鬼小町・淡くて小さな恋の歌⑤


「つっかれたぁ」


 夕暮れ染まるムラクモ内部の広い廊下を、肩を落としてとぼとぼと歩く。


 僕らの屋敷があるムラクモ十三階層、居住区まではもう少し。


 この疲弊し脱力する身体でも、僕の帰りを待つナナカさんの姿を思い起こせばほら!

 こんなに元気──────。


「……タオ」


「──────うわぁっ!!!!」


 びっっっっっくりしたぁ!


「……すまん」


「ガっ、ガッくん!?」


 疲れでおかしくなった勢いで奇抜な動きしてる時に急に話しかけるのやめてくれないかな!?

 びっくりするし恥ずかしいでしょう!?


 それと曲がり角で気配も無く立つのもやめてって、前から何度も何度も言ってるじゃんか!!


 ムラクモ内部に無数に走る連絡用通路の、しかもよりにもよって照明や夕暮れの日差しすら当たらない位置に何故か身を潜めていた僕の幼馴染──────斬斬ざんぎりガリュウが立っている。


 壁にもたれ掛かって腕を組み、腰まである長い長髪。

前髪を無造作に垂らし、宵の夕闇に紛れて顔を隠しているせいもあって本当に表情が読み取れない。


「な、何やってるのこんな所で」


 ここは広いムラクモ内部でも外周の、殆ど人の通らない通路だ。

 父様から『お前は極力自力で昇れ。楽しようとするな』と言付けられてなければ、わざわざ通ったりしないほど。

 中央部の昇降機エレベーターが使えるのなら、こんな通路を使用したりなんかしない。


「……お前を待っていた」


「僕?」


 それなら何も、こんな場所で待たなくても良いのに。

 新しい僕らの屋敷の場所、ガッくんにも教えたはずなんだけどな。


「……お前は、頭領から昇降機エレベーターの使用を禁じられている」 


「父様の嫌がらせでね!」


「……嫌がらせでは、ないだろう。そんなまさか、頭領に限って。おそらく、なんらかの意図のある修行では……ないか?」


「高々ムラクモの登り下りを省略した程度でなんの修行になるってのさ! 飛竜で里の表層に飛ぶのは認められてるんだよ!?」


 父様はたまにそー言う子供っぽい嫌がらせをしてくるんだ。

 気まぐれで意地悪だから、本当に意味の無い絶妙にめんどうくさい事ばっかり!


「……そ、そうか。まぁ、ここで待っていればお前が来ると思っていた。少しだけ話がある。時間、あるか?」


「えっと、今日は来客予定があるからあんまり時間は無いんだけど。僕らの家じゃダメなの?」


 ナナカさんの美味しい手料理を振る舞ってあげるのもやぶさかじゃないよ?

 すっごい美味しいんだよ?

 日に日に上達していくのがはっきり分かるんだ。

 元々基本は出来ている人だから、母様やトモエ様みたいな腕の良い指導者が見てくれていたらあっと言う間に──────。


「……すまん。あんまり他人に聞いて欲しくない話、でな」


「──────そっか。珍しいね。ガッくんがそんな事相談しに来るの」


 ヤエモンやキサブロウ、僕の年下の幼馴染達なら結構僕に色々と相談しに来たりするんだけど。

 ガッくん──────ガリュウは僕ら仲間内での兄貴分だもんね。

 常日頃から下の者の手本となる様にっ言うのは、僕も母様たちに口酸っぱく言われている里の決まりみたいな物だ。

 ガッくん、真面目だから。

 僕らに弱みとか、頼りないところとか見せたく無いんだろうな。


「良いよ。少しぐらいならサエだって待ってくれると──────」


「待て。来客とは、サエ様の事か?」


 着物の両襟を掴まれてグイッと来た。

 いつものガリュウからは想像も出来ないほど切迫した表情で、僕に肉薄してくる。

 普段は薄く閉じられた眠そうな両目をぐわっと開き、血走ったまなこをギョロリと剥き出している。


「──────あ、う、うん。サエが、話が、あるみたい……で」


 そのあまりの異様な迫力に、少し気圧されてしまった。


「悪いタオ。いや、タオジロウ様。この話は聞かなかった事にしてくれ」


 そう言い放つと、スタスタと早足で廊下の奥にガリュウは進んでいく。


「……たっ、タオジロウ様ぁ?」


 祭事や新年の祭りでしか使わない呼び名を、何故今ここで使ったのか、さっぱり分からない。

 確かに僕は亜王院の長兄。里にとって次期ムラクモの里の頭領を継ぐ権威ある地位に居る。

 だがしかし、父様はそう言う威張り散らした様な扱いを何よりも嫌うから、僕は他の子達と同じ様にこき使われるし、実際そう偉くない。

 親しみを込めて『若様』なんかと呼ぶ人も居るけれど、そう呼ばれる事を嫌がる僕を茶化しているのが正解だ。


 特に兄弟同然に育って来たガリュウが、僕をそんな風に呼ぶのは──────おかしい。


「待ってガッくん」


 慌ててその背中を追う。


「ねぇ、ガッくん! ガリュウ!」


 なんか変だぞ?

 なんでサエの名前を出した途端に態度を変えた?


「ガリュウ! 止まれ!」


 なんで、あたかも逃げる様に僕から遠ざかる?


「ガリュウ! なんだよ! 言いたい事あるなら言ってよ!」


「無い。言いたいことなぞこれっぽっちも無い」


「さっき相談があるって言ったじゃんか! ガリュウ! 僕を見ろ!」


「気のせいだった。寝ぼけていたのかも知れん」


「夕方に寝ぼける阿呆がいるか! 良いから僕の目を見て話せ! なんで逃げる!」


「逃げてなどいない! しつこいぞタオ!」


「あんな気になる避け方されれば、しつこくもなるだろ! サエと何があった!」


「何も無いと言っている!」 


長いムラクモの通路で、僕とガリュウの追いかけっこが始まる。


 初めは早足。やがて駆け足。そして疾走・


 ついには全力の鬼術を用いた、捕物にも似た追走。


『うおっ!』


『若様っ!? それにガリュウまで! なんの騒ぎで!?』


『こら若様っ! ガリュウ! 危ないじゃ無いのさ!』


 いつの間にか到着していた居住区の壁や木々、果てには天蓋の観音開きまでもを飛び跳ねながら、僕とガリュウは逃げる追う。


 それに巻き込まれた里のみんなが、驚いたり怒ったりと居住区が一気に騒がしい。


「ガリュウ! 何か都合の悪い事があったら黙る癖、直した方が良いよ!」


「それはタオもお互い様だろう!」


「僕はみんなに隠すほど後ろ暗い事なんか一つもないぞ!」


「そうか!? 俺は知っているぞ! 倉の鍵を壊したまま、頭領に告げれずに森に埋めただろう!?」


「三年も前の事じゃ無いか!! それにアレは結局バレてしっかり怒られました!!」


「他にもだ! 大飛竜ラーシャと夜な夜な飛び出して、明け方こっそり帰って来てた時期もあっただろう!」


「アレはラーシャが長い間病気で伏せっていたから、治ったら遊ぼうって約束を守っただけだ!」


「背が低い事を気にして、下界の商人に騙されて買った背の伸びる丸薬! 結局ただの栄養剤でただ銭だけ失ったアレもみんなに内緒だったか!?」


「ガリュウ!!!」


 言っちゃいけない事言ったなお前えええええ!!

 アッタマ来た!


「刀を抜けガリュウ! こうなったら力づくでも何を言おうとしたか聞き出してやる!」


 僕は腰に差していた無銘の愛刀を抜き、居住区の外れの家畜小屋の屋根に降り立つ。


「ふんっ! 良くも言えたもんだなタオ! それは一度でも俺に勝った事がある奴の言葉だ!」


 ガリュウも背中に差した二対の長刀の内、青い房飾りが柄に施された方を抜き差した。

 青の『失墜』、緑の『頂天』。

 ガリュウの得意とする物質操作系鬼術を強化補助するムラクモの刀匠──────ガリュウのお父さんであるリリュウさんが鍛えた名刀。

 薄く脆いが切れ味に優れたその刀の威力を、僕は嫌と言うほど知っている。


 なにせ僕は稽古だろうが喧嘩だろうが、ガリュウに勝てた事は今まで一度だって無いのだから。


 だけど!


 でも!


「いつまでも弱い僕だと思うなよ!!」


「吠えてろ馬鹿タオ!」


「うっさい阿呆ガリュウ!」


 すでに宵も更けて、薄暗い居住区に法術灯が点灯している。


 何事かと集まった野次馬な里の人達が、僕とガリュウを家畜小屋ごと取り囲んでいた。


「行くぞ!」


「来い!」


 それぞれ掛け声と共に、屋根を蹴って宙に躍り出る。


 僕は『無銘』を上段に振り上げ、ガリュウは『失墜』を下手に構え切り上げた。


「うおおおおおおお!!」


「はぁああああああ!!」


 そしてお互いの剣が交差し、鉄と鋼がぶつかり火花が──────。



『さっきからやかましいぞクソガキども!』


 ──────出なかった。


「へぶっ!」


「ぐあっ!」


 突然現れた僕の父様、亜王院・アスラオがこめかみをピクピクと動かして青筋を浮かばせながら、僕とガリュウの頭を思いっきりぶん殴ったのだ。


 その冗談みたいに大きなゲンコツで。


「くぁっ……!」


「ぐっ……!」


 体勢を崩した僕とガリュウは、意識も朦朧に地面へと叩きつけられて身悶える。


「何があったか知らねぇが! 喧嘩ならお天道様が見てる間にしやがれってんだ!」


 一人だけ綺麗に着地した父様が、腕を組んで鼻息荒くそう怒鳴る。


「と、とと、さま。いきなり……」


「とう、りょう……」


 突然の衝撃で舌が回らなくなった僕とガリュウが、父様に向けて非難の目を向ける。


「おら小僧ども。喧嘩両成敗だ。話は屋敷でとっぷり聞いてやる」


 奥襟をがっしり掴まれて、無理やり引き起こされる。

 そのままズルズルと引き摺られた。


「父様、待って! 僕歩けますから!」


「頭領、俺も……立てます」


「うるせぇぞこの悪戯小僧どもが!」


 僕とガリュウはそのまま、父様に小言を言われながら亜王院の屋敷へと連行されたのであった。


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鬼一族の若夫婦〜借金のカタとして嫁いで来たはずの嫁がやけに積極的で、僕はとっても困っている〜 不確定ワオン @fwaon

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