わなわな

河依龍摩

第1話 迷子?

 なんて事はない、夏の日差しが照りつける日のこと。


 俺はいつものように、森で狩をしていた。


 山の中には、俺たち一族が、獣を狩るための罠が、いくつも張り巡らされている。


 どこにあるのか、何があるのかを考えて、移動しないと、自分達ですら危ないことがある。


 罠にはまって、命を落とした者も、過去に何人かいたと聞く。


 だから俺も、森では緊張感を持って移動するのだ。


 切り開かれた道さえ、通っていれば、それを知らぬ者でも危険はないのだが、その日、道を外れてしまったのか、幼き娘が紛れ込んでいた。


(な、なんでこんなところにーー)


 俺は思わず絶句した。

 背格好からして、まだ七つかそこらだろうか。


 ここは危険だと、教えて安全な所まで、送り届けるべきだろうか。

 否、娘の服装から察するに、麓の村の一族であろうことがわかる。


 それでは、言葉が通じない。我々は、代々山で過ごしてきた民族で、文字というものすら持たない。


 彼女の民族は、ここ百年ほどの間に、大陸と呼ばれるところから、移り住んできた民族で、稲作とかいう文化を主体に生活している。


 先住民であった我々は、元々山を主体に生活してきたのだが、彼らがやってきたことにより、平地に降りることがほぼなくなってしまった。


(あの民族が、俺たちを山に追いやったんだ、ほっておけば良いさ、罠で命を落としても自業自得だ)


 何より出て行っても、我々は顔に刺青を入れていて、近寄るだけで怖がられてしまう。


(だが、あの幼い娘に罪があるのか、ここで見捨てては、同じじゃないのか?)


 俺は気になって、仕方がなくなってしまい、彼女を追うことにした。


(危なくなったら、助ければ良い)


 そう思い見ていると、彼女は茂みの中に迷い込む。


(そ、そこには、獣用の落とし穴が!)


 穴の中に落ちたならば、木製の槍で串刺しになってしまう。

 思わずそれを想像して、背筋が凍った。


 何とかしないとと、思い、駆け出そうとした時、彼女は倒れていた巨木の上を歩き出す。まさに罠にさしかかろうかという時に、道を変えたのだ。


 彼女の後を追って、その理由に気づく。


 罠の目の前に、今朝まで降っていた雨で、水たまりが出来ていたのだ。そのため、たまたまあった巨木の上に登ったのだろうと、わかった。


(運のいい娘だな)


 この時は、そう思っていた。


(な、そこは、毒矢を仕掛けた矢が!)


 そう、そこには獣が縄に足を引っ掛けると、矢が飛んでくる仕掛けがあるのだ。


 そして娘はその縄に足をかけると、それに足をとられてぽてっと転ぶ。だが、転んだところで、小型の獣用の罠だ、矢が体に刺さっておしまいである。


(今度こそおしまいだ!)


 と思った、瞬間、矢は空をすり抜けていく。娘が転んだ先が山の斜面側であり、転がり落ちていた。

 そして、少し痛そうなそぶりこそ見せていたが、何食わぬ顔で歩き出す。


(つくづく運のいい娘だな)


 そんな事を考えながら、ハラハラして付いていく。


 しばらく進むと樹々の中に、一箇所だけ獣の足跡で踏み荒らされた場所に出る。


(んむ、あそこには踏み込んだら、足を挟まれる罠がある。人であれば流石に怪しいと気付くだろう)


 そう思っていたのだが、娘は興味深々で近づいていく。


(馬鹿かあいつは、獣の足跡があれば、罠がなくとも、故意に近づこうなど普通は思わんだろ)


 そしてそのまますぐ近くまで行くので、流石にこれはと思い駆け出して叫ぶ。


 もちろん、相手に言葉は通じない。だが、娘に近づいて体を抱えようとした時、そこには娘の体はすでになかった。


 俺はその事で勢い余って、罠に突っ込んでしまう。


 そして、足を挟まれると、足に激痛が走り叫び声をあげた。

 必死になって罠から抜け出すと、ここから少し下に娘の姿が見えた。


 娘は一瞬、こちらを見ると、にこっと笑って……いやニヤリと笑うと、グッと親指を立ててくる。


 と、そのまま走り去っていった。


 それを見た俺の中で、ふつふつと怒りがわいてくる。それにより、わなわなと震える俺は、気付く。


(あの餓鬼知ってて、やってやがったのか!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わなわな 河依龍摩 @srk-ryu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ