少女経営

naka-motoo

少女経営

「死ねよ」


 そういう言葉を生まれて10年で何回聴いたかなあ。聴き飽きたなあ。


「せっち、愛してるわ」


 養母お母さんの‘にっち’は朝晩そう言ってくれる。


「せっち、大好きだよ」


 養父お父さんの‘キヨロウ’も他の役員たちの目を気にしながら並んだデスクの横からこっそりと囁いてくれる。


 文具業界1位だった(株)コヨテと2位でわたしたちが属してた(株)ステイショナリー・ファイターの敵対的TOB戦争に勝利して、キヨロウは社長に、にっちはモニタリング課課長に、わたしはキヨロウを補佐するために、副社長に就任した。


 わたしの属性は、新会社、(株)ステイショナリー・ファイターIIの副社長で、キヨロウとにっちの養子で、女子小学生。小学5年の10歳なんだよね。


 世間はわたしをもてはやそうと取材攻勢やらバラエティに出てくれとか、その反対に、労働基準法満たしてんのか、とか訳の分からないこと言ってくるけど、会社のプロモーションにマイナスだと判断したら全部切り捨ててる。


 だってさ、街のお肉屋さんや八百屋さんで家業の手伝いをする小学生だってさ、それって、家族経営の一員だから。


 経営者なんだよ。


 バカなこと言わないでよ、って感じ。


 じゃあ、お肉屋さんの小学生の孫が、お店の掃除や配達の手伝いをしないことによって、その店が売り上げ落としたらさ、誰が責任取ってくれんの?


 くだらないコキ下ろしに付き合ってる暇なんてないんだよ。


 今日もキヨロウ・・・っと、未だに『社長』とか『お父さん』って呼ぶのは苦手なんだよね。まあ愛してるからいいよね。で、キヨロウはね、


「今日も頑張ってくれてありがとうございます!」


 って社員さんたちに言い続けるのが仕事。


 いや、ほんとだよ?


 極端な話、それだけでもいいんじゃないかって思うぐらいだよ、社長の仕事なんて。

 わたしの仕事は、他の役員たちと連携してキヨロウが掲げた『経営理念』の実現に向け全精力を注ぎ込むこと。


 誰もわたしを小学生だとか女子供だなんて思ってない。


 どう? それだけで経営陣の優秀さが分かるでしょ?


 けれども、キヨロウの経営理念が、凄まじいんだよね。


「生まれたら、死ぬ」


 わけわかんないよね? わたしも最初は意味不明だったよ。このDV・いじめ地獄のサバイバーたるわたしでさえ。

 でも、こんな当たり前のことを棚上げしてみんな生きてるってことが却って驚きなんだよね。


 ある日の、他の社員たちの朝飯前の社食で紙カップコーヒー飲みながらの早朝役員会議でさ。


「新商品、幕引きのシナリオも書いといてね」


 ってキヨロウがわたしたちに指示した時、ああ、やっぱり社長はこの人なんだ、って思ったね。


 諸行無常、なんて字面では随分大昔からスタンダードになってるけど、本気でそれを実感して、現実での行動としてそう生きてる人間なんて、多分いないよ。


 自分だけは違う。

 そう棚上げしてるのさ、みんな。


 なぜかわたしを敵視する女のクラス担任は、


「みんなまだ若いから夢を持ってね」


 なんて言うけど、反吐が出るよ。

 その昔、いくさや飢饉で半分死にながら毎日を生きてた人たちはさ、ハイティーンの女の子すら「余生」みたいな凄まじい感覚だったんだから。ローティーンのわたしも数年すれば、アラ20になって人生僅か50年の「余生」をまっしぐらだよ。


 何度も言うように、くだらない棚上げにはもう付き合えないんだ。


 だから、このキヨロウっていう素で経営の本質を実行してる社長と、ものの道理を知り尽くしてる役員たち、そして社員たちと共に、文具っていう『実務や創作』のための戦う道具を世の人にあまねく使い尽くしてもらうために、わたしは経営者としての『義務』を果たすのさ。


 そんなある日、しばらくの間聴いてなかった音声を久し振りに聴いたよ。


「死ね!」


 朝食の準備を任されて足りない食材を会社帰りにコンビニで買った帰り、駐輪場に向かうところで声のトーンを確認した。


 アイツしかいない。

 わたしが離縁した、中学生の元兄貴しか。


 見ると先輩なんだろう、服装というよりは目つきがおかしい男子中学生2人と一緒だった。

 元兄貴はわたしに言った。


「財布とサンドバッグ、どっちがいい?」

「死ね」


 一瞬、元兄貴が怯む。

 わたしからそういう言葉が出るとは思わなかったんだろう。わたしは続ける。


「オマエが死ねよ」


 ゲラゲラと爆笑する先輩2人。元兄貴は恥ずかしさと怒りとで顔面が蒼白になり、わたしをその先輩たちと同じ目つきで睨む。人真似しかできないクソ野郎が。


 わたしは思った。

 にっちみたいに強ければな。まだ死にたくないな。


 大げさだと思わないで。

 虐げられる人間はその瞬間、

「こんな奴のせいでこんなところで死にたくない」って覚悟でいるから。

 DVも学校でのいじめも、

 だから自尊心の崩壊と身体の苦痛とに耐えながら、時として性的なそれにすら耐えながら、って、戦ってるのさ。


 毎日が戦争なんだよ!

 第三者が適当なコメントすんじゃねえよ!


「もう一度言うぞ。財布とサンドバッグとどっちがいい」

「死ねよ」

「わかった。両方だな」


 13歳のくだらない男が10歳の死を意識した女に向かって蹴ってくる。

 兄妹ケンカじゃない、殺し合いなんだ。にっちは彼女に護身のための攻撃を指導してくれた女性指導者のメッサ先生のところに通うようにと何度もわたしに言ってくれた。おそらくこういう場面をも想定してのことなんだろう。猫可愛がりでなく現実を生き延びる術を養子に与えてやりたい。

 忙しさにかまけてそんな母心を結果的に踏みにじってたわたしを許してね、にっち。


「う」


 右脛を、つま先で蹴られた。


「う、う」


 今度は左右のまぶたを右左の拳で殴られた。呻くと同時に元兄貴の股間を狙って右足を蹴り上げる。


「バカか!」


 ガシッと、膝を閉じてわたしの右足を挟み込まれた。

 そのままぐいっと、わたしのブラウスの胸のあたりを掴まれ、後ろに押し倒される。

 背中を打つ瞬間に上体だけ起こしてなんとかアスファルトへの後頭部の直撃は免れた。


 ああ、これって、にっちがやられてた攻撃だな。


 元兄貴はわたしの胸の上にまたがって、そのまま拳をふりおろそうとした。


「うっ!」


 呻いたのはわたしじゃなくて元兄貴だった。

 兄貴の背後に、剣道の竹刀を持ちコンビニの制服を着た男の子が立ってた。

 その子は兄貴の背中を打ち据えた竹刀の切っ先を2人の先輩どもにもう向けていた。


「け、警察に通報しましたから!」


 声がオロオロだ。


「てめえ! 店、潰すぞ!?」

「わああっ!」


 その男の子は剣道なんかやったことのないような腰のひけたフォームで先輩どもに飛びかかっていった。多分強盗対策でレジに置かれている備品なんだろう。その子は勇敢だと思ったけれども、あっという間に竹刀よりも短いはずの足に蹴られ、逆に竹刀を奪われた。


 元兄貴も3人がかりでその子をいたぶろうと起き上がって先輩どもの所に駆け寄ろうとする。


 わたしは飛び起きて元兄貴のうなじに頭をぶつけた。そのまま右耳を噛む。


「ぎえっ! 離せ、このバカ!」


 離すわけないだろ。

 離したらわたしもその子も、死ぬ。


 サイレンが近づき、ドップラー効果を置いて一旦駐車場を通り過ぎた。

 パトカーはタイヤをきしませながら急バックして敷地内にそのまま入ってくる。警官2人が飛び出てきた。


「動くな!」


 2人とも拳銃を構えてる。


「武器を捨てろ!」


 先輩どもは竹刀をブラブラさせてる。


「はは。武器? ただの竹刀・・・」


 パン!


 全員の心拍が止まったのではないかと錯覚した。

 警官の1人が空へ向かって発砲したんだ。


 世の中のあらゆることは、冗談では済まない。改めてそれが分かったよ。


 ・・・・・・・・・・・


 保護者として連絡を受け、営業先から駆けつけてくれたにっち。

 恋人にでもするように、息ができないぐらいに固く抱きしめてくれた。

 にっちはわたしへの抱擁を解くと高校生バイトの男の子に頭を膝にくっつくぐらいに腰を折り曲げてお礼を言う。

 そして警官にも。


 それから警官に懇願した。


「お願いです。この男たちをずっと出られないように現場の状況を報告してください」

「お母さん、ですよね? 私たちは職責に誓って事実を細大漏らさず報告します。ただ、彼らは中学生です。法律上の措置というものもご理解ください」

「わかりました」


 にっちは、そう言って、全くの無表情で中学生3人の顔に視線を遣った。


「出てきたら、わたしが殺しますから」

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