前略、草々
前略
お手紙、どうもありがとう。毎年言っていることですが、君の厄介な癖字はちっとも直る気配がありませんね。それに、これも毎度のことですが本当に文が長い。そのお陰で読むのに時間がかかって君を長く感じていられるので、それはそれで良いのですが。
君が私に思ったことをひたすら書き綴った手紙をくれるので、私も、君の手紙を読んで考えた由無し事をそのまま書いてみようと思います。
ねぇ、夏に私たちを色濃く蝕む「生」は、ひょっとすると断末魔なのかもしれませんよ。少ししたら秋が来て、もう終わってゆくことしか出来ないと知っているからこその──死の影に蝕まれた、断末魔。ほら、影があった方が光が眩しく見えるでしょう?
だから、夏が来て君が死にたいと零す限り、私は安心して此処に居られるのです。君は素敵ないくじなしだから、その屋上の縁から勢いのままに半歩踏み出すことは出来ないよね。そんな君だから、安心して置いて逝けたのです──そんな君にだから、最期の言葉を遺せたのです。……ちょっと君に悪いことしたな、とは思ってるけれど。
まあ、君の言う希死念慮って、何か別の感情なんじゃないかと私は思ってるんですけどね──あの込み上げるようなかんじとか、内側から爆ぜてしまいそうなかんじとか、胸の痛みとか、何かに似てるじゃないですか。思うに君は、それと、希死念慮とを履き違えてしまったんじゃないか、って。きっと多少の希死念慮は持っていたんでしょうが、君のはたぶん、全部が全部それって訳じゃないですよね。恐らく、大方──「恋慕」と名の付くアレじゃないですか?
君が死にたがりな夏を過ごす限り、君が生きていてくれるのを私は知っています。まあ、これは、君の言葉を借りると、私の酷いエゴに他ならないのですがね。
でも、君より少しだけ度胸のある私は、こんな言葉で君を其処に縛って、生で呪おうと思います。
どうか、私を忘れないで。
私も、君のことが大好きだった。
──ね? 私に「忘れないで」なんて言われてしまったら、優しい君は死ねないでしょう。随分在り来りで陳腐な呪いです。それに、やっぱり私のエゴで、私の我儘です──君に会うのは夏が良いという、ただそれだけの。私自身がこうして其処に居ない以上、私にとっても君にとっても、生が必ずしも幸せだなんて妄言は今更吐けないけれど。それでもひとつ言えるのは、此処には吐き気を催すような生も、胸を突く死も、在りはしないのです。希死念慮と恋慕を混同してしまった君は此方に来たって幸せにはなれないって、私は思いますよ。
それにね、君は臆病だから私のことを色々考えてくれるけれど──エゴの押し付け合いって、君が思っているより簡単に行われていると思うんです。分かりやすいのは恋愛ですね。長くなればなるほどその性質は薄れるでしょうが、初めの頃はそれこそ「相手にこうあって欲しい」という像の押し付け合いが、無意識のうちにあるものでしょう。恋愛は偶像崇拝だって、誰かが言ってた気がしますし。──本当に、初めの頃だけだと思いますがね。
それから、あと一つ。これは死人の戯言だから、読み飛ばしてくれても構いません──って言っても、君は隅から隅まで読んでくれるのだろうけど。
遠い昔、君はもう覚えてないかな──君と、死の話をしたことがありました。
その時君は、言ったんです。
「思春期なら皆誰もが経験する、底無しの深淵を覗き込むような、或いは、実体を持たない黒い怪物に飲み込まれてそのまま消えてしまうような、そんな恐怖を僕は感じたことがない」
って。
その時の私は確か、ふうん、なんて適当な相槌を打ったと思うのですが──本当は、私もそうだったのです。
あの時の私たちにとって、死は、ただの約束された結末であり。
──それ以上でもそれ以下でもない。
ただそれだけのもの、だったのでしょう。
……今となっては私たちにとって、何よりも身近なものになってしまったけれど。
そんなだったから、私はたったあれだけの理由で此処に来てしまったのでしょうね。あれ以上あの場所に留まるのが嫌だったのは確かだけれど、君の隣に居られなくなってまで去りたい場所だったのかと聞かれると、今となってはちょっと怪しいです。
そして、そんな話をした時の君の顔を見て──ああ、君は最早、私と同類じゃないんだな、って。そう思いました。
少し寂しいような、置いていかれたような。君が知ったものを、知りたいような。そんな気はしましたが、ただ漠然と、これなら君を置いて往っても大丈夫だ、と考えていました。──その時は、エゴだ何だって、そんなこと考えちゃいません。ただ単に、君まで私に巻き込まれることはないっていう、それだけの考えです。……やっぱり、君には悪いことをしましたね。
別に、どっちが正しいとか言うつもりはありません。君があれだけ分からないと言ったものをいとも簡単に知ってしまうほど君にとって大きな存在になれたことは嬉しいけれど、でも、それが君を其処に縛っているのも確かで。さっきあんなことを書いたけれど、君が其処に留まり続けることが幸せかどうかなんて正直分かりはしません。最初から最期まで、否、今でも、全ては私の我儘でしかないのです。そして、恋慕と希死念慮を混同した素敵ないくじなしの君に、甘えているのです。
ああそう、さっきの話に少し交えて少し考えたのですが──こんなことを言うべきではないのでしょうが、生がデフォルトだなんて誰が決めたのかという話ですよね。だって生き物ですよ、食物連鎖に組み込まれた生物ですよ。死して循環して、というのもまた義務として存在する以上、この星の規模で見てしまえば案外両者に差異などあまりないとも言えます。……あんまり綺麗な話ではないけれど。
ただ、選び直しが利かないから、無闇矢鱈と事を急ぐものではない──なんて、そんな単純な話に落ち着くのかもしれないと、最近は思っています。
……君にあんなことを言ったのに、君よりも随分長い文章を書いてしまいました。それに、随分と纏まらない文章です。──まぁ、君なら笑って許してくれると知っているので、特にこれ以上言い訳も弁明もしません。ごめんね。
盆が近付いたら、ちゃんと正規の位置に胡瓜の馬と茄子の牛を供えてくださいね。せめてもの罪滅ぼしと私の娯楽の為に、積もる話や積もらない話を沢山聞かせてください。
では、またお盆に。
草々
木染維月の短編置き場 木染維月 @tomoneko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。木染維月の短編置き場の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます