パンツの話をまた聞かせてよ
斉賀 朗数
パンツの話をまた聞かせてよ
パンツが大好き。っていうと、なんだかすごく変態みたいに聞こえてしまうかもしれないけれど、別に変な意味じゃない。だってパンツって毎日毎日身に付けるものだし、どうせならかわいいパンツがいいって思うのはとても自然な感情のはずなんだ。
って趣旨の話をしていて、「こないだかわいいTバック買ったんだ。Tバック今年だけで十着近くは買ったかも」っていったところを、偶然にも恋愛一方通行中の翔一さんに聞かれてしまって私は落ち込んでしまう。今まで翔一さんの前では淑やかな私を演出していたのに、いきなりTバック十着近くも買ってるパンツラバーだって勘違いされてしまったのだから。
確かにパンツラバーなのは間違ってないけど。でも私は全部のパンツが好きなわけで、Tバックだけが好きなわけじゃない。それなのにというかそれだからの方が正しいのかもしれないけれど、翔一さんは私に、「この前、また下着の話してたでしょ?」なんていってくるから、さすがに、えっ? ってなる。ちょっと普通に気持ち悪いな翔一さんってなってしまった。それにも関わらず、まだ翔一さんの事をやっぱり好きな自分がいて、それが一番気持ち悪い。だから私はまた落ち込んでしまう。当然だけど翔一さんの、「この前、また下着の話してたでしょ?」は無視した。
結局タンガとかTバックとか紐パンとかGスト……なんだったらOバックみたいなパンツが男は好きなんだ。最低だ。男なんて滅びてしまえばいいって思ったけど、やっぱり翔一さんが好きだからモヤモヤする。そのまま夜中の三時になってしまって、ウォーターサーバーが自動メンテナンスに入ってぶいぃぃぃんと唸りをあげるから余計に眠れない。だから、また色々と考えてしまう。夜中の三時にパンツと男の事を考えるなんて、ちょっと変な気がする。でも仕方ないんだ。夜中ってなんだかセンチメンタルな雰囲気になるし、好きな事について考えるにはちょうどいいから。こうやって自分を少し卑下してみたり非難してみたりしながら、最後は自分の全てを許容したり肯定したりしないと女の子はやっていけない。だから、この時間は女子力増し増し。
「翔一さんもパンツも好きなんだから、仕方ないよね」
恥ずかし気もなく、こんな事がいえる。でも小声になってしまっているのは、やっぱり気恥ずかしいからなのかな? なんて考えていたはずなのに気付いたら朝で、今日履くパンツの事を考えながら私はベッドから体を起こした。
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転職を考えた時にちょっとだけ下着メーカーで働いてみようかなって考えたけれど、好きな事を仕事にして、もし嫌いになってしまったら嫌だなと思って転職先を変えた。食品メーカーの事務は楽だけどとても退屈で、日々の生活に色を添えるのは派手な色のパンツくらいなものだ。
「どうして、給料も安いのに今のところで働いてんの?」
「んー。特にお金とか困ってないし、なにより楽っていうのがいいんだよね。毎日定時で帰れて最高だよ」
本当の事をいうと、翔一さんが私の事を変な風に勘違いしている可能性に耐えられなくなって辞めたんだ。そんなに気になるなら直接翔一さんにどう思ってるか聞けばいいのにとかいわれそうだけど、私は淑やかな女でそんなの直接聞けるわけがない。それに、もし、「パンツ好きなんでしょ? 変なやつ」とかいわれたら私は泣いてしまったかもしれない。それならいっそ、翔一さんは素敵な人だって思ったままにしときたかったから。
「でも、趣味とかないんでしょ?」
「うん、ないよ」
あの一件以来、私はパンツの収集が趣味である事を隠している。女の子にも。
「それだと毎日家で暇じゃない? コンパおいでよコンパ」
わいわいというよりだらだらと見ず知らずの男とお酒を飲んだりするくらいなら、家でお気に入りの下着を見たり履いたりしてる方が圧倒的に素敵だ。でも対人関係をわざわざ反故にするほどの趣味ではないはずだ。
「うーん……まあ一回くらいなら」
それに翔一さんの事を少しは忘れられるかもしれない。なんだかんだ会社を辞めたのにやっぱり翔一さんが好きで、なんだかストーカーみたいな私。本当に気持ち悪い。
「本当に! やったー! ちょうど人数足らなくて困ってたんだよね」
「コンパっていつあるの?」
「えっ、今日だけど? っていうか、杏って惚れ症だから、コンパでいきなり告白とかしないでよ〜」
って、なんでそんなにけろっとしてるのか分からないんだけど。まあ用事はないからいいんだけど、でも、少しは化粧とか服装とかちゃんとしたかったんだけど。まあいつもの事だから、パンツだけはちゃんとしてるけど。
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こんなに人を好きになったのは初めてかもしれない。
翔一さんは、私の事なんてなんとも思っていないと思う。だって彼は仕事人間って紙を顔にドン! と貼り付けたような人だから。私に仕事を教えてくれる時だって、全然目を合わせない。いるいる、そんな人。でも、それだけ仕事に熱心になっている翔一さんが私は好き。どうして好きになったのかといわれても、ここがこういいんだよとは説明出来ない。でも翔一さんが仕事を教えてくれる時、それがすごく丁寧で分かりやすくて、仕事が本当に好きなんだって思ったら、いつの間にか仕事熱心な姿に惹かれていて、なぜか分からないけど、心はどきどきして学生の時にも感じた事のないような好きって気持ちでいっぱいになった。あー、好き。たまに目が合ったかと思うと、さっと目を逸らしてしまう。そんな姿ですら、もう好き。今は仕事中だから翔一さんは私の相手をしてくれているんだって分かっているのに、もしかしたら、もしかしたらって、そんな風に考えて集中力が散漫になっているから私は小さなミスをしてしまう。翔一さんは、「いいよいいよ気にしないで」っていってくれるけど、そんな優しい姿が見たくてまたミスをしようかななんて考えてしまう。そんな私は気持ち悪いですか? 翔一さんにそんな事を聞けるわけがない。そうやって悶々と悩んでいた姿がミスをして落ち込んでいるように見えたのか、「気にしすぎないでいいからね。もし良かったら、仕事終わり、パーっとお酒でも飲む?」って翔一さんは誘ってくれた。
「私は、パンツがね、好きなんですよ。分かります?」
酔っ払った私は、いわないでいいような余計な事をいってしまう。酔うと気が大きくなってしまって、自分の中でグッと圧縮してた【男の人にいわないでいいような余計な事】を知らない間にジップロックから取り出してしまう。でも今までは取り出したとしても、【同僚の悪口】だったりしたのに、どうして今回はよりにもよって【パンツが大好き】って話を取り出してしまったのだろう。私のバカ。絶対気持ち悪がられるよね……ってところで、私の記憶は段々眠気に負けていった。
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「えっ、二人って知り合いなの? なにそれ、運命みたいじゃん」
そうやって囃し立ててくるのは、今日のコンパの幹事らしい……名前は忘れた誰かさんだ。私はせっかく転職までして翔一さんの事を忘れようとしていたのに。それになんでかは分からないけれど、翔一さんは今まで私には見せた事のないくらい不機嫌そうな顔をしている。当然といえば、当然なんだろう。せっかくコンパに来たのに女三人の内一人が知り合いだったら、選択肢の幅が狭まってしまうもの。
ごめんなさい翔一さん。
でも、ごめんなさい翔一さん。
直接会ってしまうとやっぱり翔一さんの事を好きって気持ちが、どんどん胸の奥で沸騰して口から溢れでてきちゃいそうで、私はもう止まれない。
やっぱり翔一さんが好き。パンツなんかより全然翔一さんの方が好き。大学を卒業してから何年も経つのに、どうしてこんなに学生の頃みたいに恋愛に走ってしまいたくなるのか分からないけれど、好きって気持ちを隠していても仕方ない。
「翔一さん、来て!」
私は席を立つと翔一さんの手を掴む。そして無理矢理立ち上がらせて、居酒屋の個室を飛び出す。翔一さんに知って欲しい。私の気持ちを。
後ろの方から、「あの子惚れ症なんだけど、ちょっと変わってて」って桃子の声が聞こえてきたけど、そんな事、気にしていられない。
「あの、翔一さん」
「なに?」
「なにか怒ってます?」
翔一さんを連れ出しものの、よく考えたら翔一さんは不機嫌な顔をしているわけだから、私が好きって気持ちを伝えたところでいい返事がもらえるとは思えない。どうして何も考えないでこんな事をしてしまうのだろう、私は。本当に気持ち悪い女だ、私。
「そりゃね」
やっぱりそうだ。コンパの最中に引っ張り出されて、その上に告白までされようとしている。こんな状況、好きでもない相手にされたら怒りもするだろう。いくら仕事の時に優しかった翔一さんとはいえ、プライベートでこんな無茶な事をしてくる元後輩にまで優しくは出来ないだろう。ごめんなさい。
「そう……ですよね。私なんかがコンパにいて、しかもコンパの最中にいきなり腕を引っ張って」
「そんな事で怒ってるんじゃない」
「えっ?」
私はもっと以前から翔一さんを怒らせていたのだろうか。仕事の時? それとも一緒に飲んだ時?
「本当に分からない? 杏さん、僕に告白しておいて連絡先も教えてくれないし喋りかけたら逃げていくし挙げ句の果てにはいきなり会社を辞めて、そういうところに僕は怒ってるんだよ。だから本当は嫌だったけど、杏さんの事を無理矢理にでも忘れる為に、僕は今日コンパに来たんだ」
翔一さんは怒るのが苦手なのか、私の顔をみないで手を小刻みに震えさせながら地面に向かって私への不満を零していった。
でも、私には意味が分からなかった。
私が翔一さんに告白?
私が、告白?
確かに喋りかけられて逃げてしまったのは覚えがあった。でもあれは翔一さんが突然パンツの話を振ってきたからで、いくらなんでもデリカシーに欠けると思ったからだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!! 確かに翔一さんに話しかけられて無視してしまった事はありましたけど、あれは、その、翔一さんがパンツの話なんて振ってくるからですよ? あんなのさすがにデリカシーに欠けてると思います。私だって女の子なんですから」
翔一さんは、いまだ不機嫌そうな表情ではあるけど、さっきよりは少し落ち着いたように見えた。というより、クエスチョンマークが浮かんでいるようなそんな表情が混ざり始めた。
「それは、悪かったよ、ごめん。でも、もともとは杏さんからパンツの話をしてきたわけだし。あの時はあんなに笑いながら話していたから大丈夫だと思ったんだ」
あの時?
私は翔一さんがいつの話をしているのか分からない。なにかがおかしい。
「あの時っていつの事ですか?」
「杏さんは忘れてしまったの? 二人で初めて飲みに行ったあの日。僕は女の子を飲みになんて誘った事はなかったから、あんなに緊張して杏さんを誘ったから、よく覚えてる。でも杏さんは覚えていないんだね」
そういうと翔一さんの表情からは、不機嫌さや怒りのようなものは全て消えて、落胆だけが残った。でも私には、翔一さんが本当になにをいっているのか分からない。
「翔一さん、待ってください。ちょっと教えて下さい。私は翔一さんと飲みに行ったり、その告白をしたり、したんですか? 本当に、私が?」
「本当におぼえてないの、杏さん?」
翔一さんと私は、ここでやっと目を合わせて、お互いが嘘をいっていないんだって事を認識した。私の記憶か、翔一さんの記憶がなにかおかしいと、ここで、やっと気付いた。
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お酒を飲んだ勢いでパンツの話をしてしまったからなのか、翔一さんとグッと距離が縮まったような気がする。私は以前までは森野さんと呼ばれていたのに、一緒に飲みに行った次の日には杏さんと呼ばれるようになっていた。私はあんまり覚えていないけど、あの日の私は翔一さんと仲良くお喋りをしたんだろう。そして距離を縮めたのだろう。よくやったよ私。私は私を褒めてあげた。
良好な関係になって、少しずつ心に余裕が出来てくると小さなミスもなくなっていった。それは確かにいい事だけれど、一人で出来ることが増えてきて、翔一さんは私の指導員という立場ではなくなってしまう事になった。私は一人であたふたとしてしまった。翔一さんとは会えるけれど、今までみたいに会話が出来るわけじゃなくなる。なにをしに仕事に出てきているんだといわれてしまうかもしれないが、でも、やっぱり翔一さんと喋る機会が減ってしまうのは悲しい。
あっ、そうだ。付き合ってプライベートの時間でたくさん会えばいいんだ。
恋愛っていうのに疎い私は、展開を間違えているかもしれないけれど、翔一さんを好きすぎて、これしかないって決めつけてしまう。ちょっと自分でも性急すぎない? って思うけれど、一回思い込んでしまうと私はそうだって確信に変えてしまう。そんな頑固な女なんだ私は。決めたら実行するんだ。
私は明日、翔一さんに告白する。
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翔一さんは告白された日の流れを、私に事細かに教えてくれた。翔一さんが嬉しかった事。翔一さんが緊張した事。
そして翔一さんが私を好きだって事。
でも私からは、その日の記憶がすっぽり抜け落ちていた。私はどうして、そんなに大切な思い出を忘れてしまったのだろう。
「それで、杏さんが僕と付き合いたいっていってくれて、よろしくお願いしますって僕は答えた」そこで翔一さんは少し顔をしかめた。
「そのあと、確かに杏さんは少し変だった。僕の顔を見て笑ってくれたかと思ったら、急にぼーっとした顔になっていった。そのまま顔が青白くなっていったから、体調が悪いんだと思ってタクシーを呼んだんだ。その間、杏さんはずっと虚ろな表情で、なにも喋らなくて……」
私が告白した後、なにか体に異常が発生したみたいだ。それも私は本当に覚えていない。
「私……どうして、どうして……翔一さんとの大事な思い出を忘れてしまったんだろう……どうしてなんだろう」
「どうして、なんだろう」
会話が途切れて、行き交う車の音と繁華街を歩く雑多な足音が何倍にも増長されて耳に飛び込んでくる。私の記憶が消えていようと世界から見たら、どうでもいいことなんだろう。だからって、それを見過ごして生きていきたくない。知りたい。真実を。翔一さんとの大事な思い出を取り戻したい。そう思うと目に涙が溢れてくる。いきなり泣き出したりして、私、気持ち悪いよね。
「ごめんなさい」
「なにか僕たちが知らない病気かもしれないし。今度病院に行ってみよう二人で。それでも原因が分からず、記憶が戻らなかったとしても、杏さんと僕と二人で少しずつ新しい記憶を作っていこう。次は僕からいわせてもらうよ」
そういうと私は翔一さんに包まれた。
「僕は杏さんが好きだ。付き合ってください」
まだまだ涙が溢れている。でもさっきとは違う涙だと、そう思う。
「こんな私で良ければ、よろしくお願いします」
翔一さんは体を離して私の顔を見ると、少しだけイタズラっ子みたいに悪い顔をしていった。
「仲良くなるきっかけになった、パンツの話をまた聞かせてよ」
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スマートフォンから音がする。メッセージアプリに通知がきている。私はなんだか億劫で、その通知が誰からのものか確認すらせずスマートフォンの電源を切った。昨日の夜に桃子から電話があって、その相手をしていると時間は夜中の三時を回っていた。私は疲れていた。桃子は最後に、「彼氏出来たらいいね」なんて嫌味っぽくいってきたから、「彼氏、いるよ」っていうと一方的に通話を切った。きっとその事を問い詰めようとしているのだろう。ムキになってそういっただけで、彼氏なんて今もいないと伝えるのは、もう一眠りしてからでいいよね。
それより私はネットで買ったかわいいパンツが届くのが楽しみで、とりあえず通販で時間指定をした昼過ぎまでは寝るつもりだ。もう一度布団の中に潜り込む。その時、なぜか心の奥がきゅっとなった。どうしてなのかは、分からない。新しいパンツが届くのに。嬉しいはずなのに。
パンツの話をまた聞かせてよ 斉賀 朗数 @mmatatabii
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