04: gravedigger -墓掘人-

 雨は柔らかな石の連打のように途切れなく重い。こんなことでは子供も早く家に入って乾いた温かな布団で眠りたいだろう。だからその屍体を探さねばならない。骨には桜の花弁が貼り付き哀れに冷えている。

 ちいさなしかばねばかりを獣のように探し当てていく。

 私は、墓荒しだ。


 最初から分かっている。初めて子供の屍体を探したあの日から。自分は、遺棄犯が選んでこしらえた秘密の墓を探し出して暴こうとしているのだと、由利ゆりつかさは自覚している。

 どんなに忌まれる行為だとしても、そうしなければ自分がよばいあめのもたらすに耐えられず壊れてしまう。

 今日はその症状が重い。眼球の奥で視神経が焦げているみたいだ。ヴィジョンは視えているから探すのに支障はないが、いつもと違ってまだ降り始めなのに頭の奥まで鈍く痛い。手足の先とまぶたが痺れる。豪雨の叩きつける音に混じって

 いや、これは痛みそのものではない。できたばかりの外傷に成傷器を再びぴったりと差し込まれたときの苦痛から、主成分の痛みだけを差し引いた残りの嫌悪感のような、痛みの周辺要素のような、――音。

 音が聴こえているんだ、と由利はようやく気がつく。けれども痛みの要素が音で有り得るものか。ではこれは何らかの共感覚シナスタジア? ……誰の?

 いつもはこんな症状はない。音で屍体を探す雨鎮師レイン・ブレイカーもいるとは聞くが、由利は現場の映像をヴィジョンに見てそれを手掛かりに探すタイプだ。

 今聴こえているこれは、誰のものだろう。

 しかし、何にせよ。

 桜の下の池は、魚も骨も花弁が貼り付いて薄紅色になっているだろう。朝からずっとそんな映像を見ていた。多分、呼雨が降るだろうと思っていた。

 だから切っ掛けの雨を待っていた。そして降り始めと共に現場のヴィジョンを視たら最後、発見するまで止まることはできない。

 まるで屍体探しを待ち望んでいたかのようだ。こんな自分はやはりどこか呪われた人生を生きているのだろう、と由利は思う。何かに呪われているのだ、と原因を自分の外に叩き出す他には心を守る術を持たずに生きてきた。

 望んでこんな風に生まれた訳じゃない。


 鷹松たかまつ公園沿いの道路から折れて住宅街に入る。


 視える。

 桜の下の荒れた庭。薄紅の池。

 聴こえる。

 痛み。方向。雨の向こうに。


 由利つかさは、ぼんやりと立ちはだかる影のような門の前に足を止め、薄れた文字が石丸いしまると読める古い表札を見上げた。

 この中にいる。


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