1-5 能力者と妄執
高島・宮下の美男美女コンビを見送った後、自動車メーカーや保険会社の調査員に急かされながら道路脇の事故車両群を一台一台調べ、写真を撮り、警察署に身を寄せた地味な方の二人は、警察官や有識者達が集まる部屋の隅っこで調査結果をまとめたホワイトボードと睨み合っていた。
「――質問ですが、瀬戸波準捜査官はこの事件で解決すべき問題とは何だと思いますか?」
不意に腕組みをした先輩に見上げられた千春は、いくつか瞬きをして。
「ええと……俺は、どうしてその『幽霊女』が現れたのかってところ、だと……思います」
立てかけられたパッドの中で繰り返される事故の瞬間のドライブレコーダー。確かに車の前方に、薄く、白いモヤが映っている。
スーツ姿に戻った先輩の様子をうかがってみると、彼女は真顔のままこくりと頷いて。
「そうです。そもそも『
「……一応、その、つもりです」
何か言いたげに千春を見つめ、それから軽く頷いた先輩は。
「なんらかの要因が引き起こした事故なのか、あるいは人為的な事件なのか。第一段階はその調査。そして事件ならば、誰が何のために夜中の国道で能力を行使したのかを探るのが第二段階です。その際に、この悪人はどういう妄執の持ち主で、どういった現象を引き起こすのかという事を正しく調査・推測する事も大切です。残念ながら、能力者が起こす事件は彼らが持つ根深い思い込みや強迫観念といった妄執症候群の副次的症状が動機になることも少なくないからです」
囁く様でいて聞き取りやすい、芯のある声。
「そしてまたそれを知っておくことで、第三段階――逮捕等の正義を執行する際の確実性が高まります」
一切の濁りが無い綺麗な声で、古川さち子はそう言って。
「では、第二問。我々はどうやって悪人を特定するのでしょうか?」
時系列に沿って『出来事』と『証言』が書かれたボードをなぞったサチコの眼鏡の光が、そのまま隣の千春の顔へと流れ着いた。
「……ええと……」
思い浮かぶ事すらない答えを求めてボサボサの髪を掻いた千春の姿に、生まれ持ったキューティクルの美しさを最大限に生かした髪形の女性は少し意地悪に笑いながら。
「それを示すのが、私達が集めている『証拠』や『証言』です。例えば、宮下とあなたが採取した
千春は、ふむふむと関心を示しつつ。
「……精神のDNA……だと、本で読みました」
「……間違った理解です。DNAとは生物の遺伝的設計図であり、RPMとは、主に『思考』や『感情』等と呼ばれる生物の精神活動が体内や空気中に存在する思念粒子と触れ合った痕跡です。現代の技術では粒子を変性させるレベルの強い痕跡しか検出できませんが、九十九パーセント以上の精度で個人の特定が可能であり、裁判でも有力な証拠として扱われます。あくまで正しい手順で検出されれば、の話ですが」
途中、背後に座ってこちらの様子をうかがっている年配の刑事を気にする素振りを見せた先輩の教えに千春はありがたく頷いて。
「わかり……ました。つまり、それを、今、警察の方が調べてくれている、と」
サチコは首肯。
「このケースも、RPMさえ出なければそのモヤを人間と見間違えた運転手のミスであり、運転手の労働時間や健康及び性格面・勤務状況等の企業責任の調査が行われて終りだったでしょう」
その言葉に、彼女の背後に座っていた刑事が肩をすくめて立ち上がった。
「そろそろ結果が出ていてもおかしくありません。もっとも、彼らが最初にRPMを検出した時点で分析を始めてくれる程度に有能なら、という前提が――」
「それは皮肉か、お嬢さん?」
かすかな笑い声と共に、背後の刑事が歩み寄って来て。
「警察は、あんたらが言うよりちゃんとしてるさ」
「……照合が?」
振り返った若きNADDsの捜査官に、ベテラン刑事は肩をすくめて。
「ノーマッチ。オールネガティブ。該当者なしだ。警察のデータにゃ、このRPMの持ち主はいなかった」
しかしそんな残念な報せにも、古川さち子は顔色一つ変えずに頷いて再びくるりとボードを睨みつけた。
「では、我々の
「……データに、違いがあるのですか?」
おずおずと尋ねた千春に、刑事は『はっ』と笑いながら。
「その通りだよ、新米。警察の権限でアクセスできるのは、きちーんと令状を取って採取したか任意や義務で頂いたモン――つまりはRPMが証拠として採用されるようになってから今までの五年程度の間に捜査に関わった人間と犯罪者、それと警察組織の身内だけなのさ」
千春の目を見つめたまま、中年刑事はポキリと首を鳴らして見せて。
「それに比べて、ナッズさんの持ってるデータは膨大だ。そいつを盾にウチラがせっせと見つけた証拠もRPMが出たってだけで事件ごと取り上げちまう……わかるだろ、新米? それとも、妄執持ちにゃそういう気持ちもわからないかい?」
瞼を持ち上げた刑事さんの煽りを受けて申し訳なさそうに髪を掻く新米捜査官の代わりに、背中を向けたままの女が答えた。
「我々のデータは、現在全国民が受ける事を義務付けられている判定テストの結果と、企業や個人さらには各教育・医療機関などが任意提出した個人情報です。大前提として
冷たく強い声を発した捜査官に、刑事は小さく鼻を鳴らして。
「
「偏向的で間違った統計です。それに――」
彼女は、ちらりと千春を見て。
「――
「はっ、そりゃ
去っていく刑事の嫌みをすました顔で聴きながら、かれこれ二時間ほどつったったままの小柄な黒髪おかっぱ捜査官は静かに眼鏡の横を撫でていた。
NADDs~超自然犯罪対策機関~ たけむらちひろ @cosmic-ojisan
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