鬼小町・淡くて小さな恋の歌④
「おーい!」
飛竜に優しく指示を出して、サエとナナカさんの居る非常階段へと向かい大声で声をかける。
飛竜は僕の意図を素直に察してくれ、ゆっくりと翼を羽ばたかせ二人の居る非常階段へと向かってくれた。本当に頭の良い子だ。
空から響く僕の声にキョロキョロと辺りを見回した二人、最初に気づいたのはサエだった。
「げっ、タオ兄様!?」
まるで怒られるのが確定しているイタズラが見つかってしまったかの様な、そんな露骨に嫌そうな顔をしたサエは、膝の上に置いていた布の束を慌てて背中へと隠す。
「タオ様、どうなさいました?」
対照的にナナカさんは僕の姿を確認すると嬉しそうにはにかみ、着物の裾を押さえながら立ち上がる。
僕は欄干に着地した飛竜の背中から階段の踊り場へ飛び乗る。
撫でて欲しそうに首を伸ばす飛竜を、求められるがままに撫で回しながら二人をチラチラと見る。
「僕は仕事の途中です。二人こそ、こんな風が強くて寒いところで何を?」
見た感じ、何か知られたくない事をここでしていたのは分かる。
僕が聞きたいのは、何を隠しているのかだ。
この里の住民にとって最も重要な
無理やり連れて行かれたナナカさんはともかく、サエにとってはとても重大な事なのだろう。
聞くのも野暮だとは思うけど、兄としては一度だけでも問わねばならない。
僕はサエを信じているけれど、それでもやっぱり心配なんだ。
「あ、あの。な、何でもないの! 本当なんでも無いから! だからタオ兄様は気にせずお仕事にお戻りくださいっ!」
挙動不審に視線をキョロキョロ、身体をソワソワさせているやつの台詞じゃない。
「お馬鹿。それが何でも無い態度なわけないだろう。怒ったり怒鳴ったりしないから、兄様に洗いざらい白状しなさい」
「うっ、ううっ!」
顔面を見る見るうちに青ざめさせながら、サエは泣きそうな瞳でナナカさんへと無言で助けを求めた。
釣られて僕もナナカさんに視線を移すと、困った様に笑って首を傾げている。
「サエ様、見つかってしまってはしょうがないですよ。
再び膝を折って、ナナカさんは階段に座るサエと視線を合わせた。
まるで小さな子供を説き伏せる様に優しい声でそう言うと、愛おしそうにその頭を撫でる。
「な、ナナカ
「大丈夫。大丈夫ですよ。貴女の兄様も、それにお義父様やお義母様方もお優しい方です。きっと貴女の悩みもちゃんと聞いてくださいます。この里に来てまだ日の浅い私なんかでは、助言しようにも分からない事ばかりで、貴女の役に立てそうにありませんから……ごめんなさいね?」
「う、ううん!? ナナカ義姉様に話を聞いて貰って、サエはとっても気が楽になりました! 役に立たないなんて、そんな事無い!」
「そうですか? 多少なりともお役に立てたのなら、良かったのだけれど」
僕のお嫁さんと妹が、何だかほっこりした様な雰囲気で浅く抱き合っている。
その光景は兄としても旦那としても仲が良くて嬉しいのだけれど、話がさっぱり見えなくてちょっと困る。
「えっと、そんなに話辛い事なのか?」
「う、うん。絶対、絶対反対されるだろうし……」
トモエ様譲りの明朗にして快活な普段の姿からは想像もできないくらいしおらしくもじもじとしているサエを見るのは、生まれた時からずっと側にいる僕でも初めてだ。
「その手に持ってる布……反物? それと関係あるって事?」
「こ、これは! あ、あぅ。はい、そうです。関係あります……」
隠した筈の証拠をバッチリ押さえられ、観念した様にサエは自分の胸に大事そうに抱き直した。
「タオ様、やはりサエ様にも決断するお時間が必要ですし。ここは私に任せてタオ様は先にお仕事を済ませて来てくださいまし。夜に私共の部屋でお話ししましょう。ね? サエ様もそれで宜しいですか?」
「あ、う、うん。ちょっと、時間をください兄様……」
ナナカさんに肩を抱き寄せられ、優しく頭を撫でられながらサエは頷く。
「…………分かりました。僕だってこんな問い詰める様な真似、本当はしたくないんです。でもトモエ様だって最近のサエの様子を訝しんでるし、それに大事な里の仕事をサボったんだ。納得の行く説明をして貰わないと、僕だって庇いきれませんから。分かるよな?」
最後にサエに向かってそう言うと、サエはさらに顔を暗くして無言で頷いた。
「じゃあ、ナナカさん。妹の事、よろしくお願いします」
「はい。私だって義理とは言え姉ですから。可愛い妹の可愛い悩みくらい、いつだって聞きます」
「な、ナナカ義姉様……」
その言葉にサエは顔を上げ、嬉しそうに表情を明るくした。
「それじゃあ続き、始めましょうか。時間が無いんですよね? 私も最後まで手伝いますから」
「う、うん! よ、よろしくお願いします!」
鼻息荒く抱きしめてた反物と布の束を拡げ、縫い付けていた針と糸を手に取るサエ。
裁縫……?
あの、サエが?
最近まで木刀片手に里中を走り回り、男の子に混ざって剣の稽古でボロボロになっていた、あのサエが?
「きゅうう?」
「あ、ごめんごめん」
空気を読んで待機してくれていた飛竜が、僕を急かす様に頬を頭に擦り付けて来た。
早く
手早く欄干を蹴って、飛竜の背中に飛び乗る。
「それではタオ様、行ってらっしゃいまし」
「はい、行って来ますね。ナナカさん」
にこやかなお嫁さんに見送られて、僕と飛竜は再び空へと舞い出る。
何だかモヤモヤしたモノを心に残しながら、僕は小さくなっていく二人の姿をずっと見ていた。
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