」


 しかして、最後に逃げ込んできた二人が、悲壮な面持ちで告げる。彼女たちに支えられるのは、ほんの数分前まで自分たちを守ってくれた。別のソシャゲのキャラクターである。


「マキナさんっ!」


 ルナの端正な顔立ちが苦渋に歪む。彼女は自らのパレード衣装が汚れるのも構わずに、マキナと呼ばれた少女を抱きしめる。


「だ、大丈夫ですかっ?」


 マキナと呼ばれた少女。絵楠えくすマキナは、しかしてその力のほとんどを使い果たし、今際の際を彷徨っていた。ファンシーな衣装は焼け焦げ、口元からは掠れた吐息が漏れるのみである。


 ――魔法少女エクス・マキナ。

 俗に言う魔法少女モノ。その人気はオタク文化を代表すると評して過言ではなく、「マキナ完売!」は大型イベントの代名詞とも言えるほど、界隈に定着していた。だが時代の流れにはついて行けず、巻き返しの為に立ち上げたソーシャルゲームも、思ったように振るわないまま、サービスの終焉に至ってしまった。


「……わ、私は大丈夫です……みなさんは……無事ですか?」


 ゴホゴホという咳のあと、ようやっと言葉を絞り出すマキナ。ツインテールの片方は焼け落ち、ピンク色の髪には所々くすぶった跡がある。


「はい……マキナさんが守ってくださいましたから……そ、それよりも早く手当を!」


 言いながらも、ルナは必死に救命措置を施す。今やアイドルは何でもできて当たり前。それはルナとても例外ではなかった。


「いいんです、ルナさん……私はもう、保ちませんから……私よりも、これを……」


 涙目のルナを他所に、マキナは折れたステッキを胸元から取り出す。先刻まで魔法を放っていた少女の杖は、無残にひしゃげて見る影もない。


「こ、これは……」


 事態を飲み込めないルナを、諭すようにマキナは告げる。


「今から皆さんに、私の魔法少女としての力を託します……人々の希望を……想いを……力に変える……魔法。どうかこれで……この世界を……救って……」


 瞬時、光に包まれる洞穴内。マキナ以外の全員が呆然とする中、光はそれぞれの体に入り込み、AMNoonのパレード衣装は、それぞれが魔法少女の意匠を反映したデザインに変容する。


「まってください……マキナさん、どうして? どうしてこんな……あなた一人なら逃げることが出来たはず……私たちに関わらなければ……」


 マキナの手を握るルナ。だが光の粒子に変わり行くマキナの体は、ルナの手をすり抜けて消えていく。そして消えていく最中、マキナは精一杯の力を振り絞って言葉を紡ぐのだった。


「ルナさん……これで、いいんです。私たち魔法少女は、誰かの願いなしには、戦えない存在だから……」


 その言葉を最後に、マキナの体は完全に世界から消滅した。残されたのはルナを中心としたAMNoonの、生存者僅か三名。




「ルナ……絵莉えりたちはこれからどうすればいいの……? みんなも、マキナさんもいなくなっちゃって……こんな、こんなの……」


 嗚咽を必死に堪えるのは、メンバーの一人、絵莉。元は十二人いたAMNoonも、戦争開始時の砲撃で過半数が吹き飛び、残りも逃走の最中じりじりと命を落としていった。あの時マキナが乱入し、降り注ぐ爆撃から身を挺して守ってくれなければ、ルナたちもここにはいれなかったろう。


「気を落とさないで、絵莉。散っていった仲間たち、それにマキナさんの想いを無駄にはできない。アイドルだって、みんなの願いを歌に込めて戦うんだ……やらなきゃ、私たちが。できる、できるよ、きっと」


 赤い長髪をかきあげ、決意を秘めた眼差しでルナが言う。その言葉に絵莉も、残されたもう一人も、頷く。


「わたくしも覚悟はできております……ルナさん、絵莉さん、やりましょう。わたくしたちはチェネレントラシンデレラなのですから、魔法なんて、朝飯前ですわ」


 眼鏡をくいとさせ、震える声で答える最後の一人。雪月せつげつ花。恐れに必死に抗いながら二人を見つめる彼女にも、また決意の炎は灯っていた。


「ありがとうみんな……AMNoonあむぬーん、ラストステージまで、十二時の鐘が鳴り終えるまで、走り抜けよう、運命の階段を!!」


 その時、洞穴に少女たちの気勢が響いた。アイドルグループ改め、魔法少女アイドルユニット。AMNoonあむぬーんの再始動である。

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