02: alienation -疎外-

 同じ日に特殊犯捜査室の研修生になった同期たちとは、あまりべたべた一緒にいたくなかった。ネットワーク上の同期生グループにはほぼ強制的に入らされたが、書き込みはほとんどしない。興味がない。

 世界精霊化傾向スピリチュアライゼーションによる世界の変化に関連した新型の犯罪に対応すべく各都道府県警察に設置された特殊犯捜査室だが、その中でも気象関連性の乳幼児・児童屍体遺棄を扱う第六係配属はかなりあからさまに不気味がられる存在だ。

 そもそも雨鎮師レイン・ブレイカーは、しかばね狩り、屍体回収屋、墓掘人、と言われている。

 通称「雨係」とも呼ばれる六係に入るために最長一年間にもわたる気象捜査官の資格試験を受けて採用を手にした者たちは、志願して子供の屍体を掘り続ける変人扱いを受ける。一般受験枠でさえそうなのに、係長や室長のスカウト枠で気象捜査官試験を受験し実地試験を免除された者はより強く異物視されていた。免除されるということは、実地試験合格に相応しい実績がすでにある――つまり、雨を読んで子供の屍体を見付けたことがある、という意味だからだ。

 由利ゆりつかさは八歳から二十一歳までの間に三十六人の子供の他殺体を発見している。他係配属の同期に屍体コレクターと陰口を叩かれるより十三年も前から由利は、問題児、異常者、呪われた子、と言われてきた。周囲の大人から、同級生たちから、そして実の親から、直接に。

 中学生の時に親とは縁が切れた。児童虐待の被害者として由利は保護され、親子関係は法的にも消滅している。その後福祉制度を使って大学を出た。丸二年の入院があったにも関わらず何度かの飛び級の結果として標準修業年数より一年早く卒業。雨係――六係係長の広重ひろしげが由利をスカウトしたのは大学卒業の二年ほど前のことだ。

 どんな仕事に就こうと自分は相変わらず子供の屍体を探し当てながら生きていくのだろうと思っていた。それが仕事になっても人生は大して変わらないだろう。どうあれ疎外は受ける。

 人に何か言われること自体が嫌なわけではない。ただ面倒くさい。影で言われていればそれが伝わってくる経緯が面倒だし、直接言われるなら言われる間の相手の様子、消費する時間がわずらわしい。

 自分と付き合う友人まで陰口の対象になり疲弊させられるので、由利つかさは自然と単独行動する子供になり、そのまま単独行動する研修生になっている。


 研修の二日目。昼食は庁舎の食堂で迅速に済ませ、残りの時間を七階の空中庭園で過ごす。曇り空からは時々、太った葉巻型の連絡船バスが出てきたり、また雲上に沈んでいったりするのが見えた。

 空の上では当然雨は降らないんだよな、と由利は思う。雲上にいる時間の長い航空機の中に子供の遺体が隠されたなら、その子供のよばいあめは一体どうなるのだろう? しょっちゅう地上と行き来する小さな連絡船バスは無理だろうが、小さな街サイズの構造物がほとんど常に上空に浮かんでいる巡航船シップなら屍体が隠される可能性はある。気象捜査の本に過去のケースが載っていたような覚えがあるが、思い出せない。

 とにかくこの国で地上にいる限り雨は降る。

 幼い頃、親にまで激しく拒絶されるくらいなら雨の降らない月基地に引っ越したいと思って夜通し泣いた。何も面白がって屍体を探しているのではない。誰かを怖がらせたり気分を悪くさせるために探しているのでもない。ただ呼雨が降り出すと、どうしても探し出さなければならない精神状態になる。探し出さなければ自分の方がたない。気が狂ってしまう。日常生活に支障があるのだ。そのように生まれついてしまった由利を、実の親さえ気遣ってはくれなかった。


 ではやはり、呼雨の降らないところに行きたいか?

 そうすれば屍体を探す羽目にもならない。

 屍体を見付け続けることがなくなれば、さげすまれ、忌み嫌う目で見られることも無くなるだろう。

 ……無くなるか?

 屍体を探すという私の性質のひとつだけが嫌われているのか?

 そんなことは関係なく、私という人間のもっと根本的な性質が嫌われているのではないのか?


 その慢性的な堂々巡りの思考を切り裂いて、突如、けつくような光が視神経をジャックした。


 雨だ。

 また始まった。

 ――屍体を、探さなければならない。


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