煙草の煙の様に

タッチャン

煙草の煙の様に

誰かが言ってた。

人生は煙草の煙の様に短いと。

以前の俺なら鼻で笑ってただろう。

だが今ならそれが真実なんだと解る。

この出鱈目な世の中で数少ない真実の1つ。


死んだ後なら尚更だ。


首から血を流して倒れている俺を見下ろす。


スーツは乱れていて皺だらけで見苦しい格好だ。

ロレックスの腕時計は左手から抜き取られている。

俺の27年間の人生の中で2番目に高い買い物。

1番の高い物は俺が倒れているリビングの椅子に脚を組んで煙草を吹かしている妻だ。

この女にはかなりの金を注ぎ込んで口説いた過去を懐かしく思う。


俺から盗ったロレックスの腕時計をちらりと見やって彼女は煙草を灰皿に押し付けた。


ドアの呼び鈴が鳴り響く。


彼女は化粧ポーチから鏡を取り出し軽い化粧直しをしてからドアを開ける。

部屋に入って来たのは警察官二人と鑑識員一人だけだった。

警察が彼女から事情を聴こうとペンと手帳を取り出して彼女の前に立つ。

鑑識員は俺の側に腰を下ろし首の切傷を見ていた。

もう一人の警察は鑑識の反対側に立ち俺を見下ろす。


「綺麗に横一直線で切れてますね。」と鑑識の男は事務的な声で言った。


「あの女が殺ったと思うか?」

熊の様に体がでかく髭を蓄えた警察官が言った。


「可能性は低いと思いますよ。彼女には返り血を

浴びた様子は見られませんからね。」


「俺達が来る前に血を洗い流しているかも。」

熊の様な男は苛立ちを隠しながら呟く。


「死亡推定時間は僕たちが来る20分前だと思います

よ。その短い時間で完全に洗い落とすのは難しい

かもです。彼女がプロの殺し屋なら話は別ですけ

どね。まぁ映画の見すぎか。」

鑑識の男は俺の目の中を覗きこんで微笑んだ。


警察官は鑑識の男を見つめて口を開く。

「お前は部屋に入った時に女を見ただけでそれが

言い切れるのか?あの一瞬で解ったのか?」


「僕の目に狂いはありませんからね。」

鑑識の男は事務的に、やや気だるそうに作業をしながら警察官を見ずに答えた。

警察官はそれ以上何も言わなかった。


彼女から事情聴取をしていた若い警察官が俺の足元に駆け寄ってきた。

「警部、奥さんから話を聞いたんですけど、彼女は

看護婦で夜勤が終わって帰ってきた時には夫は

亡くなっていたそうです。

脈があるか左手に触れて確認した所無かった

そうです。それと彼の交遊関係を聞いた所、

友人と呼べる者はいないそうです。

仕事は順調、広い家に住んでいてお金にも困ってな

い。単なる強盗ですかね?」

そう言い終わると若い警察官は俺の顔を見て口角をくいっと上げた。


熊の様な男は煙草に火を着けようとしてる彼女を睨みながら口を開いた。

「それは無い。絶対無い。物盗りなら留守を狙う。

間違って鉢合わせたなら部屋の中が少なからず乱

れるはずだ。この部屋は綺麗すぎる。

壁や床に血が付いてるだけで不審な所がない。

目的はこの男を殺す事だけだろう。

彼が死んで得をするのは誰だ?誰だと思う?」


彼女は煙を吐き出し警察官に微笑みを送った。


煙草の煙が部屋の中で踊る様に舞い上がっていく。

俺はそれを眺めていた。

ずっとそうしていたかった。

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煙草の煙の様に タッチャン @djp753

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