第11話


     4


 人間の性質なのか、それとも少し特別な場所と思っているからか、当てもなく歩いていたと思っていた僕らは、この廃墟の中で最も光り輝く場所へと足を運んでいた。

 それはカスミ中央公園にある観覧車だ。ペンキが剥がれ落ち、くちばしの境目が分からないスワンボートが浮かんでいる池を抜けると、視界の開かれた原っぱへと出る。

 観覧車は、現実世界でもそうであるように、少しだけ寂しそうに建っている。

〈パノプティコン〉によってゴンドラは赤錆まみれにされ、ギィギィという軋む音を立てられている。なのに、観覧車全体を覆うLEDの光は現実世界と同じままで、やはり現実世界と同じようにゆっくりと回っている。朽ちた観覧車に不釣り合いな七色に点滅する灯りは、違和感よりも、明るさによる安心感を与えてくれる。

〈パノプティコン〉の中にしか存在し得ない、虚像の観覧車の光。

 その前に、僕とリリカは並んで立った。

 準備は、とうにできている。

「それじゃあマリー、よろしく」

「マリーちゃん、お願い!」

 マリーはこくりと頷くと、光のエフェクトに包まれ、〈USW〉の姿に変わる。

 ホロスクリーンのメニュー画面に、『クラン申請しますか?』という文字が表示される。僕とリリカは迷いなく『はい』を選ぶ。マリーはポップアップウィンドウの中心にある、『承認』を押した。

「わ」

 僕たちは大量の光のエフェクトに包まれた。腕に付けている〈Ymo〉が激しく振動した。

 しかし、一世一代の決意で臨んだ割に、僕らの身に起こったことはそれくらいだった。

 まばゆい光が収まる。

「……お、おお……!」

 感嘆の声を上げた。

 僕らは〈USW〉の姿になっていた。

「これがあたしの〈USW〉の姿……!」

 リリカは身体をねじって、自分の姿を見る。

「うん! なかなかかっこよくない?」

 光沢のある黒いボディスーツは、彼女のチャームポイントである、長く細い脚を強調するようなデザインをしている。胸元が見える程度の露出度はあるのだが、スタイリッシュさが際立ち、いやらしさは感じない。そのボディスーツの上に、フード付きのマントを羽織っている。

 個性的なその格好の中でも最も目立っているのは、リリカの腕力で扱えるとは思えない、斜めがけで背負っている大きな大剣。リリカはいつもギターを背負っているからか、その背中はさほど違和感がなかった。

「おおう、こんな大剣、扱えるかな? って、あれ? 意外と軽い?」

 大剣を振り回す。巨大な長方形の刃は、外側が黒、内側がエメラルドグリーンという、現実世界には存在し得ないであろう近未来的なデザインだ。

 一方僕は、足の先までがっちりと固められた機械的なボディスーツを着ていた。さらに頭には先鋭的なデザインのヘルメット。腰回りに鋼鉄製のナイフホルスターが装着されていて、十本ほど中身が入っている。一つ取り出すと、ホルスターに自動的に新しいダガーが補充された。

 気が引き締まる。これから僕らは、マリーと途方もない戦いをするのだ!

「大剣と、ダガーの〈レゾンデートル〉ですね。カッコイイのです!」

 マリーの肩にいるユングのお世辞を聞き流す。

 僕は今こそアレが必要だと思った。芝生に置いたバックを開けると、アレを取り出した。

「ああ、あたしも、出そうと思ってたんだ!」

「俺もだよ」

 それは僕ら三人が持っている、友情のアイテム。どことなくマリーに似ている、猫のキーチェーンマスコットだ。

 リリカとカナタも取り出した。「あ、そうだ!」と、リリカが、一つ余分に持っていたのだろう、マリーにもマスコットを渡した。

 マスコットを受け取ったマリーは、目の高さまでそれを掲げて、まじまじと見る。

「……これは何?」

「あたしたちの友情アイテムだよ。マリーちゃんにもあげるね。だって、あたしたち、もう友達だもんね!」

「……ともだち……」

「うん、友達! 違う?」

 マリーはその問いに、考え込んでしまった。でも、表情はわずかに緩んでいる。

 答えの代わりにマリーは言った。

「……ありがと」

 気に入ったのか、マスコットを眺め続けている。

 リリカはそんなマリーを見て、うれしそうに笑ってから、パンと手を叩く。

「ね! あたしたち、チームになったんだよね! だったらさ、カッコイイグループ名を付けようよ! っていうか、実はもう考えてあるんだ! 〈NineSK〉っていうんだけど、どう? ねえ、どう?」

 ……それって、『九曜マリー・好き好き・クラブ』だよね? カッコイイと対極にある名前だよね?

「〈NineSK〉、『9(Nine)yo Marry and the strange knights』、『九曜マリーと奇妙な騎士団』って意味だよ! ストレンジって響きが格好良くない!」

「……あれ? 僕が知っている〈NineSK〉と意味が違う……」

「んんんー? 何意味の分からないこと言ってるの?」

 しらを切るリリカ。

 そんな僕らを見て、カナタがいつもの微笑みを見せる。

「俺はそれでいいと思うよ。騎士団長も、それでいいよな?」

 僕の肩を叩く。

「……って、え? 団長、って僕のこと?」

「チーム発起人、そしてマリーさんの恋人。他に適任はいないよ」

「ま、いいんじゃない?」

 恋人という単語にしっかり歯ぎしりをしながらも、リリカも頷く。

 ……いや、僕の意志は? そもそもリーダーって柄ではないし、この中で時価総額も一番低い。カナタが騎士団長である方がよっぽど自然だし、似合っている。

 人生が懸かっている場面で仕切るなんて、僕には荷が重すぎる。

「あのさ……」

 断ろうと口を開くと、とことことマリーが間近にやってきた。表情は真顔だ。

「え? マリー、何?」

 マリーは少し戸惑った様子で、でも決意を決めたように一度頷くと、僕の耳元に唇を近づける。

 もちろん僕はその近すぎる距離に慌てるが、肩に手を置いたマリーに、声も上げられない。

 マリーはささやく。

「ユウスケに騎士団長をやって欲しい」

 しかも、微妙に頬を朱に染めて。

「私を護って欲しい」

 ……って、あのマリーが、照れている? いつも無表情で、他人に感心がないようにしか見えないマリーが? 僕を奮い立たせるためだけに恥ずかしいと思っていることを、口にしてくれている?

 そう思った瞬間、僕はただでさえ熱くなっていた顔が、尚更熱くなった。急激に頭に血が上ったせいで、一瞬目眩がした。そのまま熱が収まらない。

 こ、これじゃあ――本当に付き合ったばかりのバカップルみたいじゃないか!

 ……ええと、もしかして僕は、少しぐらいは勘違いしていいのでは? そういえばあっさりと僕の誘いに乗ってくれたし、僕を褒めてもくれた。すぐ告白を受け入れてくれた。それって、マリーもまんざらじゃなかったってことでは? じゃ、じゃあ、これから普通のカップルみたいに付き合ったりするのかな? ああでも、普通のカップルってどうするものなんだ? デ、デートとかしちゃうのか? どうしようどうしよう僕はこれからどうやってマリーに接していけば――

 ――ポン。

「ひゃあ!」

 カナタが僕の頭に手を置いていた。僕と目が合うと、にこりと笑う。

「ユウスケ、悩むことが多そうだね。けれどまず、さっきまで話していたアレをやろう」

 僕は胸を叩いて、暴れている心臓を落ち着かせると、頷く。

 観覧車にたどり着くまでに、いくつか誓いを立てていた。それをみんなで口にして、気持ちを一つにしようと話したのだ。

 カナタは真っ直ぐ正面を見つめ、口を開く。

「いついかなるときも九曜マリーの剣になり」

 カナタが拳を出すと、リリカも続く。

「いついかなるときも九曜マリーの盾となる」

 カナタとリリカが、笑みを浮かべて、僕へと目を向ける。

 一度大きく息を吐くと、ようやく気持ちが落ち着いた。目に力を入れ、二人よりも勢いよく、拳を前に出す。三人共、その拳から、猫のキーチェーンマスコットが垂れている。

 僕は言う。

「ただ唯一、九曜マリーの正義のために」

 マリーも、少したどたどしい様子でマスコットを垂らして、拳を突き出す。

「世界を救うために」

 僕ら四人は、拳を合わせた。


 こうして――

 九曜マリーのための騎士団は、誕生した。


「……ふふ」

「ああ! マリーちゃんが、ちょっと笑った!」

 リリカが指摘した瞬間、マリーのわずかに上がっていた口角が元の位置に戻る。

「……笑ってない」

「ええ? 笑ってたでしょ! なんで嘘を吐くの!」

「だって、笑ってないから」


 けれど、この魂さえも繋がった気がした結束を前に、きっと僕だけが、確信していた。


 僕ら〈NineSK〉は、そう遠くない未来、崩壊する。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

利他的なマリー 御影瑛路/電撃文庫・電撃の新文芸 @dengekibunko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ