陣営02:ガン・ブラッド・リベリオン

 硝煙の臭いが辺りに立ち込め、そこかしこから怨嗟めいた呻き声が聞こえる。周囲に散らばる四散した肉片の群れは、身につけた装飾品の残滓によって、かろうじて元が人であったを示すに過ぎない。


閣下マーシャ、任務を完了しました」


 レンガ造りの建物――、もっとも、屋根も窓も吹き飛ばされた家屋の残骸の、もはや雨除けにすらならない室内の真ん中に、一卓だけ置かれた机の前で、軍服姿の女性が敬礼する。


「ご苦労、よくやったと言祝ことほぐべきか。余りに自明と称賛を自制すべきか」


 すると、机の後ろの影が、椅子をくるりと回し女性と向き合う。余りに小柄なその影は、動くまで人である事を気づかせもしなかった。


「はっ。我々は赤子ではありません。たかだか立って歩いた程度で、お褒めの言葉を賜わろうとは、微塵も」


 その返事を善しとしたのか、影は立ち上がり敬礼を返す。光の中に顔を顕わにする影の正体は、軍帽を被る、年端も行かぬ少女だった。しかし少女は、爛々とした狂気を灼眼に宿しながら、淡々と言葉を紡ぐ。


「条理だ。我らが、戦争のプロが、学生服を纏いスカートをはためかせ、おもちゃ紛いの銃を手にするアマチュア共に遅れを取るものか。連中は侮辱した。我らの戦場を、我らの挟持を」


 軍帽を目深に被る少女は、肩に羽織った男性用の外套を、マントのように風に揺らし、屋外へと歩を進める。


「確かに在りし日、我らは敗北した。戦争の美学を理解しない運命と運営と、それを見放した人民ユーザー共によって。だが、だが今この時、与えられた戦場は違う」


 少女は短い手を目一杯広げ戦場だった場所を睥睨する。炎に包まれ、血と肉の焼ける臭いに満ち満ちたそこは、地獄と呼ぶに相応しい光景だった。


「力こそが正義だ。美貌も、媚び諂いも、戦争とは無縁の、男どもの視線だけを注視した馬鹿げた服装も、全てが無価値だ。見るがいい。この肉片に変わり果てた女どもを。そうあれかし、これこそが戦争だ、我らの故郷だ、希った日常だ」


 感極まる歓喜を瞳に湛え、愉悦の笑みを浮かべながら少女は嗤う。マーシャ――、ただ閣下とだけ呼ばれる少女もまた、或るソシャゲの主役を担っていた人物キャラクターだった。


 ――ガン・ブラッド・リベリオン。

 極東の小国を舞台とした本格的軍事SLGは、その硬派さから始まりこそ注目を集めたが、余りに硬派すぎた為か、或いはソーシャルゲーム特有の、終わりの無い物語が飽きられた為か、稼働から二年を待たずに終焉を迎えてしまった。マーシャ、この狂乱たる軍隊を率いる少女は、終わりゆく戦場を眼下に、それでもなお諦めきれぬと歯噛みした記憶を思い返す。


「終わらぬ。まだ終わらぬ。戦争を、次の次の戦争を。終わらぬ日々を、絶え間ない銃火の叫びを。無限に永劫に、我らの魂が地獄の底に叩き落とされるまで――、否、叩き落とされた後も徹頭徹尾、ただ闘争を」


 一つの戦争イベントが終われば、また次の戦争イベントが始まる。終わりの無い戦争の連鎖は、まさに戦争狂の彼女にとっては、紛うことなき最上の楽園だった。だが、それが、あの無理解な連中のせいで、電子の海の藻屑と消えるとは。


「許すまいよ、サナカン・メイラム。我が軍を招集し、この世界まるごとを火の海に沈めよう。最後に神が立ちふさがるというのなら、それすらも討ち果たそう」


 ひとしきりの演説を終えたマーシャは、くるりと振り向くと、部下――、サナカンと呼ばれた女性士官に告げる。


「はっ、ご命令のままに。すでに三隊に分けた斥候部隊が、次なる標的を求め進軍を開始しました。我らの障害、一切を蹂躙し、勝利の旗を、血塗られし凱歌を、そこかしこに打ち立ててご覧にいれましょう」


 それを見て二度善しと頷くマーシャが、もう一度戦場に向き直るのと同じ頃合いだった。戦車の無限軌道が唸りを上げ、小銃を構えた軍人たちが駆け出し、空を黒鉄の戦艦が覆ったのは。


「かくあれかし。灰は灰に、塵は塵に、土は土に。全ては我がミレニアの旗の元、我らが放つ銃弾と雷火によって」


 こうしてまた一つ、朽ちたソシャゲの一団が、ロストロア戦争に名乗りを上げる。全てが去り残された跡には、希望が根こそぎ奪われ果てた赤い大地だけが、ただ黒煙を上げていた。

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