Ⅱ 異変

 翌、セントバレンタインデー当日の放課後……。


「――えへへ…やった。今年はチョコもらえたよ……あの子からだったらいいな……」


 自分の下駄箱にカワイイ包み紙で巻かれたチョコと思しき物体を見つけ、一人の男子生徒が人気ひとけのない校舎の裏でさっそくその包みを開けようとしていた。


「さてさてぇ~どんなチョコなのかなあ? やっぱオーソドックスにハート形かなあ……」


 期待と緊張に満ちた顔で、そのあまりイケメンの類とはいえない男子生徒は丁寧に包み紙を開け、おそるおそる中の箱の蓋もとる……。


「…っ!? ……な、な、な、なんじゃこりゃあぁぁぁ~っ!!!」


 だが、その中に鎮座する暗褐色の甘い菓子を見た瞬間、彼はひどく蒼白い引きつった顔で、地獄の悪魔にでも会ったかのように断末魔の叫び声を上げた――。




 また、オレンジ色の西日に染まる、静かになった放課後の教室の片隅でも……。


「――それじゃあ、いっせーのーで開けよっか?」


 互いに手作りのチョコを交換しあった仲の良い女子達三人が、机の上に広げたそれの箱を合図とともに開け、この世代独特のキャッキャッとしたノリで各々の出来栄えを披露しよとしている。


 「んじゃ、いくよ~……いっせーのーでっ! …キャっ!」


 しかし、先程の男子生徒同様、そこにあるチョコレートを見た瞬間、皆、一様に血の気の失せた顔になって短く悲鳴をあげる。


「な、なにこれ………やだ、気味悪い……」


「あたし、こんなの作ってないよ……」


「わたしだって……誰かの悪戯? だとしたら趣味悪すぎ……」


 それまでの弾んだ雰囲気とは一変、暖色に染まる教室の中でも薄ら寒い空気を感じながら、彼女達はその見知らぬチョコレートを震える瞳で見つめた――。




 さらに、愛の告白をする際の定番スポットとなっている、体育館裏のない広場でも……。


「――ほらあ、早く行きなって!」


「勇気出して! ファイトっ!」


「う、うん……」


 付き添いの友達二人に背中を押され、見るからに純朴そうな一年生女子が、真っ赤な顔をして先輩男子の前へ歩み出る。


「は、話って何かな?」


 その部活の先輩である長身の男子生徒は、わかっているくせに少々緊張した面持ちで女生徒を見下ろしながら尋ねる。


「あ、あの……せ、先輩っ! こ、これ、受け取ってくださいっ!」


 女生徒は顔を俯けたまま目を思いっきり瞑り、腰を直角に曲げると両手でハート形の大きなチョコレートを差し出す。


「…………ありがとう。すごくうれしいよ」


 僅かの間の後、彼も彼女に少なからず好意を抱いていたものか、穏やかな笑みを浮かべてそのハートを受け取った。


「ハァ…!」


「やった~っ!」×2


 その返事に女生徒はパッと顔色を明るくして潤んだ瞳を上げ、外野の友達二人も背後で歓声を上げながら飛び跳ねる。


「これ、今開けていいかな?」


「…え? あ、は、はい! ……でも、うまくできてるかちょっと心配だな……」


 一方の先輩は、もらったチョコをさっそく開けてみようと優しげな声で許可を求め、女生徒は慌ててそれに頷いた後、今更ではあるが恥ずかしそうに再び俯いてしまう。


「だいじょうぶだよ。おまえ、お菓子作り得意だったろ? それに、たとえ失敗作だったとしても、おまえからもらったチョコレートならなんだってうれしいよ……」


 そんな純真無垢でカワイらしい女生徒に、先輩はうれしくなるような台詞を口に包み紙を開け始めるのだったが……。


「ハァ…先輩…………? 先輩?」


 その言葉に熱いものが込み上げ、まうます円らな瞳を潤ませる女生徒であるが、先輩はハート形の箱の蓋を開けたところで、なぜだかピタッと固まって動かなくなってしまう。


 いや、それどころか見る見るその顔からは血の気が引いてゆき、大きく見開かれたその瞳は小刻みに震えて箱の中身を凝視している。


「先輩? …………ゲッ! な、何これっ!?」


 呼んでも返事のない先輩に、おそるおそる近寄って箱の中を覗いてみると、同じく女生徒も目を真ん丸くして、カワイイ見てくれとは裏腹な奇妙な声を思わずあげてしまう。


 しかし、それも無理からぬことであろう……


 その箱の中にあったのは、彼女にもまるで見覚えのない、「縄で首をつった老人」の形をしたチョコレート人形だったのだから。


 金型に入れて固めたものか? その修道士のようなローブを着て、白い顎髭を蓄えた褐色の扁平な老人の首には、クラフト紐が結わえられて器用に〝首つり〟を表現している……無論、女生徒の作ったハート形のチョコとは明らかに異なるものだ。


「……もしかして、これって愛の告白じゃなくて吊し上げ・・・・だったり?」


 驚いた顔で首つり老人チョコを見つめたままでいる女生徒と、離れた場所で怪訝に首を傾げているその友達二人を交互に見比べ、額に嫌な汗を浮かべながら先輩はぽつりと呟いた――。

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