第2章 守護副将イカルズ
第6話 シャルディア・翼人種居住区
――ガサガサガサガサッ!
なんの音かといえば、葉太、ラブリス、ローレラが木の枝をクッションに地面に落下していく音である。
「…………」
「……あたた」
「……ごめんなさい」
着地、もとい落下した3人は地面に転がって思い思いの反応を示していた。
「もっとひどい落ち方をしたこともあるから気にするな」
葉太はさっさと立ち上がって体についた土を払った。ラブリスとローレラもそれに倣うように立ち上がった。
「場所については失敗してないから安心して。シャルディアの翼人種居住区のすぐそばの森よ」
ローレラは言いながら、早速目的地へ向けて歩き出す。
葉太はそれに続きながら質問を投げた。
「具体的に今はどういう状況なんだ? 翼人種なら『跳んで』逃げればいいんじゃないのか?」
「『MYTHALY』だと思うんだけど何か特殊な呪いがかけられてるの。鳥を落とすことに特化してるみたいで、誰も羽根を動かせなくなったわ。それで人が混じってる私だけが跳べて……」
葉太は一瞬考え込んでから口を開く。
「それならその結界を張っているやつをどうにかすれば話が早いな」
命のやり取りにならずに終わらせられるのであればそれに越したことはない。
「確かにそうですね。ただ、その妨害がどこで行われているのか……」
会話をしながら大木を避けた3人の前に現れたのは、数メートル先にいる一人の男の後ろ姿だった。
葉太は2人を制止して、目を凝らし様子をうかがう。
男は両手で大きめの水晶玉のような何かを抱えて、葉太たちが向かっている方向――つまり、翼人種居住区のある方向に差し出していた。
「……あいつか?」
葉太は手で2人に動かないよう指示すると、自分の親指をかんだ。
宙に撒かれ凝固した血が、葉太の手の中で炎の剣になる。
「――ふッ」
葉太は間髪入れず、音もなく大地を蹴る――が。
男まで数メートルまで迫ったその瞬間、横合いから人影が飛び出す。
「――ち」
葉太は反射的に炎の剣を握った右手を振って敵を牽制すると、その影響で減速して着地した。水晶玉の男は物音に驚いたようにこちらを振り返っていた。
乱入者と水晶玉の男との間に挟まれた状況を嫌った葉太は、横に飛び退ってから、突如切りかかってきた敵に相対する。
「まったく、聖将の慧眼には恐れ入る。まさか本当に来るとは」
その声には確かに聞き覚えがあった。
その冷酷さのにじむ顔にも見覚えがあった。
「…………」
――守護副将イカルズ。
メスティラの遺体をぞんざいに引きずり、葉太たちの目の前に放り出した男。
その男が、鈍い光を放つ銀色の鎧をまとい、同じく鈍い銀の剣を握って立っていた。
「副将様が一兵卒のお守りとは頭が下がるな」
「何、俺は指揮能力を買われて今の地位にいるわけではないのでな。抵抗勢力の掃討は部下たちの判断に任せている」
「……そいつをどうにかすれば、翼人種は無事解放されるという理解でいいな?」
葉太は立てた親指を背後の男に指して言う。
イカルズは無表情のまま肩をすくめた。
「違うと言ったら信じるのか?」
「さてね。まあまあお人好しの自覚はあるが――」
葉太が言葉を切るのを待ち構えていたように、妖精の声が響く。
「―― "
葉太はイカルズから目をそらさず背後の男に左手を向ける。
「――
その言葉と同時、葉太は左手の人差し指から青白く輝く光弾を放った。
光弾が文字通り光に等しい速さで水晶玉の男へ迫る。
――キィンッ!
しかし光弾は男の背中に直撃する直前、何かに阻まれ高音とともに霧散した。
衝突音が響いたその瞬間、男の周囲には透明なドーム状の壁が広がっていたように見えた。
「さすがに抜かりはないか」
葉太は言いながら炎の剣を中段に構える。
障壁はおそらく魔術道具によるものだろう。
『MYTHALY』はこの世界にとっての異世界の異能を借りたものだが、もちろんこの世界に特有の異能も存在する。それが魔術だ。
メスティラもまた魔術師であった。基本的には『MYTHALY』の方が強力だが、能力の高い魔術師の魔術、あるいは魔術道具はこうして『MYTHALY』にすら抗し得る。
「当然だ」
イカルズも応じて、やや上段よりに構えた。
イカルズは速い。それはたった今の襲撃でもわかっている。先に背後の男を狙っても、背中を見せた瞬間に狩られる。
結局、この男をどうにかしない限り状況の打開はない。
「――はッ」
鋭く呼気を吐いて大地を蹴る。
イカルズはその場で動かず迎え撃つ。
しかし葉太の方が一拍速い。
「もらった!」
薄く研ぎ澄まされた超高熱が、あらゆるものを溶かし切り裂く邪神の炎。その炎の剣に重さはない。ゆえに最速である一閃が、イカルズの脇腹めがけて走る。
しかしイカルズは防御に出る様子がない。
気味の悪いものを感じつつも、浅めにイカルズの腹部へと剣を振るう。
「ふん――馬鹿め」
レーザー刃がイカルズの鎧を斬り裂いたかに思われたその瞬間、凝縮された炎は火花を散らすようにほどけた。
それと同時、イカルズの刃が袈裟斬りに振り落とされる。
「くっ」
葉太はかろうじて体をひねってかわす。
服の肩口がわずかに切れたが体は無傷。
「いい身のこなしだ。『MYTHALY』頼みというわけでもないようだな。見直したぞ、魔王」
イカルズはそう言って、初めて少し笑みを見せた。
葉太は舌打ちして小さく息をつく。
「どっちが魔王だ、外道共め」
「それは当然、化生どもに肩入れする貴様の方だろう――なッ!」
言いながらイカルズが地面を蹴る。
「―― "
葉太が後ろにステップを踏んだ瞬間、その手に真珠のように白く輝く長剣が握られる。
それでイカルズの最初の一撃をいなすと、そのまま押されるような形で剣戟に応じる。
"Triumph Revelation"は使用者が脅威と認定した存在が、使用者に決して触れないよう自動で迎撃する長剣だ。
「ちっ……」
邪神の炎が通らないということは、この鎧、もしくは鎧にかけられた強化がイカルズの『MYTHALY』と見て間違いないだろう。
同種の輝きであることを考えれば剣の方もセットかもしれない。
剣と鎧、あるいはそれ以外の何かを含めたセットの『MYTHALY』はそう少なくない。
「厄介だな」
『MYTHALY』を破る最も確実な方法は、当然原典においてその異能を破った異能だ。しかし先程のように、『MYTHALY』を節約しながら受動的にそれを特定するのは時間がかかる。
『MYTHALY』を破るもう1つの方法は、より強い『MYTHALY』をぶつけること。
まったく無関係の世界の『MYTHALY』同士の矛と盾がぶつかったとき、どちらが勝つかはぶつけてみなければわからない。
つまり片っ端から鎧破りの『MYTHALY』をぶつけていって破るか、そうしている間に得られた情報をもとに『MYTHALY』を割り出す。それしかない。
「ラブリス!」
「―― "
ラブリスが呼び出すと同時、葉太の左手の指先に黒く鋭利な矢じりのような刃が現れる。
「――ふんッ」
「はぁッ!」
イカルズが振り下ろした刃に、"Triumph Revelation"を全力で打ち合わせて弾き返す。
そのまま左腕を振りかぶらずに突き出し、イカルズの鎧にぶつける。
"Penetrate Black"は「魔術」的な操作を施された盾や鎧を、すり抜けて攻撃することのできる『MYTHALY』だ。
当然「魔術」とは原典である世界におけるもののことだが、この世界で使う場合でも、特殊な現象を引き起こすもの全般を「魔術」と認識して効果を発揮する。
基本的には『MYTHALY』全般にも通用するが――。
――ガキンッ!
どうやら『MYTHALY』としての格は向こうの方が上であるようだ。
「噂通りの矢継ぎ早だな。チート野郎」
ニヤリと笑ったイカルズは弾き上げられた剣の勢いに逆らわず、振り子の要領で一周させて今度は下から斬り上げてくる。
「言ってろ」
葉太はそれをいなしてバックステップを踏む。
「――"
ラブリスの声が響くや否や、葉太は左手を後ろに突き出した。
直後、手のひらで小さな爆発が起こる。その爆風は、葉太の体に正面への推進力を与えた。
一瞬で距離を詰めた葉太は、虚をつかれたイカルズの腹部に右手を伸ばす。
鎧に手が触れようかという瞬間、左手と同様の爆発が右手でも起きる。
「――ぐっ!?」
爆風がイカルズを襲う。
しかしイカルズはとっさの判断で剣を地面に突き立て、大きく距離を空けられることを防いだ。
「ちっ……過保護なお守りだ」
葉太は背後の結界の『MYTHALY』使いに視線をやってから言う。
鎧に風穴は空けられないとしても、突き放すことで『MYTHALY』使いへ迫る時間を稼ぐ狙いだったが、それは失敗に終わった。
「……なるほど。確かに強い」
イカルズは剣を地面から引き抜いて神妙にうなずいた。
「そいつはどうも。降参してくれるとありがたいんだが」
葉太は重心を落としながらイカルズをにらむ。
「馬鹿を言うな。久しぶりに戦いを楽しめそうだ」
「ふん、楽しい時間ってのは――すぐに終わるものだぜ」
言うと同時、葉太は鋭く地面を蹴った。
チート図書館使いの他称魔王、仇の守護聖将を討つ~どっちが魔王だ外道共!~ 明野れい @akeno_ray
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