ブラックアウト企業の顔パス

ちびまるフォイ

ブラックすぎる会社

ブラック企業株式会社に仕事を始める初日。

ドアを開けると、完全な闇が待っていた。


「暗っ! なにも見えない!」


壁沿いに歩いて電気のスイッチを探すが見当たらない。

真っ暗闇の中でキーボードを打つ音だけが聞こえる。怖い。


「……君が今日配属された新人かな?」


闇の中から声がする。


「あ、はい! 私です! どこですか!?」


「こっち」


「全然見えません!」


「うちはブラック企業だからね」


「そういう意味でのブラック!?」


声を頼りに歩いていくと自分の席へとなんとかたどり着いた。

やっておく作業として渡された紙も感触で判断できるが、

そこに何が書かれているかまでは暗すぎてわからない。


「コーヒーいれようか」


「ありがとうございます。砂糖は2コでお願いします」


「うちはブラックだけだよ」


徹底されたブラック縛り。

こうも暗くては仕事のしようがないのでスマホのライトをかざした。


「うお! まぶしっ!」

「ちょっと! 明かりつけてるの誰!?」

「新人! なに明かりつけてるんだ! 消せ!」


「すすす、すみません!」


慌ててスマホのライトを消すとまた暗闇に戻った。

コト、とコーヒーカップが机に置かれた音が聞こえる。


「うちはブラック企業だから明かりはダメだよ。

 せっかく暗闇に慣れてきた目が戻されちゃうからね」


「慣れるんですか、この暗さで」

「そういうもんだよ」


先輩の言っていることは半信半疑に受け取っていたが、

暗闇にじっと耐えること数十分ほどで、やや見えるようになってきた。


慣れてしまえばこっちのもので、仕事を進めるとあっという間に退社時間。


「おい、新人。もう16時だから退社時間だぞ」


「いえ、あの、今日は目が慣れるのが遅かったので仕事が残ってて残業を……」


「うちはホワイトなブラック企業だから残業できないんだよ」


矛盾しているような言葉で仕事を終えた。

外に出ると、日が落ちていても会社よりは明るい外に目がくらんだ。


翌日、会社の闇に目を早く慣らせるために、真っ暗な家で生活したまま出社。


「おお、昨日よりもずっと暗闇がわかるぞ」


昨日は濃密な闇だけしか見えなかったが、徐々に会社内部の輪郭も見えてきた。

やたらぶつかったり、階を間違えたりもしなくなる。


仕事は難しくもなく、忙しくもなくで、いつも残業なしで早めに帰ることができる。


小学生の頃と同じくらいの自由な時間が手に入った。

はずではあったが。


「社長、私、この仕事を辞めたいです」


「はやっ! まだ配属されて3日目じゃないか。

 仕事の内容が君には辛かったのか?」


「いいえ、とても簡単でマイペースにできて最高です」


「職場の人間関係とか?」

「いえ、みなさん協力的で助かっています」


「それじゃ、どうして辞めるんだ。このホワイトな会社を」


「暗すぎるからです!!」


「根本的なこと言い始めちゃったね……」


「この会社が暗すぎるから、家に帰っても明かりはつけられません。

 休日になっても平日に闇慣れした目の影響で昼間には外も出れません」


「なるほど……」


「私はドラキュラじゃないんです! 昼間も外に出たい!

 仕事とプライベートを取るなら、プライベートの充実を取ります!!」


「わかった。君がそこまで言うのなら、辞めるのを認めよう。 

 ただ、君がまた戻りたくなったときのために席は残しておこう」


「社長……! 私のことを覚えてくれるんですか!」


「もちろんだ。社員は会社にとって大事な宝だからな」


などの経緯でスピード円満退社した俺は普通の明るい会社へと就職。

ごく普通の社会人としての生活がはじまった。


「今日からよろしくおねがいします!」


新しい会社にやってくると、さっそく仕事を任された。

任された仕事の量はかつてのブラック企業の半分以下だった。


「ちょっと物足りないなぁ」


早々に仕事を終えて提出すると、部長は目を点にしていた。


「新人君、なんて早さだ。これは熟練の社員でも1日いっぱいかかるのに!?」


「……いや、遅すぎじゃないですか、それ」


周りを見ると、自分がサクッと片付けた仕事を残業している人もいた。

やることもないので帰ると、残った社員からは嫌な視線を感じる。


(ちょっと仕事できるからって、いい気になりやがって)


その視線を感じたのは偶然ではなく、のちの職場いじめへと発展した。

誰がどこにいるか見えてしまうことで、お互いの差に気づいてしまう。


「ああ、そうか。ブラック企業では真っ暗だったから

 みんな自分の仕事に没頭できたからあんなに仕事がスムーズだったのか」


ブラック企業ではサクサク進んだ作業も、

明るい場所で仕事をしてしまえば目から入る余分な情報が邪魔をする。

誰が何をしているのか見えてしまうことで余計なストレスを与える。


ブラック企業がどうして暗くしているのか、わかった気がする。


「社長、私、この会社をやめたいんです」


「早いよ! まだ配属して1週間じゃないか!」


「この会社に入ってみて、前の仕事の良さに気づけたんです。

 やっぱり自分が間違っていました。前の会社に戻ります!」


ブラック企業の社長は席を残すと言ってくれた。

それはきっと、他の会社を見ることで

ブラック企業の良さがわかると知っていたからだ。


俺は古巣のブラック企業へと戻った。


「社長! 戻りました! 私が間違っていました!

 またこの会社でお世話になります! この顔、覚えてますよね!?」


すると、暗がりの向こうから社長が答えた。



「ここまで暗いと社員の顔なんて見えるわけ無いだろう。

 それに、さっき君と同じことを言った人がいたから、彼が就職したよ。

 いったい君はどこの誰なんだ?」

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