拝啓、敬具
拝啓
大暑の候、如何お過ごしでしょうか。
今年もまた、大嫌いなこの季節がやってきてしまいました。抜けるような蒼、眩しい入道雲、厭に生命力に溢れた緑と残りの命を謳歌する蝉たちの唄。そのどれもが、気の抜ける温度の希死念慮になって喉元まで込み上げるから、夏なんてのはやっぱりロクな季節じゃないって思います──貴方は好きだと言ったけれど。そして、それらが冬の墓地で擦ったマッチみたいな陽炎に揺らぐから、きっと貴方はあの空に溶けてしまったのでしょう。
貴方に逢いたいと思う癖に、貴方がまだ此処に居ると信じ込んでしまっている為に、今日もまた浅い呼吸を繰り返しています。きっと貴方に必要だったのは、こんなうっすらとした希死念慮で同意を唱える、僕みたいな奴ではなかったのでしょう。貴方の隣には、何を見て何を知ってしまってもただ盲信的に生を望み続けられる、そんな奴が必要でした。貴方に嫌がられようとも、それを振り切ってただ生きてくれと叫べる、そんな奴が──いえ、それともこれは、自分だって死にたい癖に貴方に生きて欲しかった僕の、酷いエゴなのかもしれません。一体僕のどこに、生があんなにも息苦しかった貴方を止める権利がありましょうか。僕の隣に居て欲しかったとか、そんな理由だとしても、それなら僕が死にたいのはおかしなことです。
或いは僕もあの時貴方と一緒に消えてしまえていたら、良かったのでしょう。貴方を強引に連れ戻せる程の「生」も、貴方と共に飛び立てる程の「死」も持ち合わせていなかった僕は、こうして夏が来る度に、貴方の遺物のふりをして、夏影に貴方を悼むふりをして、また惰性のような、貴方と共に往くことも出来なかったくらいの、そんな希死念慮を未だ抱えることに言い訳をしているのです。
盆の頃には、胡瓜の馬と茄子の牛を逆に置いて供えます。貴方が望んで去った場所に、貴方を長く留めるつもりはありません。僕も胡瓜の馬に乗れれば良いのですが、どうせ今年もそんな度胸や気力のないままぼんやりと入道雲を眺めるだけの夏が過ぎるのでしょう。
ねぇ、夏というのは、こんなにも生命力に溢れているのに──どうして死が喉元までこみ上げてくるのでしょうね。
少し長く書きすぎてしまいました。伝えたいことや、或いは言い訳なんかは尽きませんが、毎年似たようなことしか書けやしないのでこの辺りで止めておきます。
そちら側に往った貴方が、どうか此処に居た頃より幸せでありますように。
では、また来年。
敬具
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます