第20話 エピローグ

 式典が終わった後は、それが始まる前以上の忙しさだった。私は早急に仕事の引継ぎを終え、王都の自分のアパートの引き払いを行った。もともと仕事ばかりであまり家にいなかったから片づけは楽であったが、それでも引き払いの完了までに3日ほどを要した。

 その後は飛竜で実家まで文字通り飛んで帰って、家の人々や領地の友人たちへの挨拶である。両親やきょうだいは私が魔王討伐の遠征隊の一員に選ばれたと聞くと最初はできの悪い冗談だと笑っていたが、護衛で私の帰郷に同行してくれた騎士からことの詳細を聞くに及んで、目を白黒させて言葉を失っていた。娘を死地に送ることはできないと父親は大いに反対したが、私が陛下からの任命書を見せたら押し黙ってしまいそれっきり部屋から出てこなくなってしまった。母もひたすら泣くばかりで私はあまりにも心苦しかったのだが、時間も無いので必要なことを長兄に言づけて家を出て来たのだ。


 その後は王都で必要なものを購入し、王城の騎士たちに必要最低限の護身術などを学んだ。もちろん焼け石に水ではあるが、危険なところに赴くからにはある程度自分の身は自分で守れるようにしなければいけない。幸いにもモリソン騎士団長——正式には戦士モリソンだが、誰もが騎士団長と呼び続けている——が旅の間にも訓練をつけてくれるそうだ。


 そんなこんなで怒涛の日々を終え、来週から開始される魔王討伐の遠征を前にして、私はバスーの温泉地帯へ来ていた。


「いやー、ついに明後日が出発式とは、寂しくなるねぇ」


 アルディが温泉に腰を下ろしながら言った。バスーの温泉には学生の時からよくアルディと来ていたので、お互い隠すものも何も無い。裸の付き合いというやつで、体の芯からリラックスして話ができた。


「そんなこと言いつつも、あんま寂しそうに見えないけど」


「そりゃ、魔導通信機があるからね。まだ試作品だけど、せっかくこの遠征で使えるんだ。毎日でも連絡ちょうだいよ」


「魔石がもったいないわ。でも魔物や魔法の関係で分からないことがあったらすぐ相談させてもらうわね。アルディにいつでも連絡できると考えると、とても心強いよ」


「そういってくれてありがとう。といっても、あれはまだ国家機密が解除されていないやつだから、慎重に扱ってよ? 王室でも知っている人は限られているんだし」


「分かっているよ。あんなのが一般に流通したら、軍事や経済が大混乱になちゃう。私も王室職員として国益に反することはしないので」


「たのみまっせー」


 そう言いながらアルディは温泉の横に置いたトレイからワインボトル引っこ抜いて、自分のグラスに入れる。


「で、どうよ、勇者君との関係は? アイツもリリーを手放したくないからって国王陛下に直談判するなんて、案外男らしいところあるじゃん」


 私のグラスにもワインを注ぎながら、悪戯っぽい瞳でこちらを覗いてくる。


「いや……彼は別にそういう意味で陛下と交渉したわけじゃないでしょ……たぶん……」


「それはどうだかねぇ……」


 アルディが嫌らしい目つきでこちらを見ながらワインを口にすると、ドアの開く音がして誰かの入ってくる気配があった。


「先輩たち先に入っちゃってズルいですよー」


 振り向くと湯けむりの間からタオルを巻いたエリザベスが歩いてくるのが見えた。タオルの上からでも彼女の胸がはち切れんばかりの主張をしており、プロポーションの良さが丸見えである。


「いや、アンタが迷っていたのが悪いんでしょ。にしても、ずいぶんエロっちい体してんなぁ、お嬢さん?」


 アルディがよりいやらしい目で嘗め回すようにエリザベスを見ると、彼女は「もー」と言いながら少し赤くなった。


 「ところで先輩方は何を話していたんですか?」


 エリザベスも浴槽のふちに座りながら、グラスに自分でワインを注いでいる。


「ああ、リリーが勇者君に愛されてんな、って話だよ」


「ホントですよねー! 何で陛下に直談判してまで、しかも勇者パーティーは4人だっていう慣例を破って! 王室の若い子の間では最近その話題で持ちきりですよ」


「いやー、私も陛下に直談判されるくらい愛されてみたいねぇ」


 アルディの言葉を聞いて私も耳まで赤くなる。もちろん、2人ともふざけているのは分かるのだが、あれ以来ちょくちょく彼を意識してしまう自分がいるのも事実だ。


「って言ってもエリザベスよ?」


 アルディが向き直って言う。


「何でしょう?」


「リリーだけじゃなくてハンナ様は良いのかい? あの千年に一度の美女と言われるハンナ王女だよ? 本気になったら勇者君なんてコロッといっちゃうんじゃないのかね?」


「んー、まぁそうなんですけど、何となく勇者様ってハンナ様のことを女性として見ていないような? なんかライバルって言うか、良い同志みたいな接し方な気がするんですよねー」


「あー、分かるかも。彼がハンナ様と話すときって、仕事の同僚と話している感じの雰囲気だよね」


 エリザベスの言葉に、私もつい相槌を入れる。


「そうなんですよ、リリー先輩。ですから私はあんまりハンナ様のことを警戒していないんです」


「え、じゃあ私のことは警戒しているの?」


「もちろんですよ! 勇者様と一番距離が近い女性と言えばリリー先輩なんですから。けどこの遠征は長いんです! まだリリー先輩が何のアプローチもしていない今からガンガン行けば、きっと私にも機会があると信じています!」


「頑張れワカゾー」


 アルディが興味なさげに言いながら一気にワインをあおった。秋の始まり、露天風呂の気温は決して高いとは言えなかったが、私の体は熱いままだった。

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勇者と王室の板挟みにあう秘書官は胃潰瘍になりそうです まいけ @mic_br

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