小説が書けない!

作者 雲江斬太

すべてのエピソードへの応援コメント

  • 第10話 『ファイナル・ジ・アース』に…へのコメント

     袋小路に入ったら、そこで迷い続けるよりは一気に戻った方が良いかもしれませんね。書く苦労をしてきたからこそ、未練がましくこねてしまいがちですが……。

     連載お疲れ様でした。読み易く興味深いお話ばかりで楽しかったです!

    作者からの返信

     最後までお付き合いありがとうございます。

     まあ、こんな話もあるということと、ぼくはかこんな感じで書いたきたということ、そのふたつが記されています。

     一応自分自身のここまでの経緯を詳らかにして、つぎからは新しいステージに行く予定ですよ。まあ、どこへ行くかは不明ですが。

    2019年2月1日 18:55

  • 第9話 小説のゆるやかな死へのコメント

     おおお、ほぼアドリブで良くぞ!! 私も初期はそんな感じだったのですが、すぐ暴走して文字数が倍々になってバランスが崩壊するので、自制の意味と途中ゆるやかな死になりかけても軌道修正できるよう必ずプロットを作るようにしています。ツールの助けがないと難しい……!

    作者からの返信

     ほぼアドリブで書けますね。もちろん今も。

     ですが、あえてしておりません。

     ちなみに、アドリブで書いても、文字数が管理できます。当時はだいたい20ページ1話で8話というフォーマットで、だいたい単行本一冊文、10万文字以上なんですが、ほぼ正確にこのスペースに収めて書くこともできました。

     そこまで出来たとしても、というより、そんなことは関係なく、やはりプロットは作った方が良い、というのが今現在のぼくの結論です。
     というより、そこまでやってみて、はじめてプロットの意義が、そしてプロットの組み方が見えてきた感じでしょうか。

     なーんてことを書きだすと、プロット作成論になっちゃうんですが(笑)

    2019年1月31日 17:29

  • 第8話 大きな齟齬へのコメント

     「自分はこんなものじゃないはず」という思いは厄介ですよね。それは書く時の足かせにもなるし、発表後の姿勢や意見に対する反応にも影響しますし。
     けれど、そうした理想が見えていなければまた書くこともできない。その差が苦しい。辛い。それでも書きたい、ならば続けてバランスやコントロール方法という自分の乗りこなし方を学ぶしかない。

     続けて行って自分の実力を把握して受け入れてからが本番なのかなという気がしています。だから先人たちは「とにかく書け」というのかなぁと。

    作者からの返信

     こればっかりは言い切ることが難しいですね。なにが正解なのか? なにが間違いなのか?

     書くことが、本当に近道であるかは分からないのですが、他に方法は思いつきません。ほくの場合は、書いて書くことを甦らせました。所詮書くことくらしか能がないのかもしれません。

    2019年1月30日 19:55

  • 第7話 救いの女神は「こんにちはー!」…へのコメント

     ね、年代が……! 魅力的なキャラが自然と出てくるというのは羨ましいです。私も雲江さんほど作品に潜れるようになれば生まれて来るのだろうか。小説の書き方の差的に難しいかしら。

     「齟齬」運動で、自分の感覚と実際身体を動かした時の精度が一致するようになったみたいな感じでしょうか。

    作者からの返信

     「ベルゼバブ」を書いてから、もう二十年くらい経つんですねえ、と一人もの思いにふけりつつ。

     長く書いているぼくも、さすがにキャラクターが勝手に出てくるは、後にも先にもあの一回こっきりです。ぎりぎりで急遽作ったキャラクターってのは何人かいますが。

     「齟齬」は、運動よりも、一番近いのは、「格闘ゲーム」で、キャラを変えたときですね(笑)。ただし、明確な自覚がないから結構厄介なんではないかな、と。

    2019年1月29日 19:38

  • 第6話 それでもあがくへのコメント

     産みの苦しみ。ただでさえ何時間も何十時間もかけて世に送り出す作業は大変なのに、それでも手放すことはできない。楽という点で見ればやらなければいいのに、それでも進んでしまう魅力がある。
     書けなくなってでも、血を吐きながら活動を続ける辛さは相当なものだったでしょうね……。

    作者からの返信

     上のような表現だと、なんかすごい苦労して書き続けているように感じられるかもしれないんですが、実際はそんな格好いいものではなくて、つまらない小説を書き始めては途中でやめて、未練たらしくまた書き始めては途中でやめての連続でしたね。だらだらと縋っていた感じです。フラれた女性を思い出してめそめそしているような(笑)。

    2019年1月28日 19:26

  • 第5話 翼を失うへのコメント

     私は毎回傑作だと思いながら書いている性質ではありますが、そこまで小説と一体になれた、書き上げた後も傑作だこれは二度と書けないと思えるほどのものは未だ書けたことがありません。
     それは手に入れてみたくもありますが、そこまでのものを手にしたあとを考えるとちょっと怖いですよね……。

    作者からの返信

     ちょっと説明が難しいのですが、書いていて、そして書いた後、「傑作だ」とは思わなかったのです。ただ楽しかった。で、それが作品の質につながっているのか知りたくて出版社にもっていって編集者に見せたのです。

     ただ、あの感覚は二度ともどってきませんでした。正確には、それに近い感覚で書けるようには、その後なっています。が、あそこまで没入するのは、……危険ですね。シンクロ率400%とは、アレのことかもしれません。

    2019年1月27日 14:19

  • 第4話 出版社への持ち込みへのコメント

     おおお、出版の話に。そこまでの勢いがあったのですねAG。でも修正したらそうなってしまったと……。難しい。

    作者からの返信

     文庫の企画で出版かもって段階で編集部にいったら、編集長の態度が全然ちがったのが、ちょっと面白かったですね。

     当時としては革新的なアイディアがいくつかあり、でも現在は「よくある」設定です。

     が、なにより、オーバードライブがかかって書かれた作品は、勢いがちがう、というのはありますね。

     ぼく自身何がちがうこというもとないのですが、生まれた作品は雲泥の差、前作を月とするなら、次作はすっぽんでした。これはもう、技術論ではないのですが……。

    2019年1月26日 15:32

  • 第3話 唐突におとずれるへのコメント

     確かに高校時代の夏休み、寝てる時以外は執筆のみに集中出来た環境でトランス状態のように活動出来た日々には戻れない。あそこまで全てを放り投げて、小説にのみ集中できたのは大きかったですね。

     今は良くも悪くも冷静に見てしまう。客観視しながら修正しつつコントロールできるのは良いのですが。

  • 第2話 昔の執筆スタイルへのコメント

     アナログの時代……!
     今だと原稿用紙なんて大変そうだなーくらいにしか実感がないですが、冷静に考えると修正や文字ひとつ変えるにしてもしんどそう。ツール的な側面でも書くのに気合が要りますね。

    作者からの返信

     今でも原稿用紙に書いている人いるかもしれませんが。

     いろいろ大変です。

     まず、出て書くのが大変。筆記具も、シャーペンは不可だから、水性ペンを使うと、あっという間にインクがなくなる。万年筆を使ってました。

     文字はいちいち辞書で調べないと、かってに変換なんてしてくれないし、改稿は場合によってはテープで切り張しました。
     そして最大のネックは、なんといっても紙媒体であること。重いし、超場所を取るし、値段もバカにならない(笑)。

     当時は、ワープロ・ソフトの便利さに関心しつつも、姿形のない小説に一抹の不安も感じました。

    2019年1月24日 09:16

  • 第1話 小説が書けないらしいへのコメント

     書けない期間かぁ。私も何度か「こんなものじゃない」と思ってしまう、インプットに対して未熟なアウトプットに手が止まってしまう時期がありました。
     目だけ肥えて、あるいは詰め込んだ知識や技術を全部出したくて。自分の未熟さを受け入れられず、でも熱意だけはあるからインプットや教本は読み進めていくので悪循環に陥ってしまうという。

    作者からの返信

     草詩さん、こんにちは。ついさっき挨拶した気もしますが(笑)。

     そうですね、ちょうどそんな感じで書けなくなることあります。手が止まる。そして、そこからの悪循環。
     ほんとうに怖いのは、この悪循環なんですが、そこに気づかず深みにハマることがあります。

     これは、そんなお話です。しかも、ノンフィクション。

    2019年1月23日 12:17

  • 第10話 『ファイナル・ジ・アース』に…へのコメント

    参考になりました。

    作者からの返信

     何かのお役に立てれば幸いです。

    2019年1月15日 20:12

  • 第10話 『ファイナル・ジ・アース』に…へのコメント

    ノリとアドリブで書く自動筆記の感覚、そしてそれが急に止まってしまうと言うのも、しっかり経験がありました。
    その時は小説を殺してしまうような間違いに自分では気づく事がきなかったのですが、弟が「それなら自分が一部を改変して続き書こうか?」と言ってくれたことで、なんとかその小説は完成に至る事ができました。弟と共に作品を見直すことで、間違いに気づくことも出来ました。

    書けなくなったときは、続きを続きをと焦らず、少し戻って間違いを探してみた方が良いのかもしれませんね。

    貴重なお話、ありがとうございます。

    作者からの返信

     あの、自動筆記状態からいきなりの失速というのは、却って苦しいですね。書かねば、書けるはず、という気持ちがどうしてもありますからね。そのときに、ぼくですら、気合だとか根性だとか集中力だとかで、なんとかしようとあがいてました。でも、答えは、探していたのと、全然違う場所に。冷静に考えて、自動筆記が作用しているからこそ、失速なのですが、犯人を見つけたときは「おまえっ!」となりました。小説は奥が深いです。

     書けなくなる理由やメカニズムは人それぞれ、ケースバイケースでしょうが、なにかのヒントになれば、幸いでございます。

    2019年1月13日 13:16

  • 第1話 小説が書けないらしいへのコメント

    書けないと一口に言っても、どうして書けないかは人それぞれありそうですね。
    話が浮かばない、浮かんでも文章にできない、一つの区切りを迎えたところで燃え尽きる。自分が今まで経験してきただけでもこれだけあります。
    幸い今までは、書けなくたと言っても割とすぐにどうにかなりましたが、当時はいつも不安でした。そして今も、書けないとは言わないまでも少し停滞気味になっています。
    これを読んで、少しでも気持ちを前に向けていきたいです。

    作者からの返信

     無月兄さん、こんにちは。

     書けないのなんて、所詮気持ちの問題なんじゃないの?とは思うのですが、当人にしたら大問題ですよね。とくに、書けないことより、なぜ?いまつで?という原因の方を探してしまうのですが、自分の中のことなので、探しようがない。鏡無しで、目に刺さった棘を抜くようなものかもしれません。

     そして、この文章を公開して知ったのですが、「書けなくなった」経験をされた方が、ずいぶん多い。今現在、「書けない」という人も、この「書けなくなった」経験のある方々の人数の多さに、すこし安心できるのではないかな?と変な安心をしています。

    2019年1月13日 13:12

  • 第10話 『ファイナル・ジ・アース』に…へのコメント

    自分もたまに、小説を書いている途中で急に書けなくなる事はありますが、確かにプロットを見直して問題を解決させない事で、持ち直せたような気がします。
    手ごたえのある作品を書いた後に、パッとしない話しか書けなくなった経験もあります。恐らくこれからも執筆活動を続けていく中で、同じようなことは起きるでしょう。だけどこうして分析して、少し見方を変えることで、どうすればいいかが分かるのかもしれませんね。

    大変勉強になりました。ありがとうございます<(_ _)>

    作者からの返信

     無月弟さん、こんちは。

     以前弟さんが近況ノートで、小説が書けなくなったと記述されていて、ここでしたのと同じ話を掻い摘んで書き込んだことを覚えています。

     ぼくは案外これと同じプロット問題で先が書けなくなって、しかもそれが複数の連載作品で同時多発的に起こり、小説が書けなくなっている方、少なくないのではないかと思っているのです。

     「小説が書けない」のではなく、単なるプロットの問題。そうであるならば、修復は簡単です。

     でも、弟さんも、手ごたえのある作品のあとはパッとしないお話しか書けなくなったのですね。
     正直、こっちの方は、ちょっと厄介ですね。

     いずれにしろ、なにかのお役に立てれば幸いです。

    2019年1月13日 07:09

  • 第10話 『ファイナル・ジ・アース』に…へのコメント

    自動筆記マシーンだった相方のことを思い出しました。
    本能で書いてるようなリアルさ、その領域に至りたくて、さんざん考察しましたが、登場人物に限って言えば、彼女は無意識になることで同化するように体験していました。
    彼らの存在がゆらぐようなことがあれば、彼女も大きな痛手をくらうという、繊細さもはらんでいました。

    個として認めるため、意識して線を引こうとするわたしの方法とは逆です。
    それでも、本を読みながらその場にいるように、物語も人物も勝手に回っていきます。
    でも、彼女のような領域ではないとわかるんですね〜。

    なので、ここに書いておられる内容とは全然ちがう理由でわたしは書けなくなりましたが、無意識のひとってこわいわぁと、凄みも含めて、ひとごとではなく、そう思いました。
    とりとめもない長文ですみません。

    作者からの返信

     日竜生千さん、こんにちは。
     
     小説との距離感も、読書との兼ね合いも、きっと人それぞれなのでしょうね。そして、きっと、書けなくなる理由も。

     ぼくは自動筆記マシーンまではいかないのですが、ノープロットで書く楽しみは少なからず堪能したクチです。

     ただ、作品としての出来は、正直別問題であろうと……。

    2019年1月12日 20:15

  • 第10話 『ファイナル・ジ・アース』に…へのコメント

    ノープロットで長編が書けるってすごいですね!Σ( ゚Д゚)
    私もざっくりプロットでいつも書いてしまっていますが……(><)
    最近、物語のラストをしっかりイメージできていると、そこへ向けてなんとか書き上げることができるようになってきたな、と感じます。

    「プロットにおいて、問題を解決していいのは、あらたな問題がおきるときだけ」
    これにはなるほど! と唸りました。
    ずっと昔に書き上げられなかった小説には、もしかしたらそういう問題が潜んでいたのかもしれません(><)
    新しい視点を教えていただきありがとうございます(*´▽`*)

    作者からの返信

     ノープロットで書けるかどうは、その小説のタイプによるんじゃないでしょうか? 現在は、きっちりプロットを書くスタイルをとっています。でも、ノープロットも、それはそれで楽しいんですよね。

    「問題を解決していいのは、あらたな問題が起きるときだけ」というのは、知識として知っていたのですが、正直「めんどくせえな」と、放置してました。そんなややこしいプロット組めるかーい!というのが正直な気持ちで。

     ですが、体験として、小説内で問題を解決してしまうことが、かなり危険なことであると、このとき知りました。問題は、そりゃー解決したいですけどね。
     
     でも、びっくりしたのは、ほんとたったこれだけで小説が死ぬということです。しかも、恐ろしいことに、その死は、緩やかなんですね。これ、お店もそうですよ。なにか問題があっても、売り上げが落ちるのは半年後なんです。そして、落ち始めた売り上げは、なかなか元に戻らない。

     うん、ちょっと話がそれましたね。

    2019年1月12日 18:21

  • 第10話 『ファイナル・ジ・アース』に…へのコメント

    はじめまして。注目の作品で表示され、ふらっときました。書けなくなった時のことをつづっているエッセイは初めて読んだのですが、その時の状況や分析が淡々と書かれており、興味深かったです。

    作者からの返信

     オレンジ11さん、はじめまして。

     なんか、カクヨムで何人かの方々が、「小説が書けない!」と苦しんでおられるようなので、書いたものなのですが、じゃあこれが役に立つかというと、そこは甚だ怪しく、でもまあ心が少しでも軽くなってくれればいいかな?程度のスタンスで書かれたものです。
     
     で、ぼくは、ふつーに楽しくがんがん書いてるわけなんですけどね。

     正直、書けないのは、人それぞれ事情があると思うのですが、ぼくの場合は、こんな感じでした。

    2019年1月12日 06:45

  • 第8話 大きな齟齬へのコメント

    少し長いコメントを書いても良いでしょうか。不都合あれば消しても良いです(笑)
    これを読んで思ったのは、自分が本を読めなくなった時のことです。
    それはわりと最近のことで3年くらい前かな。
    数年前に「なろう」を見つけて、けっこうたくさん読んだんです。検索かけて片っ端から。
    そしてある時ひとつの作品に出合いました。
    その世界観は魅力的で、登場人物は良くも悪くも自分の考えと全く齟齬がなく、本当に違和感なく世界に入り込める作品でした。
    その時ですでに100万字は超えていたと思います。1回読んで、連載に追いついたときは泣きそうでした。最初からもう1回読みました。
    3回目は少し飛ばし気味で、好きなシーンを拾い集めて読みました。4回目はもう一度じっくりと。
    そして、他の本を読もうと思ったのです。でも、読めませんでした。紙の書籍もです。
    無理に読んだけれどなかなか集中できず、物語を素直に楽しめなくなりました。
    それから5回目を読んで、やっぱりその作品は大好きで……、字を読むこと自体には問題がないんです。他の物語に入り込めなくなっただけで。
    その間、およそ3か月くらいだったでしょうか。
    今思えば、そんなに長くはないですね。けど、濃かったです。
    どうにか、その世界観から一度自分を切り離さなければと、躍起になりました。
    それが私が、拙いながらも小説を書き始めたきっかけです。

    作者からの返信

     いえいえ、削除なんてそんな。youさんに不都合がなければ、残しておいてください。
     まさに、エピソード・ゼロという感じですね。
     ぼくはそこまで深くハマった物語はないのですが、あまりに感性が合ってしまうと、そんなことが起こるのですね。

     小説を書くことは、ときとして心から血を流すことになりかねません。見るのではなく、読むということ書くということは、それだけ心に影響を与える作業なんでしょうね。ほんのちょっとしたことで、何かが狂う。

     でも、正直、そこまで深く入り込めた物語があったことは、羨ましいとも思うのですが、うーん、逆につらそうですね。全身全霊の大恋愛のような感じなのでしょうか。

     でも、そこで自分で書き始めてみるというのは、たしかに正解かもしれません。小説を逆の視点から見ることができるから。
     読むにしろ、書くにしろ、あの謎の高揚感はいったいどこから来るのか? 家を一歩も出なくとも、不思議な体験ができる。それが読書なのでしょうか。

    2019年1月9日 13:02

  • 第7話 救いの女神は「こんにちはー!」…へのコメント

    うお……。
    そういった流れからの、『カーニヴァル・エンジン』だったんですねぇ……。

    次の回が興味深いです。『齟齬』ですか……?

    作者からの返信

     「齟齬」だと思うんです、たぶん。

     こればかりは、心の問題なので、目で見て確認とはいかないのですが。

     あのころは辛かった。でも、それでも小説には、ぼくは何度も救われています。

     そもそも、小説がなければ、ぼくが青嵐さんとここで会話することもなかったでしょうし。

    2019年1月8日 15:36

  • 第1話 小説が書けないらしいへのコメント

    こんばんは。
    9年ほど、書けなくなったことがあります。
    自分の書きたかった中高生の女子向けが書けなくなり、
    詩を書いたり、童話の勉強をしたり、童話を書いていました。

    15歳の時にコバルト作家になると決めて
    25歳までにコバルト作家になると周りに言って、
    小説の専門学校や、短大で心理学の勉強までしていたのに、
    24歳のころに、コバルト雑誌を読んでも楽しいと感じなくなったのが原因でした。

    今は、とても楽な気持ちで、自由に楽しく
    好きなものを書いて、
    好きなところに応募しています。

    作者からの返信

     橘ゆえさん、こんばんは。

     ゆえさんも、書けなくなった過去がありますか。9年は長いですね。

     ほくもそれくらいの期間、書けなかったのかなぁ? 後半は書かずに逃げていたような気もします。

     そして、ぼくも、いまは好きなものを好きなように書いています。自由に書けること。プロであるとか素人であるとか以前に、自由に書いて、それを好きだと言ったくれる人に読んでもらう。それ以上のことは、必要ないのかも知れないですね。

    2019年1月6日 20:45