1-4 聴取

 とても静かで、塵一つ落ちていない総合病院の廊下。

保険会社の調査員に急かされながら道路の脇に寄せられた事故車両群を一台一台調べ、写真を撮った後、NADDsの面々はトラックドライバーが入院している病院を訪れていた。


「ねえねえセッティー見て見て、噴水! すっげー。さっすがハイランクの病院って感じ!」


 中庭を一望できる窓辺に後輩を連れ出した宮下エリーと、ふかふかのソファの座り心地にニヤついている高島上級捜査官の姿に眼鏡の横をさすった古川サチコが、小さなため息を吐いた。


「うわ。なんか絵が飾ってあるし! ねえねえ瀬戸波君、分かる? これってなんか絵の表面がデコボコして見えるっしょ? 絵の具がいっぱい使ってあるってわけ。つまりこれが高い絵なの。えー、深夜ドライバーって稼げるんだぁ」


 ホテルばりのフロアの姿に目を躍らせる若い女に、彼女よりも少し年上のサチコ先輩は、


「これだけ自動運転機能が発達した今でも、各店舗で積み荷の荷下ろしまでを行うコンビニや飲食店の配送ドライバーの需要と負担は減らず、ほとんどの企業グループがトータルライフサポートにおける保障ランクを高く設定しているんです」


 そんな先輩のクールな解説に振り向くことすらなく、「へー、すごーい」と相槌を打つ茶髪を見ながら、サチコは続けて。


「なので、いわゆる『稼ぎ』という部分は低いですが、栄養面や病院などはハイクラスまで選択できるようになっています」


「へー。すっごーい」


 相変わらずの反応のまま病院のあちこちを覗いている彼女の横で、瀬戸波千春は少し考えた後。


「……トータル、ライフサポート、とは?」

 とサチコの方を振り向いた。

 すると

「はっ? え? 知らないの、セッティー? え? もしかして田舎の人?」

 途端に目を丸くして振り向いた先輩の反応とは裏腹に、あくまでクールな眼鏡の先輩は。


「……TLS、グループによって呼称は変化しますが、民間企業が主体となったいわゆる『定額制人生』です」


 そこでちらりと新人の様子をうかがった彼女は。


「このサービスに加入することで給料から一定額を引かれる代わりに、同じグループ内の企業による通信・住居や光熱費と言った部分から食費や医療・保険、趣味から子供の学費や葬式に至るまで。グループ内を利用する限り、人生のほとんど全てが保障・サポートされ、実質無料でスムーズに行えるというサービスです」


 それに、成程と頷く新人の姿を見ながら、サチコは一端咳ばらいをして。


「ちなみに、すでに世界人口の六割がこう言った種類のサポートに加入しています」

「……六、割……」


 あくまでクールを貫く眼鏡の先輩の言葉に少し驚いた千春を、とても意外な顔で覗き込んだふわふわ髪は。


「てか、マジで知らないの? 一番最初は日本発の国際企業グループで始まったんだけど? めちゃ話題になったし……なんだっけ? 小学校のとき位に、独占禁止法とかのアメリカの裁判もニュースですごいやってたじゃん?」


「……そう、ですか」


 本当に知らなかったような顔で頷く千春に『えええ』と驚く宮下エリーの様子を見て取ったサチコは、エリーが何かを言う前に。


「その裁判において『国境という枠組みにとらわれず、国民がより良い生活を求める権利を国が侵害してはならない』という判決が下され、国民が国に勝利して以来、このサービスは世界中で急速に発展しました」


 先輩の教えにうんうんと頷いたエリーが、先輩風たっぷりに後輩に向かって


「そうそう。当時の世界的な不況と、それと、もう一個のきっかけが――」


 と教えてあげようとしたのを、


「お、先約が終わったぞ。さっさと聴取して、警察に戻ろうぜ」


 それまで半分寝ていたようだった高島の強めの声がさえぎった。



 ――そうして。


 コンコンコン。


「しっつれいしま~す」

「? ……誰だ、あんたら?」


 目的の病室の壁をノックするや否やひょいと茶髪を覗かせた若い女を、ベッドの上で雑誌を読んでいた包帯男が訝しげに振り向いた。

「コホン。NADDSの宮下捜査官です。事故のお話を伺いに来ました」

 言いながら宮下エリーが誇らしげに掲げた手帳をしげしげと見つめたドライバーは、頭の包帯の下の目を細くして。

「……エヌエー……っつうと、確かアメリカの、超能力警察……みたいな奴だよな? 向こうのドラマで見たぞ」

 不安と安堵が混じったような表情を浮かべた彼の言葉を聞いたエリーは、ちょっぴり不満気に肩をすくめて。

「ま、それでいいです。厳密にはちょっと違うけど」

「? んで、その人らが何の用なんだ? 話なら警察にさんざんしたぞ」

「はいはい。あのね、私達は警察とは違う角度から……」

「あー、悪いけどこっちはまたすぐ検査なんだよ。あとにしてくれるか?」

「ちょっと……!」


 溜息と共に首を振ったドライバーが再び雑誌に目を通し始めるのを見て分かりやすくムッとした宮下の背後から、被害者と同じくらい投げやりな高島上級捜査官の声。


「いいのか? このまま警察に任せときゃ、事故はあんたの過失だぜ? そうなりゃ会社はクビで、家も仕事も無いままグループ外に追い出されるな。んで信用調査ブラックリストに名前がのりゃあ、他のグループにも入れやしない」


 ザンバラ髪の男の見下したような物言いに、ドライバーの目が鋭くなる。


「……だろうな。警察が言うにゃ、俺は白いモヤを人間と見間違えて車をコケさせちまったみたいだからな。レコーダーにも人間なんか映ってなかったっていうしよ――」


 敵意と諦めの混じった視線を向けてくる男に向かって白い歯を見せた高島は、当然の様にベッドの脇に積まれていたパイプ椅子を軋ませた。


「そこだよ。あんたがモヤを見間違えたっつうんなら、次の問題は『どうしてそんなことになったか』、だ。今頃、金の匂いに敏感な弁護士があんたの会社の勤務実態やなんかを調べ上げてるだろうな」


 捜査官の意味ありげな笑みに、彼は瞳を一度見開いて。


「……警察が政府の犬なら、ナッズってのは『企業の番犬』だって話だけどよ……あんたらは本当にあれが俺の過失じゃ無いって証明してくれんのか?」


「はっ、言う通り、ウチは政府の代わりに世界中の企業グループが後ろ盾に付いてる機関だからな。そこにゃ当然あんたの人生をサポートしてるグループも入ってるし、なにより後ろで巻き込まれた自動車はかなりの数が自動運転だった。そっちを牛耳ってるのは、国際的に見てもトップクラスにデカい会社だ」


 変わらぬ笑みを浮かべた高島は、そこでぽきりと首を鳴らしてから。


「そういうやつら――ITも保険屋もメーカーにも必要なのさ、を引き起こした犯人がな。んで、この事故現場からは幸いにもその痕跡が見つけられた。そいつと同じ反応が離れた場所から見つかれば、この事故にゃあ間違いなく『外的要因』が存在する。それを今、ウチの仲間が探してくれてる真っ最中さ」


 数瞬、男二人はベッドの上で見つめ合い。


「……わかるだろ? 俺達は直接あんたを助けられるわけじゃ無い。だが、真相究明に協力することがお前自身を守るためにもなる。んじゃ、最後のチャンスだ。夕べあんたは何を見た?」

 笑顔のまま尋ねた高島に、包帯の男は力強く頷いて。

「……女だよ。髪が長くて白い服を着た背の高い女が、道の真ん中を歩いて来たんだ」

「……へえ」

 男がぼそぼそと話しはじめると、宮下エリーは慌ててスマホの録音ボタンをタップした。

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