05: recrudescence -再発-
気象捜査官が警察官として位置付けられることにはそれなりの理由がある。扱う事案が必ず死体遺棄事件であることが一つ。もう一つは、降り出した
感覚の鋭敏な
研修生が
六係係長の
――そいつはうちの研修生の
言われなくても危なっかしくて離れようがない。住人に苦情を言われたらさすがに盾になってやらなければならないと思う。怒鳴られようが蹴られようが、雨を読んでいる間はあの研修生は止まれないのだろうから、何とかして屍体を見付けるまでやらせなくては壊れてしまう。
自身もかつて気象捜査官だった天羽にはそれがよく分かる。やめてくれと言われてやめられる程度ならそもそも、六係入りする以前に素人の身で屍体を発見したりはしない。
重症の
屍体マニアのような言われ方をして周囲からも異端視されるうえに、その苦しみだ。気象捜査官のメンタルヘルス環境は良いとはいえない。屍体探しの能力が高い者ほど心を病んで現場を離れ、職場を離れ、それでも雨の度に苦しめられてアルコールや薬物等の依存症になり、人生を棒に振る者も少なくない。自死を選ぶ者も。
天羽もまた、その一人だ。加齢で感覚が閉じる可能性に賭けて何年も待つことができなかった。
死に損なって偶然、狩りの能力を
あの自殺失敗以来、かつてのような音は聴こえなくなっていた。痛みや苦しみから絞り出したような、凝縮された残酷の絶唱はもう聴こえない。
聴こえなくなっていたはずなのに。
それなのに、今、共鳴するようにびりびりと頭蓋に響いてくる、この視界の破れは何だ。
雨水を吸って膨らんだような手触りの門扉を押して中に入る。植え込みと大きな松が雨の向こうにひどく荒れた姿を晒している。この荒廃具合なら、ここはもう人が住んでいない可能性が高い。住人からのクレームには邪魔されずに済むかもしれない。
研修生の姿はどこにも見えない。刻々と重さを増す豪雨はまるで、目の前に墨を溶いたガラスのシャンデリアが下がっているみたいに向こう側を隠してしまう。
――でも池はこっちだ。
薄墨色の雨の中を進みかけて天羽は、池って何だ、と気付く。薄く、ぞっとする。池? なぜ池なんだ。
道が分かる。由利というあの研修生が、恐らくここを歩いた。雑草だらけの玉砂利の上の飛び石を、ほんの十数秒前に由利が通っている。進むべきルートは決まっている。
音がするからだ。
雨音を突き抜けて、声が聴こえている。
視界にゆらゆらと穴が開いては頭蓋が顎まで痺れ、その向こうに視えるものがある。
こんなに急に、と天羽は思う。
何の前触れもなく平然と、世界は元通りになってしまう。
雨の匂い。温度。重さ。そして雨の声。
命を捨ててまで決別したかった
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