Right×Lights ~ルーとカイゼル~

 ――この子はいずれ私を殺す。だが……私にはこの子を殺せぬ。

 ……ならば、この子を別の世界へ閉じこめてしまえば……――



『……さらばだ、我が孫……【太陽神】ルー・トゥアハ・デ・ダナーン……』



 +++



「ふわああああ……」



 朝。大きな欠伸と共に目を覚ましたのは赤い髪の子ども。

 カーテンを開けると、朝日が反射して輝く海が見えた。


 ここは異世界・ローズラインにある南の街……ランカスト。

 その中でも、旅人たちで溢れるメインストリートではなく、白い建物が迷路を作るかのように並ぶ住宅街だ。


 ――ガチャ。


 不意に子どもの部屋のドアが開き、外から金髪の青年が現れた。


「……起きていたのか、ルー」


「あ、カイゼルおにーちゃん! おはよう!」


 子ども……ルー・トゥアハ・デ・ダナーンは、金髪の青年……カイゼル・ビョルネに笑顔を向けた。


「……ああ、おはよう。……朝飯食ったら散歩にでも行くか?」


「……うんっ!」


 きょうはいいおてんきだからね、と舌っ足らずな口調で笑うルーの頭を、カイゼルは優しく撫でた。



 ルー・トゥアハ・デ・ダナーンは、この世界の住人ではない。

 四日ほど前、カイゼルが自身の家の近くで倒れていた彼を助けて介抱したところ、妙に懐かれてしまって今に至る、というわけだ。

 カイゼルはぶっきらぼうな見た目や口調とは裏腹に、意外と子ども好きで面倒見がいい性格で、ルーとの生活も何だかんだで楽しんでいた。



 朝食を食べ終えて、二人は散歩に出かけた。

 ぽかぽかとあたたかい日差しが、子どもの髪をきらきらと照らす。


「うわー、いいおてんきだねー」


 ニコニコと笑いながら、ルーは機嫌よく坂道を駆け下りる。


「走ると転ぶぞ」


「へーきへーき……うあっ!?」


 カイゼルが心配そうに注意したのと同時に、ルーは足がもつれたのか盛大に転んだ。


「……ったく……だから言ったろーが……。

 ほら、大丈夫か?」


 呆れながらもカイゼルは手を差し出して、子どもを起こす。


「ケガないか?」


「ふぇー……だいじょーぶ……」


 今にも泣き出しそうなルーの頭を優しく撫でて、カイゼルは立ち上がる。

 ……と、突然カイゼルの背後から声が聞こえた。


「よお、カイゼル。今日も子守りか?」


 それにカイゼルが後ろを向くと、紫の髪の男が立っていた。


「ヴェネリオ……何の用だ」


「何の用って……つれねぇなぁ。

 てめェが最近付き合い悪ィからこうして会いに来てやったってーのに」


 ヴェネリオ、と呼ばれた男は、カイゼルの背後にいる子どもを見てため息をついた。


「こんなガキの子守りたぁ……ランカスト最強の男の名が泣く、ぜ!!」


「っ!! カイゼルおにーちゃんっ!!」


 言葉の途中で、不意にヴェネリオはカイゼルへ殴りかかった。

 ルーが悲鳴をあげるが、カイゼルはそれを避け、ヴェネリオと距離を取った。


「ヒュー! さっすがランカスト最強の男!

 父君の血はしっかり受け継がれてるな」



 ……カイゼルの父親は、かつてローズライン最強と謳われた武術家だった。

 幼いカイゼルに武術を教え、そして旅に出たまま未だに帰って来ていない。

 その間に母親は病で他界し、それからカイゼルは一人で生きてきた。



「……黙れ。親父は関係ねぇだろーが」


 そんなヴェネリオの賞賛を一蹴し、カイゼルは吐き捨てるように言い、ヴェネリオの顔面を殴ろうと狙う。

 ……しかし、その瞬間。


「けんかはだめーっ!!」


 子どもの甲高い声が、住宅街に響く。ルーだ。

 それに釣られて、通行人が振り向き、住人たちは何事かと窓を開けて彼らを見やる。


「けんかはだめだよ、おにーちゃんっ!!

 おねがいだからやめてーっ!!」


「なっ……なんだこのガキ……」


 ルーの泣き声に近い叫び声に、ヴェネリオは狼狽える。

 その隙を狙い、カイゼルはヴェネリオに足払いをかけた。


「っうお!? てめっ!! きたねーぞカイゼル!」


「うるせぇよ三流」


「なっ!!」


 ヴェネリオを見下し言い放つカイゼルに、彼は起き上がり掴みかかろうとする。

 ……だが、それよりも早くルーがヴェネリオの傍に寄ってきた。


「……んだよ、ガキ」


「ルー、離れろ。そんなバカに近づいたらバカが移る」


「んだとてめっ!!」


 ヴェネリオとカイゼルのやり取りを聞きながら、ルーはヴェネリオの頬に手を添えた。


「!?」


「さみしいんだね」


 唐突に、ルーはぽつりと呟く。


「……は?」


「ヴェネリオおにーちゃん、さみしいんだね。

 カイゼルおにーちゃんがぼくにかまってばっかりで……カイゼルおにーちゃんとあそべなくてさみしいんだね」


 ごめんね、と少し悲しそうな笑顔で、ルーは言った。


「……そうなのかお前……?

 良い年して寂しいって……てか他に友達いねぇのか……?」


 一方カイゼルは笑いそうになるのを堪えてるらしく、声が震えている。


「うっせーよ! つか違う! 寂しくなんかねぇよ!」


 ヴェネリオはルーの手を振り払い、立ち上がる。


「だいたいなんだよこのガキっ!! 失礼にも程があるだろ!」


 どういう教育してんだ、とヴェネリオはカイゼルに怒鳴る。


「ムキになるのは肯定の証か? 寂しいなら寂しいと言っていいんだぜ?」


 対するカイゼルは完全にヴェネリオを見下していた。

 フフンと嘲笑する彼に、ヴェネリオは激昂する。


「――っ!! 何なんだよお前っ!! 寂しくなんかねぇっての!!」


 それに、と、ヴェネリオは続ける。


「マジ何なんだよてめぇ!

 寂しいとか何だとかワケのわからんことを言いやがって!」


 ルーを睨みつけながら、ヴェネリオは怒鳴る。

 しかしルーはそれに臆することなく、言った。


「だって、わかるもん。ヴェネリオおにーちゃんのキモチ」


「……オレの気持ちがわかる? 何もんなんだよてめぇ……」


 胡散臭いものを見るように、ヴェネリオはルーを見やる。


「……ぼくは【太陽神】。

 ヒトのココロのヤミを引き出して……ただしいミチへみちびくの」


 その視線を受けて、くるりと回るルー。

 赤い髪が、潮風に乗ってふわりと揺れる。


「それが、ぼくの役目だよ」


 太陽の光を浴びて、ローズラインに舞い降りた【太陽神】は、微笑んだ。



 +++



 ――なにもかもが白いへやで、だれかの声を、きいた――


『                』


 ――その声は、たしかな憎しみをもって、――



 +++



「で、アンタらがケンカしてた所を、ルーが止めたってワケか」



 あれから家へ帰った二人。そこで待っていたのは、黒髪を頭上でまとめた女性だった。


「そうだよ! けんかはだめだもん!」


「うんうん、もっともな意見だ。

 偉いよルー、お母さんは嬉しい!」


「えへへー」


「誰が“お母さん”だ誰が」


 女性……桜爛はルーの頭を撫で、嬉しそうに言った。

 そんな彼女にルーも得意げに笑い、カイゼルはため息をつく。


「……それに比べて……お父さんはダメな子だねぇ」


「ねー」


「てめぇらな……。大体、桜爛っ!!

 勝手に家に入んなってあれほど……っ!!」


 カイゼルは桜爛に怒鳴る。だが、桜爛は軽く笑って言ってのけた。


「いーじゃん別に。減るものでもなし! ルーのことが心配なんだよ」


「海へ帰れ海賊女」


「海賊じゃなくて船乗りだっての!」


 暴言を吐いた彼の頭を叩いて、桜爛は訂正する。

 彼女はランカストを拠点にフリーの海運業をしており、人や物を各港に運んでいるのだと、ルーは自己紹介のときに聞いた話を思い出した。


「ふなのりさん、かっこいいねえ」


「だろだろ?」


 きゃっきゃとはしゃぐ桜爛とルーに、カイゼルは深くため息を吐いたのだった。



 その後三人で部屋でくつろいでいる時、唐突に桜爛がルーに尋ねた。


「……そういやルー、アンタ人の感情がわかるんだったね」


「うん、そうだけど?」


 ルーは不思議そうに首を傾げる。


「……結構不便じゃないか? その力……」


 桜爛はルーの頭を撫でながら、そう言った。

 だがルーは、うーん、と何かを考えるように唸ってから、答える。


「うまれたときからもってるチカラだから……ふべんとかはべつにー……」


 その戸惑うような声に、今度は桜爛が首を傾げた。


「どうかしたのかい?」


「うーん……そう、だね……」


 ルーは悲しそうな笑顔で、続けた。


「……憎しみをも感じてしまうのは……イヤかな……」


「ルー……アンタ一体……」


 【太陽神】の悲しげな言葉に、それまで二人の会話を黙って聞いているだけだったカイゼルは、ふと初めてルーと会った日のことを思い出した。



 ――雨の降る中、倒れている子ども。

 安否を確認しようと小さな身体に手を伸ばす。


 ……拒絶。


 何かに怯えたように揺れる、虹彩異色オッドアイの瞳。

 子どもは抑揚のない声で、言った。


『――ぼくをころすの?』


 子どもは、ルーは……『世界』に、怯えていた――


 +++


「んじゃーアタシは帰るね」


「またねー」


「……二度とくんな」


 日も落ちた頃になり、桜爛は自宅へ帰っていく。

 ルーはそれを見て少し寂しそうに手を振り、カイゼルはいつも通り悪態をついた。


「……もー、すなおじゃないなぁ」


「うっせ。早く入れ、風邪引くぞ」


「はぁーい」


 笑いながらカイゼルの腕にしがみつくルーは、いつもの笑顔で。

 その太陽のような笑顔に、保護者の青年はそっと安堵の息をついた。


 +++  


「――まったく!!」


 水に濡れたタオルを勢いよく絞って、カイゼルは毒づく。


「あれほど風邪を引くなと行ったのにお前はッ!!」


「あうう……ごめんねカイゼルおにーちゃん……」


 ベッドの上でしょんぼりしているのはルー。

 べち、っと額にタオルを乗せられた。


「……まあ慣れない環境なんだろうから仕方ねえのかもしれんが……」


 半泣きのルーを見て、怒りを少し鎮めたカイゼルだが、相変わらずぶつぶつ愚痴を吐いている。



 ルーが風邪を引いたのは今朝のこと。

 どうやら慣れない気温の変化について行けなかったようだ。

 ランカストは日中は暖かい街なのだが、夜になると海から来る風も相まって、少し肌寒くなるのだ。

 加えて、慣れない環境は幼い子どもの体に負荷をかけていたのだろう。

 知らず疲れが溜まり発熱してしまったのだと、先ほど診察に来てくれた医師は言っていた。


 別にカイゼルはルーに対して怒っているわけではない。

 子どもの不調に気づけず、またきちんと体調を管理してやれなかった自分に腹が立っているのだ。



「……とりあえず、大人しく寝てろ」


 ため息をついてカイゼルが立ち上がると、ルーは不安げに彼を見上げた。


「……飯作ってきてやるだけだ。んな顔すんじゃねぇよ」


「うう……」


 ぐしゃぐしゃと乱暴に子どもの頭を撫で回して、カイゼルが部屋を出ようとした、そのとき。



「ルー!! 風邪引いたって本当かい!?」



 バンッ!! と勢いよく扉を開けて入ってきたのは桜爛。その手には袋に入ったメロンを持っている。


「お、おうらんおねーちゃん?」


「ああっ可哀想に! 風邪引くなんてきっと保護者の体調管理が甘かったんだね……っ!」


 ルーが寝ているベッドまで駆け寄り、カイゼルを睨みながら桜爛は嘆く。


「え、えと……?」


「桜爛……てめぇ、また勝手に入りやがって……ッ」


「いいじゃないか、ルーが風邪引いたんだ。アンタだけじゃ面倒見切れないだろ?」


 ふふん、と腰に手を当てて威張る桜爛に、カイゼルは何度目かの深いため息をついた。


「そもそもコイツが風邪引いたってなんで知ってんだよ」


「商店のおっさんに聞いたのさ。

 朝アンタがお粥の材料買いに来て、何があったのかと聞いたら……」


「ああそうかわかったもういい」


 桜爛の話を面倒くさそうに遮り、カイゼルは再び扉の方へ歩いていく。


「おにーちゃん?」


 それまで楽しげに二人の会話を聞いていたルーが首を傾げる。


「いい加減なんか食え。桜爛、ルーを看てろ」


 つまり、当初の目的通り料理……桜爛の話からすると、粥を作ってくるらしい。

 部屋を出て行ったカイゼルに、彼女が呆れたように苦笑いをこぼした。


「まったく、素直じゃないねぇ。心配なら心配って言やいいのにさ」


 そんな桜爛に頭を撫でられながら、ルーは笑う。


「だいじょうぶ。しんぱいしてくれてるのは、つたわってくるかんじょうでわかるから。

 ……おにーちゃん、ぼくにカゼひかせちゃったって、すごくコウカイしてるんだよ」


 カイゼルおにーちゃんはぶきようさんだからね、とひとりごちるルー。


「……そっか。じゃあ悪いこと言っちゃったな。

 ルーはアイツのこと、信頼してるんだね」


 微笑むルーにつられて桜爛も笑うと、子どもは少し悲しげな顔になって、言った。


「まあ……感情はウソをつかない、から……」


「ルー……」


 その顔を見て、桜爛は今まで聞けずにいたことを思い切って尋ねた。


「……ルー、アンタ一体どこから来たんだい?」


 唐突なその質問に少し驚いた顔をしながら、ルーは答える。


「うーん、ぼく、まえにいたセカイのことおぼえてなくて……。

 こことはちがうセカイ、みたい。よくわかんないんだけど……」


「こことは違う世界……?」


 今度は桜爛が驚いた表情になる。つまりそれは……この子どもは、異世界からの来訪者、ということで。


「うん、まあ……その、いろいろあって」


 その“いろいろ”とやらが、無邪気な子どもに影を作っているのだと、桜爛は悟る。


「あ……そうだ、メロン」


 不意にそう言いながら、彼女は立ち上がった。


「めろん?」


 きょとんと見上げる子どもに、桜爛はニッと笑う。


「お見舞いにはメロンが定番ってね!

 八百屋のおっさんに頼んで、一番美味しいメロンを用意してもらったからさ!」


 ほら、と手に持ったメロンをルーに見せる桜爛。

 それは間違いなく事実なのだが……ルーは彼女から伝わる感情に、内心で不思議がる。


(……焦り。驚愕。……不安。おねーちゃんは、なにかをおにーちゃんにつたえたい……?)


「カイゼルに切ってもらってくるよ。

 ……ちょっとだけ一人にするけど……ルーは良い子だから待ってられるね?」


「うん、だいじょうぶだよ」


 ルーのその返事に誉めるように頭を撫でてから、桜爛は部屋を出た。


 ――『こことは違う世界』……まさか、あの子……――


 過ぎった推測に、逸る心を抑える。

 それは興奮なのか、不安なのか。彼女にすら、わからなかった。


 +++


「カイゼル」


 台所で粥を作っていたカイゼルの元に、ルーの看病を任せたはずの桜爛が現れる。


「……あ? ルーを看とけっつったろーが」


 なんとも言えない表情の桜爛を見て、カイゼルは訝しげに首を傾げた。


「あ……えっと、メロン切ってもらおうと思ってさ!

 それとさっきは言いすぎて……ゴメン」


 慌てて笑顔を作ってそう言った桜爛。しかし、カイゼルの眉間の皺は深くなる。


「……何かあったのか」


「う……」


 問いただすカイゼルに、彼女は言葉を詰まらせる。


「……なんだよ?」


 さっさと言え、と促すカイゼル。桜爛は覚悟を決めたように口を開いた。


「……カイゼル、ローズラインの言い伝えを知ってるかい?」


「……言い伝え?

 『異世界から来た“召喚者”とそいつと契約した“契約者”が世界を救う』っつー話か?

 んな御伽噺がどうかしたか?」


 それは、この世界ローズラインに古くから残る伝承。

 けれど、信じているものはほとんどいない。カイゼルもその一人だった。

 遠い昔、母から教わったその伝承を思い出しながら渋々答えたカイゼルに、困ったような顔の桜爛が詰め寄る。


「御伽噺なんかじゃなかったんだ、あれは」


「……はあ?」


 何を言っているんだ、という表情をしたカイゼルを見て、桜爛は更に言葉を紡ぐ。


「……カイゼル、あの子……ルーは、」


 その運命を、変える言葉を。


「言い伝えに出て来る“召喚者”だ……!!」



 +++



「……しょーかんしゃ? ぼくが?」


 その後、出来上がった粥ときれいに切り分けられたメロンを持って、二人はルーの元へと戻った。

 そして彼がぺろりとそれらを平らげたあと、桜爛が落ち着いて聞いてほしいんだけど、と伝承について話したのだ。

 ルーがその伝承に出てくる“召喚者”だろう、ということも併せて。

 カイゼルは、いくら子どもと言えどそんな突拍子もない御伽噺など信じないだろう……と思っていたのだが。


「……そっか。それがぼくの……やるべきこと、なのかな……」


 しばらく目を瞑って考える素振りを見せていた彼は、やがてぱちりとその虹彩異色オッドアイの瞳を開いてそう呟いた。


「……は? やるべきこと?」


「うん。……ぼくが生まれた意味……存在するワケ。

 ずっとさがしてたの。……ぼくは、もとのセカイではなにもなせなかったから」


 どこか遠くを見てそう語るルーに、カイゼルも桜爛も何も言えなかった。


「……生まれてすぐに、このセカイに送られた。望まれた物語じんせいすら歩めずに。

 ぼくの存在を疎んだヒトは、ぼくを殺せないから……このセカイに、封じようとした」


 でも、と子どもは頭を振る。窓から降り注ぐ陽の光に反射して、長い赤髪がきらきらと輝いた。


「カイゼルおにーちゃんがぼくをみつけてくれた。たすけてくれた。だから……」


 そうしてにこりと笑うルー。太陽のようなその笑顔に、カイゼルは息を飲んだ。


「ありがとう、おにーちゃん! おうらんおねーちゃんも!

 ふたりがたすけてくれたから、ぼくは自分のやるべきことをみつけられそうだよ」


 “契約者”を見つけるために、風邪が治ったら旅に出るね。

 ルーは笑ってそう言いかけるが……カイゼルのため息が、それを遮った。


「ガキ一人で旅なんかできるわけねえだろ。まして、どこにいるかもわからねえ、実在するかもわからねえ奴を探すなんざ不可能だ」


 そのまま彼は子どもの頭を撫で、視線を合わせる。

 アイスブルーの瞳が、ルーの色違いの瞳に映り込んだ。


「……オレにはお前を拾った責任がある。旅に出るならついてく。

 迷惑かけるとか思うなよ。オレの自己満足だからな」


 ガキを一人で旅に行かせるなんて寝覚めが悪い。

 ぶっきらぼうに言い放ったカイゼルの言葉に、桜爛も同意した。


「アタシもカイゼルに同じく、だよ、ルー。

 ……そもそも、“契約者”のアテならあるし」


「……は?」


「えっ……ほんと!?」


 桜爛が事もなさげにそう発言すると、カイゼルは怪訝そうに、そしてルーは心底驚いたように声を上げた。


「ホントホント。

 ……これは昔、海賊だったじーさまから聞いた話なんだけど……“契約者”と“召喚者”というのはお互い惹かれ合うものなんだと。

 更に“召喚者”は“契約者”の近くに召喚されるらしいよ」


 彼女の説明に、ルーとカイゼルはお互いに顔を見合わせる。

 桜爛の話が本当なら……それは、つまり。


「……オレが、その“契約者”だって?」


「そうだろうねえ。ルーを見つけたのはアンタなんだし、モノは試しで契約してみれば?

 もしだめでも契約できないってだけだろうしさ」


 なんとも軽いノリで契約を促す彼女。カイゼルは眉を寄せた。


「……契約、つってもどうやるんだよ。オレはその手の魔法はさっぱりだぞ」


「あー、そうだね。えーと……ちょっと待ってて、確か家にじーさまが遺した魔導書があったはず! 取ってくる!」


 言うやいなや、桜爛は慌ただしくカイゼルの家を飛び出していった。

 残された家主と子どもは、なんとも言えない雰囲気に包まれる。


「……あいつの祖父は何者なんだよ……」


「……あ、あの、カイゼルおにーちゃん……」


 微妙な顔で呟いたカイゼルに、ルーが恐る恐る名を呼んだ。

 それに反応して視線を戻すと、子どもは困ったような顔をしていた。


「なんだよ」


「あ……その、えっと……。……ほんとにおにーちゃんがぼくの“契約者”だとして……おにーちゃん、迷惑じゃ……わわっ!?」


 迷惑じゃないのか、と続くはずだった彼の言葉は、乱暴に頭を撫でられたことで途切れてしまう。

 わしゃわしゃとかき混ぜるような手つきに、やめてー! など言いながらも、子どもは楽しそうで。

 やがてひとしきり撫で回して満足したのか、カイゼルはその手を止めた。


「迷惑かける、とか言うんじゃねえって言わなかったか?

 それともオレじゃ不満か?」


「そっ……そんなことない! うれしいよ、すごく……!」


 だけど、とルーはうつむく。ぼさぼさになった彼の髪の毛を雑に直しながら、カイゼルは黙って続きを促した。


「おにーちゃんにもおねーちゃんにも……へいわなばしょでくらしていてほしいなって……おもったんだよ……」


 とつとつと語るその子どもに、カイゼルははあ、と大きく息を吐き出す。

 ……その瞬間。


「ただいま! 魔導書持ってきたよ!」


 勢いよくドアを開け、桜爛が帰ってきた。

 そのまま彼女はいそいそと手に持った魔導書を開く。


「……というか、桜爛。なんでお前がそんなやる気満々なんだよ」


「だってさー! 面白そうじゃん、なんか!

 それに伝承に出てくる“双騎士ナイト”誕生の瞬間に関われるんだよ? ワクワクしないほうが無理さ!」


 満面の笑みでそう言い切った彼女に、カイゼルは諦めたような顔で「それで」と話を続ける。


「本にはなんて書いてあったんだ?」


「あー、うん。ちょっと待ってね……あった。

 カイゼルは魔法苦手だし、アタシが仲介するよ。

 えーと……まずは契約儀式の魔法陣を描いて……」


 桜爛が呟きながら手を前に突き出すと、その三人の足元にそれぞれ白く輝く魔法陣が現れた。


「――“紡ぐ者,紡がれし者,途切れぬ糸,途切れぬ道,結びし力は光となる……”――」


 粛々と紡がれる詠唱。それと同時に、ルーとカイゼルの視界が暗くなった。


 +++


 真っ暗闇に包まれた空間で、二人は向き合っていた。

 お互いの体は光に包まれているのか、闇の中にいてもよく見える。

 そこに、桜爛の声が降り注いだ。


『――“ローズラインの魔術格闘家,カイゼル・ビョルネが契約せしは,“Light”の名を持つ者。他者を導くと誓った者……”――

 ……アンタたちは、“誰かを導く”ことで結ばれた“双騎士”みたいだね。それは他人だったり、お互いだったり、自分自身だったり』


 アンタたちにピッタリだね。

 そんな桜爛の説明に、カイゼルは「なるほどな」と頷く。


「……ルー。オレは平和な場所で暮らすなんて柄じゃねえ。

 守るし、導くよ。お前を」


「カイゼルおにーちゃん……。……うん、よろしくね!」


 二人が手を取り合い握手をすると、光が弾けた。

 お互いの魔法陣がくるりと回って、ひとつに溶ける。

 その動作と共に、ルーとカイゼルの視界も元に戻り……――


 +++


「……うん、無事に契約できたみたいだね。

 ホントに“双騎士”だったとは……いいモノ見れたよ!」


 元の部屋に意識が戻った二人に、桜爛が興奮を抑えきれない様子で声をかける。


「契約……って、あれだけでいいのか?」


「みたいだよ。魔導書によると、“平時は実感がないが戦闘時にその真価が発揮される”みたいなこと書いてあるし」


 特に変わった様子はない、と訝しげに首を傾げるカイゼルに、桜爛は魔導書を捲りながらそう答えた。


「……さっきから思っていたが、お前の祖父は何者なんだよ。そんな本まで残して……」


「さあねえ? アタシもじーさまのことはほとんど知らないんだよ。

 あ、でも確かこの魔導書は、ある偉大な魔術師から譲り受けたーとか言ってた気がする!」


「おい……」


 なんともあやふやな彼女の言葉を聞いて、疲れたように脱力するカイゼル。

 そんな二人を見て、ルーは楽しそうに笑っていた。


「……ありがとう、ふたりとも」


 そうして呟いた子どもに、カイゼルと桜爛は言い合いをやめ、優しく微笑む。


「じゃ、風邪が治ったら旅に出るかい?

 アタシは準備しとくから、カイゼルはルーの看病頼んだよ!」


 旅。ルーがこの世界に喚ばれた理由、導くべき“誰か”に出逢う旅路。この世界で、自分だけの物語じんせいを描くために。

 ルーとカイゼルは同時に頷き、お互いを見て笑顔を浮かべたのだった。


 +++


 そうして風邪が治った【太陽神】ルー・トゥアハ・デ・ダナーンは、守護者の青年と保護者の女性と共に旅に出る。

 やがて出逢うのは、“Night”の名を持つ深海の少年……――



 ――きみの存在に救われてきた。きみが導いてくれたから、オレはここにいられるんだ。……ありがとう、ルー――



「……どういたしまして、よるおにーちゃん。

 ……さあ、目覚めよう。次の物語じんせいが、みんなが、おにーちゃんを待っているよ」



 深層心理の海の中、交わされるコトバ。

 目覚めの間際、【世界樹ユグドラシル】が見つめた、最後の記憶のユメ。



 Right×Lights Fin.

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Night×Knights -ナイトナイツ-(完) 創音 @kizune

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