Ⅲ 原点回帰

「――フフ…始まったようだな……」


 そうして放課後の校内が次第にザワつきを増してゆく中、俺は独り各地から入って来る状況報告をスマホで耳確認しながら、静まり返った放送室内で密かにほくそ笑んでいた。


 俺は放送委員でもなんでもないので、普段は足を踏み入れることなどまるで皆無の場所であるが、やはり〝原点回帰倶楽部〟の結社員である放送委員のコネを使い、その手引きで今回特別に入れてもらったのだ。


 言わずもがな、今、校内で起きているバレンタインに関するこの騒動は、我ら原点回帰倶楽部によって仕掛けられたものである。


 昨日のSNSメッセージでも指示したとおり、女子結社員達が事前に用意していた「絞首刑にされる聖ウアレンティヌス」形のチョコレートを、もらう当てのない男子の元にはこっそりと忍ばせたり、あるいは女子の持ってきたチョコレートを外装はそのままに中身だけすり替えたりと、今日は朝から結社員総出で、各自分担した任務を密かに実行していたのである。


 くだらないことなのに随分と手の込んだ、しかも、ひどく趣味の悪い悪戯だと思われるかもしれない……。


 だが、そもそもセントバレンタインデーとは聖ウァレンティヌスが絞首刑に処された日を記念したものであり、また、彼ばかりでなくキリスト教の聖人の日とは、そうした残虐なやり方で殉教し、聖人に叙された人々を忘れぬための祭りの日なのである。


 本来の意味も知らず、ただ浮かれ騒ぐばかりの迷える子羊達に、そのことを理解させるにはこれくらいのインパクトが必要であろう……。


 これが、我ら原点回帰倶楽部の部活動なのだ。


「では、俺も愛する全校生徒達に、聖ウァレンティヌスよろしく一言送るとするかな……」


 最後の仕上げに俺はボイスチェンジャーをマイクの前に置くと、全校放送のスイッチを厳かにONにする。


 ピンポンパンポーン…!


「やあ、マイブラザー&マイシスターの皆さん、我々からのプレゼントは気に入ってもらえたかな?」


 放送を告げるチャイム音が鳴りやんだ後、俺はボイスチェンジャーに顔を近づけ、おもむろに口を開く。


「君達が今、目を白黒させて見つめているそのチョコレートの老人こそが、この2月14日に絞首刑にされ、その記念日の由来となった聖ウァレンティヌスさんだ。これからは恋人、あるいは友人からもらったチョコレートをニヤニヤしながら味わう際、この迫害の末に処刑された哀れな老人のことをぜひとも思い出してくれたまえ……以上、〝あなたのバレンタイン〟からのお知らせでした」


 まるで誘拐犯の電話かワイドショーの証言者か何かのように、滑稽なほど甲高く加工された俺の声が、いまだ騒めき収まらぬ夕暮れ時の学校内に響き渡った。


                                                           (真・聖バレンタインデー 了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真・バレンタインデー 平中なごん @HiranakaNagon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ