24 王女様、商人を観察する


 商人というのは、かつて大陸を収めていた悪辣非道な蟲王の子孫といわれてる。

 蟲王が滅ぼされ、居場所を失った蟲王の一族の人々は定住をしない商人となり、各地を放浪するようになった。

 好々爺の表情を顔に張り付けている商人だけど、そう考えると少し気味が悪い。

 多少こちらから強引に取り付けたとはいえ、あっさりと2900銭という大金を約束した時点で何か腑に落ちないものを感じる。それに100銭がセコイ。

 女の勘は当たる。美女である私の勘は更にあたるはず。

「ねえ、王子、上手くいったのは良かったけど、よくもあんな大金を出せる商人だって分かったわね」

 金糸雀国の復興に向けて食料や木材を大量に積んだ荷台を運び行き交う他の商人に比べて、好々爺の荷物は小さい。牛車一台分だ。

 なんで彼に目をつけたんだろう。

「王女ちゃん、良く見てみなよ。荷車に使われている車輪」

 王子の言葉に、私は荷車の車輪に目を凝らした。

(他の商人のものに比べて汚れてる。

 とっても汚れているけど・・・あの錆色にのぞく素材は・・・)

 鉄だ!車輪に鉄が使われてる!!しかも泥で汚して分からなくしてる。

「車輪に鉄を使える商人が運ぶ品は余程のものだ。高価な品をぎっしり積んだ荷台だ。ここまでの道のりはわざと護衛を減らして誤魔化していたのだとしても、関所では暴かれる。その場合、狙ってくる輩は道中の非じゃない」

「でも、高価な品が復興中の金糸雀国で売れるの?金糸雀国で高値で売れる穀物や建物を建てる木材を運んで、高価な品を持ち出すのが商人の定石でしょう?」

「王女ちゃん、賢いなぁ。じゃあ、そんな中でこんな高価な商品をやりとりしなきゃいけないのは?」

「外交?」

「うんうんうんうん。さすが俺の嫁!!!惚れる!!」

 ぐりぐりと大きな手が私を頭を撫でる。悪くない。悪くないけれど、どの国が金糸雀と結びつこうとしているかは気になるわ。

「じゃあ、どこの国が金糸雀に貢ぎ物を運ぼうとしているの?」

「俺の予想だと黒の国あたりかなぁって思うけど?」

「車輪に鉄を使えるほど鉄に余裕があるのは青の国、朱の国あたりです。青の国ならば堂々と使者を立てて高価な品のやりとりをする。こっそりと商人に託して外交をするならば、朱の国でしょう」

 夏要が目じりをさげてにこにこしながら話に入ってきた。そして、私に向けて頭を下げる。

「王女よ。私は嬉しい!嬉しい!!王女が、聡明でとても嬉しい!!ついでに言うと、あの商人、王子の正体はご存知かもしれません。その点については警戒を解きませんように」

「えっ!?大丈夫なの?」

「大丈夫でしょう。朱の国は黄緑の国とも白狐の里とも距離を置いています。かの国の狙いは黄の国。黄の国の北方に位置する我々の国とはなるべく衝突を避け、黄の国を孤立させたい」

「それは無理じゃない。黄の国は、黄緑の国の始祖。近隣の国とは血縁で結ばれているもの。高貴な黄の国を絶やすという手段は、他の国が許さないでしょ?」

「高貴な国ねぇ。俺からすると血統にあぐらをかいてるだけのつまんねぇ国だぞ。黄の国に何がある?白狐の里みたいに鉄があるわけでもない。黄緑の国みたいに多大な領域と兵(武器)を携えているわけでもない。盟主だかなんだか知らないが、威張りたがるくせに実力のない宗主国など早々に滅べばいい」

 うんうんと頷く、王子の家臣達に蛮族との違いというよりも、黄緑の国と青の国の違いを肌で感じる。

 黄緑の国は、三代前に本家の血筋を殺し、分家が乗っ取った国だ。蛮族の血も文化も積極的に取り入れて北方や西の国への領域拡大を果たしている。

「実力のないものは淘汰される。自然の摂理ですね」

「だな」

 うんうんと、夏要と王子は頷き合う王子。

 私の頭を撫でる彼の手はごつごつして大きいけれど、どこか冷たいように感じられた。





 好々爺の商人が商人節を掲げると、門番は形ばかりの荷物改めをした。

 一番上の長持ちの蓋をあけ、しょっぼい川魚の干物を確認すると鼻を鳴らす。

「護衛がこんな荷物にしては多すぎだなぁ」

と言う門番は、じろっと商人を睨みつけた。

 そうよね。この護衛の人数、荷物に対して怪しすぎるわよね。

 わかるわあ。

 けれど、大柄な王子をはじめとする家臣たちの一団が腰の剣や槍、各々の獲物を鳴らすと、門番は少し怯えたように後ろに下がった。そこに心得たように好々爺が門番に何か握らせ、小さな声で耳打ちする。

そして、まんまと門の中へ入ることに成功した、、、。

 恐怖と賄賂の使い方を学んだ気がするわ。

 こういう風にするのね。




 そうして、何はともあれ門を超えて金糸雀の国へ入れた。

 蛮族とも国境を接している関所は割とゆるかったのに、属邑から本国に入るのはやっぱり難しいものなのね。

 金糸雀の国は、思っていたほど荒れ果ててなんていなくて、新しい建物が立ち並んでいた。人の呼び交う声も盛んだ。でも、路地裏にたむろする孤児達の数の多さが気になった。

 

「さて、護衛の皆様、今宵は金糸雀の宿でゆったりいたしましょう。明日からちょっと忙しくなりますし」

 にったりと笑うその顔に、違和感を覚えながらも私は王子たちと一緒に商人の用意した宿に泊まることになった。

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王女の崖っぷち結婚狂乱曲 そらみや @soramiya

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