03: interception -傍受-

 こんな最悪な寝起きがあるか、と心の底から思う。お陰で昼飯どころではない。ショックで気持ちが悪い。

 大体、なり何をしてるんだ俺は。絶対にこれはまずいと繰り返し脳内にアラートが点滅している。

 これは俺の仕事じゃない。あの研修生は俺の担当ではなく、俺は現場仕事を退しりぞいており、そもそも今は六係の人間ですらない。

 しかしあの研修生は、明らかに誰にも連絡せずに動いている。六係の許可もなく相方バディも連れていない。危険だ。

 頭の奥が鈍く痛い。手足の先と耳が痺れる。視界がランダムに閃光のようなものを読み取る。

 雨が重い。

 これはよばいあめだ。天気予報にも直前までの空模様にも反して、あまりに不自然に降り出した雨。子供の屍体が天を借りて泣き出した呼雨以外では有り得ない。

 本当に最悪だ。自分はまた呼雨が分かるようになってしまった。元に戻ってしまった。五年振りの呼雨は悪い冗談のように脳に効く。

 しかも、こんな時に目の前にいるのは殻つきのヒヨコみたいな研修生。さっき空中庭園ですれ違った時に見えた、雨滴モチーフのマーク入りの名札に明るいオレンジの研修ライン、間違いなく六係だ。

 それが傘も差さず地図も見ず何の迷いもない足取りで、しかし何かに追われるように歩いていく。行きたいなら行きたいで上司か先輩に連絡くらいできないのか。

 ……できないくらい切羽詰まるタイプの雨鎮師レイン・ブレイカーなのだろうか。だとすると、ますます単独で野放しにはできない。

 アスファルトに斉射され続ける弾丸のような、猛烈な雨になった。

 先を歩く研修生が豪雨の向こうにけぶって見えなくなりそうなのを追いながら、感覚のはっきりしない手で携帯端末ワンドを取り出した。傷だらけの古い防水モデル。長い間呼び出さなかったIDを宛先に、テキスト入力で短いメッセージを送る。

 研修生は迷いなく鷹松たかまつ公園の縁に沿って古い高級住宅地に入っていく。

 雨がさらに強まる。

 見失うまいと足を早めたとき、視界にまた火花のようなノイズが乗った。墨色の豪雨の中、焚火の中で写真が燃えるように視界があちこちから光って焦げて侵食され、喰われたその穴の向こうに、


――桜。満開を越えて、盛大に散る桜。


 あもどうはその瞬間、初めて由利ゆりつかさの視ているヴィジョンをした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る