砂糖菓子、甘い口づけ。

桜々中雪生

砂糖菓子、甘い口づけ。

 あの子の唇は、まるで砂糖菓子のようだった。ふわりと軽くて、とても甘い。


「好きです」

 何の虚飾もてらいもない、ひたすらに真っ直ぐな言葉で、その想いは遥に打ち明けられた。しかし、いきなりの告白に、遥は少なからず困惑していた。何せ、今彼女の目の前にいる少女とは、何の面識もないのだ。身に纏う制服と胸元のリボンの色からは、下級生だということしかわからない。遥の通う女子高では、リボンの色で学年がわかるようになっていた。青のリボンをつけているから、一年生だろう。一体いつ、どこから三年生である私の存在を知ったのだろう。

「……ありがとう。気持ちは嬉しいよ」

 でもね、と遥は言葉を紡ぐ。

「私は君と、まったく面識がないと思うのだけど。鳴瀬さん、君、学年も違うし、図書委員でも、文芸部員でもないよね?」

「はい、あの」

 告白にすべてのエネルギーを使ってしまったと言わんばかりに、真っ赤になってぷるぷると指先を震わせながら、鳴瀬、と呼ばれた少女はぼそぼそと喋り始めた。

「私、その、遥先輩の小説を、読んで」

 要領を得なかったが、どのように遥を知り、どうして好きになったのか、その理由は伝わった。

 文化祭の展示で遥の書いた小説を読んだこと、それがきっかけで遥の小説のファンになったこと、友達が文芸部員で、あれが作者だと教えてもらったこと、それから気がつくと目で追っていて、小説だけでなく、遥自身のことも好きになっていたこと。

「遥先輩の小説……私が入学する前に書かれたものも、全部、読みました」

 つっかえながらも、自分の等身大の気持ちを誤魔化すことなく伝える姿に、遥は少なからず胸を動かされた。

「私は女の子だし、年下だし、至らないところ、もたくさんあると思います。だけど……こんなに、誰かを好きだって思ったこと、初めてだし、告白だって、初めてで……だから、どんな返事でも、構いません、遥先輩の、率直な気持ちを」

 何が違うんだろう。今まで気持ちを伝えてくれた子たちと、一体何が。目の前で震える赤い少女を見つめながら、遥は思案する。その視線に射竦められたように、 鳴瀬は小さな身体をさらに縮こまらせていたが、視線だけは遥から外さなかった。

 その姿を見て遥は思い至る。

 あぁ、そうか。

 今まで告白してくれた女の子たちは、いわゆるミーハーのような、あるいは単なるファンのような気持ちで遥を見ていた。「遥先輩、こんにちは!」「今日、お昼一緒に食べてもいいですか?」話し掛けてくる言葉は、いつも恋をする者とは別種の高揚を孕んでいた。それは彼女たちの告白が纏う雰囲気や視線から読み取ることができて、ありがとう、と笑顔で応えながらも、遥は少しうんざりしていた。だけど、この子は違う。

「君は、私の何が好きなの?」

 小説? それとも容姿?

 試すように訊ねる。

 こんな聞き方はよくない。理解しているが、遥自身も、何が違うのか、はっきりと知りたかった。もう、きっと答えはわかっているけれど。

 唐突な問いに、目をしばたたかせる。それでも、答えなど決まっているのだろう、間を置かずに答えた。

「私が好きなのは、遥先輩、です。小説も、容姿も、もちろん好きです。だけど、私は、その向こうにある、遥先輩が、好きです」

 たまに見かけたときの振る舞いや、小説から、どんな方なのかはわかります。そこに、惹かれたんです。

 先程よりも幾分かはっきりとした態度でそう答えた少女に、遥は大きく頷き返した。

「うん、やっぱりね。ありがとう」

「え、やっぱりって、何が……」

 唐突に納得の様子を見せた遥に、鳴瀬は戸惑いを隠せていないようだった。しまった、と苦笑して、遥は一歩、鳴瀬に歩み寄った。

「いや、こっちの話だよ。鳴瀬さん」

 呼び掛けて、ふわりと肩に手を回す。顔を近づけると、甘い匂いがふわりとした。

 唇も、砂糖菓子みたいに甘かった。軽くて、触れると溶けてしまいそうに。

 これから、よろしくね。

 唇を離して囁く言葉に、少女はこくりと応えた。


 はじめてのキス。ふたりぼっちの空間。わたしたちだけの秘密の時間だ。

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砂糖菓子、甘い口づけ。 桜々中雪生 @small_drum

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