第5話 翼人種の少女

「ほら、さっさと帰るぞ」


 葉太はラブリスの軽口にうんざりしながら促す。

 

「はーい」


 ラブリスがやはり軽い調子で応じると、葉太はため息をついた。

 

「――あ、あの!」


 そこへ少女の声が割って入ってくる。

 目を向けてみると、件の翼の生えた少女が緊張した様子で葉太を見つめていた。

 

「なんだ? 謝礼もいらないし取って食ったりもしないから帰っていいぞ」

「そ、そうじゃなくて……」


 言い出しづらそうに視線を泳がせること数秒。

 葉太が黙って待っていると、やがて意を決したように再び口を開く。

 

「あ、あなたが噂の魔王さん?」

「…………」


 葉太は半眼になって少女に抗議の視線を注いだ。

 少女は慌てたように手と首をぶんぶん振った。

 

「あっ、ご、ごめんなさい。そういうことじゃなくて、魔物を助けて回ってくれてるって噂の人なのか聞きたかったの」

「そうだったらなんだ?」


 葉太が首を傾げると、少女は葉太をまっすぐに見つめる。

 

「ええと、助けてもらった直後に言うのもどうかと思うのだけど……助けてほしくて」

「助ける? 誰を」

「私……私たちを」


 少女は自分の胸に手を当てて言った。

 葉太は肩をすくめる。

 

「話が見えないな。状況を説明してくれ」

「う、うん」


 うなずいた少女が一瞬後ろを振り返る。

 

「今、シャルディアという街で『守護者』と領主の私兵がにらみ合い……もう交戦してるかもしれないけど、とにかく危険な状態になってるの。このままだと私の仲間たちが……」


 仲間の身を案じてか、少女の表情が暗く曇る。

 葉太はしばらく黙って少女を見つめてから、腕を組んで首を傾げた。

 

「俺はお前みたいに力のない魔物が虐殺や惨殺されるのを防ぐために戦ってるのであって、戦う意志と力があるやつら同士の争いに加勢する気はない」


 少女はすぐさま首を振って葉太の言葉を否定する。

 

「戦いになんてならないわ。領主側の私兵に『MYTHALY』を持ってる人なんて数えるほどだし、持っててもほんの少し剣の切れ味を上げるとかそういうレベルだもの」

「相手は?」

「向こうも大半は銃兵で、『MYTHALY』持ちは数えるほどみたいなんだけど……」

「だけど?」


 絶望を感じさせる重苦しさで言いよどむ少女。葉太が続きを促すと、ぽつりと一言つぶやいた。

 

「――イカルズ」


 それを聞いた途端、葉太とラブリスは目を見開いた。

 

「守護副将……のことか?」


 聞き返された少女は、何か含みのある複雑な表情でうなずいた。


「うん、あの人が攻めてきてるの。なぜか今回はすごくおとなしいんだけど……」

「狙いは? あいつは魔物の殲滅以外興味ないだろ? シャルディアには翼人種の居住区があるという噂は聞いたことがあるが……」


 葉太は一旦言葉を切って少女をまじまじと見つめる。

 

「……そういえばお前は何者だ? 翼人種にしてはくちばしもないし体表の羽毛もまったくないが」

「あ、私は人間と翼人種のハーフなの。だからうまく『跳べ』なくて、あなたのところに跳ぶのにも失敗してここに……」

「跳ぶ……ああ、翼人種の能力か」

「そう、どこでも好きな場所に瞬間移動できるわ。上手い下手はあるけど普通の翼人種なら大体は跳べるわね」


 翼人種とは文字通り翼の生えた人型の魔物だ。本来であればこの少女のような翼の生えた人間風ではなく、体表が薄い羽毛に覆われている。

 その特殊能力として、翼を羽ばたかせることをトリガーとする瞬間移動が知られている。なお、翼による物理的な飛行はごく一部を除いて基本的にはできない。

 葉太は考え込むようにあごに手をやる。

 

「お前の仲間……つまり、イカルズの狙いは翼人種なのか?」

「うん、そうみたい。目的はわからないけど……」


 葉太は目を伏せ、小さく息をつくとラブリスと顔を見合わせた。

 

「守護聖将が絡んでないわけはないよな……」

「どうするんですか?」

「うーん……」


 葉太はうなってため息をついた。

 その様子を見て少女は不思議そうに首を傾げる。

 

「もしかして、何か因縁があるの?」


 葉太は顔を上げて肩をすくめた。

 

「まあな。守護聖将に恩人を殺された」

「それは……」


 沈痛な面持ちになる少女。それから少し眉間にしわを寄せて険しい表情になる。


「それなら……いえ、これはこっちの勝手な言い分ね」


 おそらく敵の敵は味方という論理で加勢してくれてもよいのではないか、とでも言おうとしたのだろう。気持ちはわからないでもない。

 

「悪いがその恩人の遺言でな、私怨に従うのは戒めている。だからこうして、今もあいつを追うことはせず罪のない魔物を守ることに徹している」

「……でも、恨んではいるんですよね?」

「当たり前だ」


 今こうして無事に生きて、戦えているのはメスティラのおかげだ。口数こそ少なかったが、確かな慈悲と優しさに満ちた偉大な人だった。森では人にも獣にも魔物にも分け隔てなく手を差し伸べていた。

 それをトレジャーハントでもするかのような軽さで殺した聖将が、憎くないはずがない。

 だが聖将を殺したところでメスティラが帰ってくるわけではない。聖将が消えたからといって罪のない魔物の虐殺が止むわけではない。必ず『守護聖将』の後釜は現れる。

 何より、メスティラは仇を打ってほしいなどとは思っていない。

 

「……とりあえず様子を見に行く。それで手を出す必要がありそうなら加勢する」


 とはいえ、放っておくわけにはいかない。

 守護聖将の腹心、守護副将イカルズが慈善活動のために郊外まで足を伸ばすとも思えない。これを見過ごすことでより大きな惨禍が生み出される可能性もある。

 

「本当!?」

「期待はしないでくれよ。あくまで様子見だ」


 そうは言ったものの、手を出さずに済む可能性はほんのわずかにもないだろうと、すでに頭の中では覚悟を決めていた。

 

「早速シャルディアに跳びましょう」

「……大丈夫なのか?」


 失敗してここに来た、という話を聞いたあとにその台詞を聞かされるのはあまり歓迎できるものではない。

 

「大丈夫よ。よく知ってる場所ならいくら私でも失敗しないわ」

「……まあいいが」


 不安を感じながらも任せることにする。

 

「……っ」


 葉太は気づかれない程度に顔をしかめて額をさすった。

 すでに制限を超えた『MYTHALY』の使用による反動の頭痛が始まっている。

 『MYTHALY』を使えば3人確実に転移できるが、使う『MYTHALY』は少ないに越したことはない。『跳ぶ』のに失敗したら使えばいい。

 

「じゃあ私の手を握って」


 少女が葉太とラブリスに手を差し出す。それぞれが握り返すと、少女は深呼吸した。ぴくりと背中の羽根が揺れる。

 

「行くわよ……」

「そうえば、名前はなんていうんですか?」


 そこにラブリスが何気なくそんな台詞を挟む。

 少女は虚をつかれたようにまばたきを繰り返したあとで、自分の名前を聞かれたことを理解した。


「ローレラよ」


 唐突なのはいつものことなので葉太はもう何も言わない。


「ローレラね。私はラブリス。こっちは葉太こと魔王」

「逆だ逆……魔王こと葉――いや違う。逆でもない。ただの葉太だ」


 危うく二段構えのボケの罠にかかるところだった。いや、ほとんどかかっていたような気がするがそれには目をつぶっておく。

 

「ええ、ラブリスとヨウタ――ってラブリス?」

「そうですよ。雷を司る妖精、ラブリスちゃんです」

「ほ、本物? 女神ラブリス……?」

「ちっちっち。女神じゃないですよ。妖精です」


 ラブリスは指を立てて訂正する。

 ローレラと名乗った少女は合点したようにうなずいた。

 

「ああ、そういえばラブリスはときおり女神から妖精に格を落として人間界でいたずらをする、なんていう伝説を聞いたことがあるわ」

「おや、詳しいんですね」

「ええ、まあ。でもどうしてヨウタさんと一緒に行動を?」


 問われた葉太とラブリスが顔を見合わせる。

 ラブリスはにやりと笑って人差し指を立てた。

 

「それは内緒です」

「内緒?」

「ええ。あ、ほら、早く行かないと仲間のみなさんがまずいんじゃないですか?」


 ラブリスが指摘すると、ローレラが目を見開く。


「――そ、そうだった!」


 自分で話を脱線させておいて本当に勝手な妖精である。

 といっても、これが「ラブリス」の本質であるのだから仕方がない。

 

「しっかり捕まってて!」


 ローレラがぎゅっと葉太とラブリスの手を握ると、2人がうなずく。

 それを確認したローレラが目を伏せ、森に力強い羽ばたきがこだました。

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