陣営04:サイバネティック・リゼロ

「まったく物騒なものです。我々は闘争を他の何かに置き換える事で、文明という啓蒙を得たのではなかったのでしょうか?」


 各地で交わされる激戦の光景を眼下に、崖上で呟くのはスーツ姿の男だった。紫をベースにした出で立ちは、剣と魔法、銃と機械が交錯するこの世界にあっては、際立って異質だ。


「否、人間の本質は闘争そのものだよCEOセオ。だからこそ我々もまた、こうして否応ない戦禍に巻き込まれている。ソーシャルゲームとて、その呪縛とは縁を断ち切れなかったハズだが」


 そう告げて現れるのは、白衣姿の男。ガスマスクをつけた男の顔は知る由もないが、くぐもった声はスピーカーから発せられるのか、存外にはっきりと聞こえる。


教授プロフェゾーレ。しかして我らは、アレほど直接的なやり合いではありますまい。もはや蛮行の類だ。兵器を持ち出し、砲火を交え、剣と魔法で敵陣を蹂躙するなど」


 そうセオと呼ばれた男は、シャツの首元を正すと、銀縁の眼鏡をくいと上げて答える。長身で背筋を伸ばしたセオの佇まいは、猫背のプロフェゾーレとは対照的だった。


「郷に入っては郷に従えだ。事実我々も、カードという媒介こそ異なるが、クリーチャーを生み機械を繰り、すでに数多の物語を灰燼に帰さしめた後ではないか」


 パチリと指を鳴らすプロフェゾーレ。すると彼の肩には、禍々しい姿のインプが姿を現す。


「まあ、ええ、確かに。私たちは彼らと違い、デッキというカードを用いる。その点一見した無防備の割に、こうした重火力を携行できる訳ではありますが」


 同じく指を鳴らすCEOセオ。今度はにわかに地面がせり上がるや、彼らの体は巨大な機動兵器の上に立っていた。


「――ファイアウォール・フリゲートVE-00。まさか敵対していた君らヴォイド・テクニカと、我らDCディヴィティーコスモスが手を組む事になるとはね」


 感慨深げに頷くプロフェゾーレだが、相変わらずガスマスクのせいで表情は見えない。だがこの二人の関係性とは、彼の一言が示すように、かつてはゲーム内で敵対する企業同士であった。


 ――サイバネティック・リゼロ。

 リアルのカードゲームとオンラインを繋ぐ画期的な枠組みは、ソーシャルゲームの中でも先進的な試みだった。QRコードを読み込む事で、実際に購入したカードがゲーム内で使用できる。だがそんな着想も、売上の低迷からリリース一年を待たず終焉を迎える。


「ああ、そうでしたね。しかし大本のゲームが消えた以上、いまさら敵対も何もありますまい。世界が滅ぶというのに、せせこましい企業間の争いなど。まったくもってナンセンスです」


 肩をすくめるCEOに、プロフェゾーレも笑って答える。


「そのとおりだ。僕もまた研究と、その実践さえできれば大いに結構。どうするかねCEO、もし世界を奪い返せたのなら、ヴォイドDCとでも屋号を改め、君に経営を一任しようか?」


 クククと愉快げに肩を揺らすプロフェゾーレ。面倒な外回りに興味のない根っからの研究者である彼にとって、今や企業間の争いどころか、世界の行末すら些事であるかの如くだ。


「ははは。それもいいかも知れません。あの運営よりは、私のほうが利口にゲームを経営できるでしょう。今度は、今度こそは場外の邪魔で終わらせはしませんよ」


 キッと険しい目つきになったかと思うと、CEOは浮かぶモニターに示された座標を見やる。


「しかして、我々はあくまでも平和を望む文明人。戦争は戦争屋にまかせて、ひとまずはラボに戻るとしましょう。ヴォイド・テクニカとDCディヴィティーコスモス、両者の技術の、間の子の誕生も見届けねばなりますまい」


 暗闇に紛れ、ゆっくりと移動を開始する両企業の代表は、やがて帳に混じって消えていった。そう、決して戦いを生業とするのでないソーシャルゲームも、この舞台の壇上に、演者として立っていたのだった。

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