鬼小町・淡くて小さな恋の歌③


「それでタオ坊。サエはどこ?」


 にっこり笑ってそう尋ねてくるトモエ様に、僕は恐怖を感じている。


 ここはテンショウムラクモ最下層の格納庫。

 

 大きな荷を積んだ馬車に繋がれた馬達と、それを引っ張って飛んで来たであろう若い飛竜ワイバーン達が一時の休息とばかりにお水をじゃぶじゃぶ飲んでいる。


 その周りでは里の男手達がわらわらと荷を降ろし始めていた。


「え、えと。ぼ、僕にもわかりません。一大事とかなんとかで、今日はお休みをしたいって……」


 トモエ様の笑顔の圧力にたじろいで、僕はまごまごと答える。

 サエの奴、結局休む理由を言ってくれなったもんだから、庇ってやろうにもやり様が無いじゃないか。

 僕が嘘と言い訳が壊滅的に下手なの、アイツだって知ってるだろうに!


「へぇ。あっ、そう。そうなの? ふーん」


 怒ってる。

 美しい笑顔を顔に貼り付けつつも、心の中では煮えたぎる怒りがグツグツと吹きこぼしそうな程怒っている。

 怖い。

 怖いですトモエ様。


「ずぅっと、ず~~っと前から言いつけていたのに休むって? 里の仕事以上に大事な用事って、一体何かしらねー? ねータオ坊? タオジロウお兄様ぁ?」


「い、いや。なんだかサエの奴も焦ってましたし! それにほら、今日ぐらいの荷の量なら僕がアイツの分まで頑張れば余裕でしょう!? やりますよ僕は! やってやりますって!」


 そう言いながら僕は袖を捲って二の腕を晒し、力こぶを作ってトモエ様に見せつける。


「──────はぁ。ロクに家の手伝いもしないってのに、あの娘ったら」


 トモエ様はそう言って、額に手を当ててため息を吐いた。


「最近あの娘、なにか変なのよね。妙に部屋に入られるのを嫌がるし、やけにお小遣いねだってくるし。タオ坊、アンタ理由分かる?」


 甘えたがってすり寄って来た馬の顔を撫でながら、トモエ様は頭を捻った。


「そうなんですか? 僕の前だと普通でしたけど」


 サエが小遣いを欲しがるなんて珍しいな。

 アイツってば男勝りなもんだから、滅多な事は着物用の布や装飾品なんか欲しがらないし、食い意地は張ってるけど外で買うまでじゃないからお金なんか使わないのに。


「ふーん。反抗期かね。まぁ、今日はいいさ。ナナカも引っ張って行っちゃたんだろう? 妹を甘やかした罰としてタオ坊、アンタにゃキリキリ働いてもらうからね? 働き手はいつだって不足してるんだから!」


「はっ、はい! 頑張ります!」


「ほら急いだ急いだ! 良いかいみんな! 明日の昼までにゃあ馬車の整備も終えて、夜には荷積みも済まさないといけないんだ! 西の方の都じゃもうじき祭りも始まるってんで掻き入れ時だからね! 分かったかい!?」


 腹の底から声を張り上げて、トモエ様が里のみんなに発破をかける。


『応っ!!』


 その声に皆が威勢よく応えて、作業は着々と始まった。

 

 僕も駆け足で一匹の飛竜の元に寄り、鞍に繋がれた太い捻縄を外してやる。


「きゅあっ!」


 作業中の僕に額をすりすりと擦りつけて、若い飛竜は嬉しそうに鳴いた。


「うん。お疲れさま。馬車は重かったろう?」


 僕は背中と額を優しく撫でまわしながら、長旅の労をねぎらう。


 僕らの隊商キャラバンの主な販路はその殆どが陸路だ。


 一部隊につき馬車が六台から七台。

 それを三つの部隊に分けて、この大陸を周回している。

 

 大飛竜ラーシャほど体の大きくないこの飛竜達にはそう多くの荷が積めないから、普段は小規模の村落や集落への小荷物の配達だったり、お遣いをお願いしている。


 でも今回は陸路に出ている、総数二十台もの馬車をムラクモに戻すために頑張ってもらったから、力持ちでいつも元気な飛竜達も疲れているみたいだ。

 なにせ一台につき四匹もの飛竜で空まで引き上げて来たんだ。

 かなり大変だったと思う。


「きゅくるるるる」


 喉を鳴らしながら甘えてくるこの飛竜は、最近巣立ちを終えたばかりの年若い奴だ。


 最近巣立った奴らは、人を乗せる練習として僕が相手をしたから皆知っている。

 僕が知らない飛竜は、年老いて巣の奥で養生している古い奴らだけ。


 こう見えて僕は、里で一番騎竜の扱いが上手く、そして好かれていると自負している。

 これだけは父様にだって負けない自信があるんだ。


「あははっ、ほら鞍外してやるから。巣に戻って沢山遊んで来な?」


「きゅあっ!」


 重たい鞍を外した途端、飛竜は嬉しそうに一鳴きして翼ばたき、格納庫のハッチから飛び出して行った。


「きゅううっ!」


「おわっと、わかったわかった。そう慌てなくてもお前のも外してやるから」


 その光景を見ていた他の飛竜達もこぞって僕の体を頭で押してくる。


「若様ぁ! こっちはあっしが降すんで、それが終わったら馬達を馬房に戻してくだせぇ!」


 馬車から馬を外していた鍛冶衆のソウゲンさんがそう僕に指示を出した。


「了解です! んじゃちょっと木籠コンテナを下ろして来ますね!」


 ムラクモ最下層から、表層部へと直通する昇降機エレベーターはまだ稼働していない。

 だから馬達をムラクモ表層に上げる為には、九層部の外周に設置してある木籠コンテナを魔導式起重機クレーンで降ろさないといけない。


「きゅあっ」


「うわっ」


 飛竜の一匹に突然背中を押されてよろけてしまった。

 振り返ってその姿を見ると、鼻息荒く僕に背を向け、翼根を広げてなにか自信満々な顔をしている。


「僕を上層まで乗せてってくれるの?」


「きゅうっ!」


 やる気に満ち溢れた返事だ。頼もしいったらない。


「ありがとな? じゃあ皆の鞍を外すまでちょっと待っててな?」


「きゅあっ!」


 飛竜はとっても賢い。

 僕とソウゲンさんの会話を聞いてしっかりと理解していたのだ。


「よし、これで最後っと。じゃあお前、上までよろしくな?」



 最後の一匹の鞍を外し終え、待っていてくれた飛竜の背に跨る。


「若様っ! 鞍を着けないと危ないですよ!」


 ソウゲンさんが慌てて僕に注意をする。


「大丈夫ですよ! こいつ、飛ぶの上手ですから!」


「せめて手綱ぐらい!」


「平気平気!」


 遠出するならまだしも、上層に行くだけの騎竜に鞍なんか必要ない。

 僕と飛竜は仲良しだし、もう何千回もこの空を飛んでいるんだ。

 飛竜を信用して、その身をしっかりと預けさえすればなんの問題も無いのだ。


「それっ!」


「きゅあああああああっ!」


 声高らかにいなないて、飛竜は格納庫の床を蹴る。


 大きく一度二度翼ばたくと、そのがっしりとした身体がふわりと飛び上がった。


 風を翼に受けてハッチを出る。

 上昇気流を上手く翼で拾い、飛竜と僕を雲海へと潜り込む。


 頬に当たる雲が水滴となって僕らを濡らすけど、やっぱり空を飛ぶのは気持ちが良い。


「お前っ、離陸が上手くなったね!」


「きゅあっ!」


 褒められたのが嬉しかったのか、飛竜は声を上げて錐揉みしながらその身を回転させた。


「すぐ調子に乗るっ! ダメだぞっ!」


「きゅうん……」


 そういうとこ、雛竜だった頃から直ってないなぁ。

 良いところは褒め、悪いところはしっかりと叱るのが僕流の飛竜のし着けだ。

 そうしないと、いざ人や荷物を載せた時に事故を起こしかねないからね。


 でもやっぱり、前にこの子に乗った時は離陸がぎこちなかったのに、成長が早いなぁ。

 僕は乗った事にある飛竜のクセを全て覚えている。

 

 この子は離陸が苦手。あと風を掴んだ時に大きく身体を反らしてしまうクセもある。

 他の子だと気流が乱れるとすぐに怖がったり、雨を嫌がったりする子だったり、逆に日が照ると暑がってグズったりする子が居たりと、同じ飛竜でも皆クセがバラバラだ。


 僕と一番仲の良い大飛竜ラーシャは雷が嫌いだから、嵐の日は飛たがらない。


 里の他の人は細かすぎて分からないって言うけど、一度乗ってみたらすぐに分かる。

 だって飛竜はどの子もとっても素直で聞き分けの良い子ばかりだから。


「よぉーし」


 雲の中をしばらく飛び回った後、風を読んだ僕は飛竜の首の根元をポンポンと叩き、上昇する為の拍を取る。

 吹き荒れる気流の流れを読むのも、良い乗り手の必須条件だ。

 小さな頃から飛び回っている僕なら、このぐらいの風なら読むまでもなく見える・・・


「いち、にの、さん!」


「きゅああああっ!!」


 僕の掛け声と同時に首を持ち上げ、僕と飛竜は分厚い雲を突き抜けて太陽の光を浴びる。


 翼はしっかりと風を受け、ぐんぐんと天へと昇っていく。


 中天に聳える真昼の太陽の日差しは強く、目を細めて顔を背けると、眼前にはテンショウムラクモの全景だ。


 魔導式飛翔要塞『テンショウムラクモ』は、表層部に三山と広い森を持つとても大きな建造物だ。

 それを支える要塞部は下に行くほど細くなる逆三角形となっていて、遠くから見たら菱形にも見える。


 下界の人には見えないよう遮蔽隠匿の魔導具で姿を隠しているが、太陽を遮ってできる影だけは隠しようがなく、時々下界の人達に影を見られてちょっとした事件になったりしているそうな。


「きゅう!」


 上手に上昇できた事を褒めてもらいたくて、飛竜が長い首を曲げて僕を見る。


「うん。良く出来たな。偉い偉い」


 首を丁寧に撫ぜながら褒めると、嬉しそうに鼻息を荒くする。


 もう少し遊んでやりたい気持ちを精一杯押し込んで、僕は魔導|起重機

《クレーン》のある九層の外壁へと視線を移す。


「あれ?」


 僕らの住む居住区は、ムラクモ内部の三層から十層までとなっている。

 有事の際の為に一層毎に外壁に非常階段を設けており、勿論九層にも存在する。


 その非常階段に、サエとナナカさんの姿があった。


 ここから大分距離は離れているから小粒みたいな人影だけど、僕がお嫁さんと妹の姿を見間違うはずが無い。


 あんな風の強く、そしてとても寒い場所で何をやってるんだ?


「ん?」


 鬼であるがゆえの良すぎる視力で、その手元も伺う。


「──────お裁縫?」


 サエの手にあるのは、マチ針と糸。


 そして男物の着物だった。

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