拘束は解かれて



 莉雄りおは夢を見ていた。

 何の夢だったか、誰かが過去を嘆いている夢だと彼は感じたが、夢は目覚めればすぐに消えていってしまうのが常である。とても大事な夢のような気がする。あるいは、何の価値もない過去の思い出だっただろうか。


 今、莉雄は尋問室、と呼称される部屋にいる。

 ここは地下数百メートルの場所に位置する、大戦時のシェルターを改装して作った場所だと、莉雄は……思い出し始めている。


 そうだ。生前、スパルトイにされる前、自分はここで……大翔はるとと共に戦っていた。

 ルームメイトになったことをきっかけに友人になった。そういえば、あおいとの仲を取り持ったのも自分だった気がする。


 プロミネンスと名乗る集団が、人類への攻撃を開始したスパルトイへの抗戦を呼びかけたのが、2019年の12月。おそらく今は2020年か、あるいは2021年か。スパルトイたちと終わりの見えない戦争は、現実として存在するのだ。


 プロミネンス主導の元、各国の連合軍が結成。世界各地に、ここと同じような施設がある。

 莉雄が知っている日本支部の施設は地下に在り、壁は金属で覆われ、天井は見上げるほど高いところもあれば、少し狭い通路もあり、岩肌がむき出しの部屋もある。複数の部屋が蟻の巣の様に伸びており、そのどこかで作戦会議をすれば、そのまたどこかで食事をとり、あるいは娯楽を楽しむ。

 地上は……文明が崩壊している。人は見つかればスパルトイに殺されるか連れ攫われるか。人が居なくなった町は戦場になり、廃墟になっている。あそこには、住みたくても住めない状態だったはずだ。


 つまるところ、人類は今、地下に隠れ住んでいる。


 莉雄は、過去にここにいたことがある。

 確か、銃を手に、兵士としてスパルトイたちと戦っていたはずだ。いやどうだっただろう。自分は決して、体が大きくも、力が強くも、運動能力が高いわけでもなかった。

 ただ、当時から自分はギフテッドであり、簡単な治癒能力……対象の免疫を促進する程度の能力なら持っていた気がする。要するに、衛生兵だった。

 そういえば、衛生兵として色々人体の構造やなんかを学ぶのも苦痛だったが、何より新兵訓練が辛かったのを莉雄は思い出した。精神鍛錬ができるほど、自分のメンタルは頑丈じゃない。他にも、小柄であるが故か、生半可なギフテッド故か、ともかく……ここには良い思い出がほとんど無い。


「そっか……これが現実だったな」


 莉雄は嫌な思い出に不快な気持ちになりながら、自身を拘束している拘束具を見下ろした。

 真っ白で手触りがそこまで悪くない。柔道着や体育マットに近いごわごわした手触りの服だが、両手両足を縛られ、芋虫のような状態を取らざるを得ない。肌ざわりからして、拘束具の下の自分の格好はかなり薄着らしい。所々擦れて痛い。

 近くに机と椅子はあるが、この状態では立ち上がる事すら難しく、机の上に何があるかも分からない。薄暗い部屋の中で、机の上のライトスタンドだけがなにも無い床を照らしている。

 正直なところ、あまり気分が良い状態ではない。嫌な思い出は脇に置いておいたとしても。


 拘束室のドアが開き、いつか現れた赤毛の、研究員風の男が現れる。確か、ヴィルヘルム所長代理。

 ヴィルヘルムは莉雄の傍に膝をついて言う。


「気分は……よく無さそうな顔をしているね」

「え、ああ……はい。そうですね。いい気分ではないです」

「すまない。君がスパルトイである限り、警戒はせざるを得ない。私が君へ警戒を解いても他の者も同じように警戒を解くとは限らない」

「はい。解ってます。集団行動ですからね」

「そこで、君にいくつかの質問がある。質問をしても良いかね?」


 ヴィルヘルムは莉雄の顔を見ながら、莉雄の答えを待っている。


「分かりました。嘘偽りなく答えます」

「多少は偽った方が自由は良いとは思うがね。それじゃあ……」


 ヴィルヘルムはため息をついて、莉雄の拘束具のベルトを外し始める。


「え? あの、まだ何にも答えてないんですけど」

「答えたじゃないか。質問をしていいかと聞いて、君は嘘偽りなく答えると答えた。どっちにしろ、君レベルの存在を拘束しておくのは無理だろうからね。なら、敵対しない方が幾分かはマシだろう」


 それでいいのかと思う莉雄を他所に、莉雄の両手が自由になる。

 確かに、自身の体を拘束具から抜けられるように作り直せば、このぐらいの拘束は抜けれなくもないのだが……。


「いや、良いんですか? 警戒してたから拘束してたんでしょうし……ボクがあなたたちを攻撃する可能性だってあるでしょう?」


 ヴィルヘルムはそれを鼻で笑いながら首を横に振って答える。


「もし襲撃者なら、その言葉をわざわざ言うはずがないと私は判断するよ」


 莉雄の拘束が完全に解ける。拘束具の下はどういうわけか何も着ていない状態だったが、それをヴィルヘルムは知っていたのか、机の上から着替えを取って渡してくる。着替えは薄い木綿の上下の様だ。七分丈のズボンにノースリーブのシャツだ。つくりが悪くところどころ解れている。

 ヴィルヘルムが「簡易の服なので、おしゃれをしたければ服を改めて買うように」と添える。


「さて、言世 莉雄。君にはまだ聞きたいことと……お願いがある」


 服に袖を通し、立ち上がった莉雄にヴィルヘルムは、まだ警戒をしながらも莉雄に言う。


「まず、この世界の現状をどこまで知っている? あるいは、覚えているかね?」


 莉雄は、ひとまず自分の覚えていることを口にする。

 世界がスパルトイに襲われ、それに対抗するために各国の政府が団結し、プロミネンスという組織が主導でスパルトイへの戦争を続けていること。人類は地下に逃げ込み、地下生活は既に年単位であることを話した。


「なるほど。概ね、現状もほぼ変わっていない。いくつかの対スパルトイ兵器が開発されたが、結局のところ、兵士が拿捕されれば向うの兵力が増える。人類は絶滅の危機に瀕している」


 ヴィルヘルムはため息をつき、莉雄に改めて向き直る。


「そこで、君の助けが欲しい。君が人類と共に戦ってくれるなら、私たちはそれを歓迎する。人類は、ただ滅ぼされるために居るのではないと、連中に見せねばならんのだ。そのためにも、強力な力が要る」


 莉雄はその言葉に二つ返事で応える。


「はい。それで良いです。ボクは……この戦争自体が終わればいいと思ってますから」


 正直なところ、どちらが勝ってほしい、というのは無かったが……しかし、スパルトイに作り替えられるのを人類が望んでいるわけではないのは明白だ。そして、人類の方が圧倒的に不利である。

 なにより、ここには糸織いとおり あおいが……親友、大翔が頼んでいった女性が居るだろう。大翔も居れば、ここに葵が居なくても人類に味方をしただろう。

 なら、答えは最初から決まっている。

 その答えにヴィルヘルムが安堵が混じった息を漏らしながら微笑む。


「あ、ただ条件があります」


 ふと、莉雄は思い出したように条件を言う。


「新兵訓練を再度受けさせたりは、しないでください」



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あなたはキミの夢を見るか 九十九 千尋 @tsukuhi

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