天使回想録

(それはハジマリよりも昔のお話。きみがきみたる所以の物語)


 +++


 紅い紅い海の中、金糸の髪の少年は無表情で佇んでいた。



 ――【歌神候補】が死んだ、と聞いた。


 オレ……ソレイユ・ソルアは、神々の住まう“天界”とはまた違う異世界、ローズラインの出身だった。

 故郷を出て、天使として【全能神】を始めとする神々に仕えていた。

 自慢ではないが、次代の【熾天使】………天使長にもなれる、とまで言われていたのだ。


 そんな中、事件は起こった。

 次世代の神々の着任式。新たな三柱が【神】になる……はずだった。

 ――けれど、【全能神】は言った。


『お前は、【歌神】には――なれない』


 ……【歌神候補】は産まれながらに【神】にあるまじき“闇”を抱えていたそうだ。それ故に神になれず、逃亡し、天界を追われたのだと。

 オレより長く天界の天使をしていた同胞が、誰に言うでもなく語っていた。


 “闇”。それを抱えていた……ただそれだけで、追われ、追い詰められ、そして死したのか。

 “闇”。それが何だと言うのだ。そんなもの、誰だって抱えているではないか。


 ……彼が、【歌神候補】が抱えていた“闇”が、オレたちも抱えうるそれとはまた違ったのだと知ったのは――【魔王】に由来する“闇”だったのだと知ったのは、後に“Night”の名を持つ少年に出逢ってからだった。


 だとしても、だ。納得できるはずもない。

 【歌神候補】が何を思い生きて、何を抱いて死したのか。

 オレは真相が知りたかった。

 ……同胞の天使たちは、誰も何も知らなかった。


 ――しばらく後に、【全能神】直々に『真相』が話された。

 曰わく、【歌神候補】を殺したのは、【神殺しディーサイド】と呼ばれる人間だと言うこと。

 【神殺し】のバックには、オレの故郷ローズラインの【創造神】である女神、アズール・ローゼリアがついていること。


 ローズライン出身のオレや、アズール・ローゼリアの故郷である別の異世界……ナイトファンタジア出身の天使たちは、他の同胞から様々な目で見られた。

 侮蔑、嘲笑、憐れみを含んだ瞳。

 それに耐えきれなかった天使たちは、ある者は故郷へ帰り、またある者は……自ら死した。

 オレはどちらも選ばなかった。

 アズール・ローゼリアが【神殺し】を使って【歌神候補】を殺したことも、そもそも【歌神候補】が“闇”を抱いていたこと自体も、オレは信じられなかった。


 やがてオレは、その手に握った二丁の銃で、同胞たちを、……――


 +++


 血の海で佇んでいたオレは、当たり前だが天界を追放された。『堕天使』という、烙印を捺され、背中の翼を剥がされて。

 故郷であるローズラインに戻ったオレは、アズール・ローゼリアに頭を下げた。オレがしたことは、彼女の名にまた傷をつける行動だったからだ。

 しかし彼女は一度きょとんとして、それから気にしなくてもいい、とからから笑った。


「君は【歌神候補】のために、私のために怒ってくれたのでしょう?」


 【創造神】は優しく笑んで、真相を話してくれた。


 【歌神候補】は【全能神】たちにその存在の抹消を望まれ、逃亡していたこと。

 【全能神】たちはそんな【歌神候補】と仲間たち……【時神】クロノスと【想神おもいがみ】アリアを追い詰め、やがて彼らを殺したこと。

 仲間たちによって逃げることに成功した【歌神候補】だが、彼らの死に耐えきれず、現れた【神殺し】に殺してくれ、と頼んだこと……。


 ……【神殺し】は【歌神候補】を殺めたことに酷く胸を痛めているということ。


 ……オレが【歌神候補】に会ったのは、ただの一度だけ。神々の着任式……“継承の儀”で見かけただけだった。

 当然、向こうはオレのことを知らない。

 彼は、“継承の儀”の最中に【歌神】になれず、そのまま仲間に連れられ天界から消えたのだから。


 ……【歌神候補】が死んだ。

 そう聞いたとき、“継承の儀”で見かけた黄土色の髪を揺らしながら歩いていた、優しげな少年の儚い笑みが、ずっとずっと脳裏から消えずにいた。


 だから、なのか。


 故郷ローズラインで、同じように“音”に愛された儚いあの子に手を差し伸べたのは。

 オレは確かに、アルビノの歌唄いの中に【歌神候補】……ツィールト・ザンクの面影を、視たのだった。


(歌唄いは、【歌神候補】と同じような儚い笑みを浮かべて)



 ――そうしてふたりの絆は繋がれた。まるでその時を待っていたかのように……――


(……もう、いいよ。ありがとう……名前もわからない堕天使のきみ……)


 深海のゆめの水底で、蒼い髪の少年と黄土色の髪の少年は、揺蕩うように眠っていた……――

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