異星人攻撃警報

寝る犬

異星人攻撃警報

 最近、異星人が地球を攻撃する回数が増えてきている。

 テレビでは連日、これは大規模な攻撃の起こる予兆であるとか、千年に一度レベルの大規模攻撃が今後数年以内に発生する確率が85%を超えたとか、自称『異星人侵略学者』たちが大騒ぎしていた。

 通販番組では対異星人防護グッズが飛ぶように売れ、通販会社の社長は甲高い声で最後のチャンスを連呼する。

 それでも、異星人による攻撃に慣れた日本人は、普段とまったく変わらず、平和に暮らしていた。


 かく言う私も、そんな一般的な日本人の一人である。

 その日も異星人による攻撃が行われる中、1秒たりとも遅れずにやってきた山手線に乗り、出勤した。


「佐藤君、キミたしか英語が堪能だったね」


 出社して席に着く暇もなく、課長に呼び止められる。

 一応語学留学の経験もある私は「はぁ、日常会話程度なら」と課長の後ろでガタガタ震えている外国人をちら見した。


「それは良かった。今日は教育係の佐々木君が休みでね。こんな時に限ってアンダーソンくんが何か騒いでいるんだ。きみ、よろしく頼むよ」


「はぁ。とりあえず話は聞いてみます」


 ほっとしたように私の肩をぽんぽんと叩き、課長はさっさと自席へ戻る。

 一人残されて、未だにガタガタ震えているアンダーソンくん(25歳)に、私は笑顔で怯えている理由を尋ねた。


「よかった、あなたは英語を話せるんですね」


「えぇ、まぁ日常会話くらいなら」


「それなら教えてください! なぜ『異星人攻撃警報』が出て、宇宙からあんなにレーザー銃が撃ち込まれているのに、日本人は平気な顔をして仕事をしようとしているのですか?!」


 アンダーソンくんが指差した先では、電光掲示板に『異星人攻撃警報レベル1-Alien Attack LEVEL.1』の表示が点滅していて、その先の空では対空自動防御システムが異星人の攻撃を自動的に無効化する光がチカチカと瞬いているのが見えた。

 あまりにも日常の光景過ぎて気づいていなかったが、確かに今まさに地球は異星人の攻撃を受けている。


 私はあまりにも慌てふためくアンダーソンくんに笑いかけ、落ち着くようにと肩をぽんぽんと叩いた。


「大丈夫ですよ。こんなのほぼ毎日の攻撃なので、たぶん誰も気づいてなかっただけです。少ししたら収まりますよ」


 そもそもレベル1は、対空自動防御システムが無効化できる確率99%以上の弱い攻撃だ。

 こんなものにいちいち反応していたんでは体がもたない。

 そう諭す私に疑いのまなざしを向けながらも、アンダーソンくんはとりあえず少し落ち着いた様子だった。


「日本人の順応力はすごいですね……」


「そうかな? 普通だと思いますけど」


「普通な訳……オウッ?!」


 私たちが会話を続けている目の前で、『異星人攻撃警報』のレベルが2に上がる。

 空では対空自動防御システムの光が強くなり、周囲の社員も何人かはそれに気づいたようだった。


 レベル2。

 対空自動防御システムによる無効化確率90%。

 まぁこれは、敏感な人なら気づくレベルだ。


 アンダーソンくんは私の目の前で膝を折り、神に祈っていた。


「アンダーソンくん、大丈夫ですよ。日本の誇る対空自動防御システムはこの程度普通です」


「普通な訳……オゥッ! マイガッ!」


「いやだから慌てないで。大丈夫だから」


 ちょっとここでは他の社員の視線が痛い。

 私は彼を元気づける言葉を掛けながら肩を貸し、この程度の異星人攻撃では誰も使わない社員シェルターへと移動した。

 シェルターに入ったことで、アンダーソンくんはまた少し落ち着きを取り戻す。

 私は自動販売機で缶コーヒーを2本買い、彼に手渡した。


「あ……ありがとうございま……ワッツ?!」


「お、レベル3か~。今日はちょっと頑張るなぁ」


 目の前で警報レベルが3に上がり、さすがにモニターに表示されているシェルターの外の人たちの映像でも、大半の人が空を見上げていた。

 それでもその顔には笑いが浮かび、特に焦っている人もいないようだ。

 まぁレベル3は「無効化しきれなかったレーザーによるけが人が出る可能性がある」レベルだし、そんなもんだろう。


「レベル3ですよ! 人が死にます! マイガッ! 建物が倒壊しますよ! オゥマイガッ!」


「大丈夫ですよ。日本の対空自動防御システムも建物も、そんなにやわじゃありませんよ」


 私はスマホでSNSアプリを開き、タイムラインを眺める。

 そこではお祭り好きな一部の人たちが「ぴかり」「こうげーき」などのツイートをしていた。

 私も一応「ぴかり」とツイートしておく。

 しかし、それ以上の動きは特になかった。


 となりのベンチで頭を抱え、「神様……日本人狂ってる」とぶつぶつつぶやくアンダーソンくんの背中をぽんぽんと叩きながら、のんびりとコーヒーを飲む。

 まったりし始めた私の見ている前で、警報レベルが4に上がった。


 攻撃が一部地表に届きはじめ、建物がゆらゆらと揺れる。

 アンダーソンくんはマンガのように飛び起きて「神よっ! 神様っ!」と叫び始めた。


「ちょっと落ち着いてくださいよ。とりあえずシェルターに入ってれば大丈夫ですから」


「そんな訳ないだろう!! 攻撃を受けてるんだぞ!! キチガイジャップ!!」


「あはは、大丈夫ですって。今日はちょっと強いだけですよ」


 モニターに映るシェルターの外の人たちも、三々五々集まって何人かはシェルターへと向かい始める。

 私はモニターを国営放送に切り替え、お気楽な旅番組を表示した。


 映像にはL字型の縁取りに『異星人攻撃速報』の文字が流れているが、番組の内容に変更はない。

 レベル4などと言っても所詮はそんなものだ。


「よぉ、佐藤。早いじゃん。さぼりか?」


 シェルターに入ってきた同期がニヤニヤと笑いながらベンチに座る。

 私はまだ叫んでいるアンダーソンを指差して、ため息をついた。


「しかし、レベル4って久しぶりだよな」


「だなぁ。1か月ぶりくらいか?」


「どうせなら通勤前に攻撃始まって電車が止まれば有給だったのになぁ」


「お前、課長に聞かれたら問題になるぞ」


 はははと笑いあう私たちの見ている映像が『レベル5じゃく』に変わり、スマホが『緊急異星人速報』の警告音をけたたましく鳴らした。

 アンダーソンくんの狂乱、ここに極まれり。

 館内放送が「皆さん落ち着いてシェルターへ避難してください」とゆっくり繰り返す中、テレビは「番組の途中ですが、ニュースをお伝えします」と緊急ニュースに切り替わった。


「5弱か。今日は強いな」


「やばいな。家族にLINEしよ」


「あ、俺も」


 もう「ノォー!!」だか「マイガッ!!」だが訳の分からない叫び声を上げるアンダーソンくんはみんな無視している。

 遅まきながらシェルターにやってきた課長に咎められたが、もうここまで来たらどうしようもないですよと言い訳すると、課長も納得してくれた。


 シェルターが混みはじめ、あちこちで笑い声が上がり始めたころ、警報が解除される。


「さぁ、仕事仕事~」


 課長の一声で皆は波が引くように部署へと戻って行った。

 テレビも旅番組に戻り、太った落語家がおいしそうに料理を頬張るシーンが映し出される。


 アンダーソンくんは、私に向かって「ファッキンジャップ」と言い残し、その日最後の便でアメリカへ帰国した。

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