第2話波止場の惨劇
目覚めた水池蓮魅は困惑していた。周りにはスーパーの店長と二人のスーパー従業員に親友の田口奈江。四人はパイプ椅子に座った蓮魅の太股に腰を据えた黒髪ふわふわヘアの褐色幼女を不審げに見つめ、幼女は短い足を振りながら真上に顔を向けて蓮魅の顔を見た。
「か~か、か~か♪♪」
それを耳にした奈江の眉間に皺が寄り、顔を近付けて来た。……どこか怖いのは気のせいだろうか。
「おい、この娘お前の事“かか”て呼んでるけどどーゆー意味だ?…まさかお母さんって意味か!?」
奈江の問いを聴いたスーパー関係者が顔をしかめた。蓮魅は突拍子もない奈江の質問に顔を真っ赤にして声を張り上げた。
「んな訳ないでしょ、わたしまだ17歳だよ!
第一あんたとは小5からの付き合いじゃない、今までわたしのお腹膨らんだ事ある!?」
言い返されてシドロモドロする奈江は納得いかないのか小さな声でブツブツと中学の時の事を話し出した。
「中2の時にお腹痛いって言って入院した時……」
「あれは盲腸炎、陣痛とか言ったら絶交!」
蓮魅に睨まれた奈江は男勝りな態度を急にしおらせてしまった。絶交と言う言葉は意外にも彼女には禁句に近い様だ。蓮魅は小さい溜め息を吐いて自分の膝の上に座る幼女を見おろした。
「…君はお名前何ていうの?」
蓮魅の問いに幼女は首を傾げると視線を反らしテーブルの上にあるクッキーの箱を見、口をだらしなく開けて涎を垂らし始めた。
「くてぃぃら。」
「クティーラ?」
「…食っていいか…、って意味じゃないのか?」
脇から突っ込みを入れた奈江を蓮魅はジト目を向け、彼女は肩をすくませる。
「まっ、警察に行けば名前も住所も分かるでしょ。」
蓮魅は特に慌てる訳でもなく、幼女…クティーラと言う名前かは分からないがその子が貰い食べているクッキーに自分も手を伸ばし食べた。
それから直ぐにパトカーがやって来て警察署へと向かおうとする時、蓮魅は奈江には帰る様に言った。
「帰れ…て、オレも取り敢えず関係者だろ。」
「関係者も何もこの子の身元調べて連れて行ってもらうだけだから。よく分からないけどわたしにはなついているみたいだから同行するだけ、この子の両親が来たら其れで用は終わり。
奈江まで来る必要はないよ。」
奈江は少し寂しげに蓮魅を見るが彼女は笑いかける。
「ありがと、明日学校でね。」
そして蓮魅は幼女を先にパトカーの後部座席に乗せようとするが、何故か分からないが妙に抵抗が強い。本気で嫌がっている様である。
「やーう、かかやーう!!」
「もう、大丈夫だから!警察行ったら本当のお母さんに会えるから!
…わたしは、もう会えないんだから…。」
ふと感情を口にしてしまった蓮魅は数秒呆け、運転する警官に急かされると自分に軽いゲンコツをかまして幼女を無理矢理後部座席の奥へやりパトカーに乗った。ドアを閉め、パトカーが発進すると奈江は奇妙な不安が胸の奥で広がり始めた。
「……蓮魅、大丈夫だよな?」
パトカーはスーパーの駐車場を出、警官署へと走り去った。
日本の太平洋排他的経済水域にて一隻の所属不明な潜水艦が潜んでいた。そして潜水艦に英語による一通の通信が入る。
《此方09、此方09、標的を確保。此より合流地点に向かう。》
軍帽を被った潜水艦の艦長が通信器を部下から受け取り、やはり英語にて通信を返す。
「了解した。合流後は標的を“05”に引き渡し彼の指揮下に入れ。」
《了解。》
通信が切れ、潜水艦艦長は軍帽を被り直しニヤリと嗤った。
「諸君、此れより標的を我等が艦へと積み込む。標的…否、積み荷となるモノは“核攻撃”を受けて尚生き延びた化け物”だ。
この艦もまた原子力、暴れられたら最期と知れ!
…では此れより原子力潜水艦“クラーケン”を日本の接続水域へと進入させる。
“Operation-Cthylla”を続行する!!」
謎の原子力潜水艦…“クラーケン”はその巨体を北西へと向け、スクリューを回転させ海水を巻いて前進した。
パトカーの車内で水池蓮魅は幼女を抱き寄せ、前座席に座る警官二人を不審に感じていた。一人は運転しているとはいえ二人とも全く此方には話し掛けてこない。時折、一瞥の様な視線を向けながら先程から無線機を頻繁に使い英語で会話をしていた。此所は日本である以上、日本の警官が国内で随時英語で通信会話をするなどテレビの特番でもそんな場面はない。隣に座る幼女もスーパーでパトカーから降りる警官を見た途端に警戒していた様でずっと唸って前座席の二人を睨み付けている。
そしてとうとうパトカーの動きが彼等が非常に危険なのだと決定付けた。警察署を通り過ぎたのである。警察署が見えなくなるとパトカーは赤色灯を点灯回転させてサイレンを鳴らし、突然スピードを出して乱暴な運転を始めた。後部座席の蓮魅は猛スピードによる加重に耐えながら前のめりとなり警官達に声を張り上げた。
「ちょっ、アンタら何やってんのよ、警察署は!?
アンタ達警官なの!?」
すると何と助手席の警官が拳銃を抜いて銃口を蓮魅の額に押し付けて呟いた。
「大人しくしていろ、暴れたら殺す。」
警官は殺意ある視線で蓮魅を黙らせようとしたが、逆効果の様で蓮魅は眉をつり上げて警官の右肩を鷲掴みにして耳元で怒鳴り上げた。
「ふっざけんじゃないわよ!!
これ未成年者略取てっ犯罪よ、拉致よ、誘拐よ、性犯罪よ!!」
“パンッ!!”
雷管の破裂音が車内に響いた。幼女は両耳を抑え、運転手は隣の警官を睨んだ。
「お前、一般人を撃ったな!」
「事故だよ、お前の荒い運転で引き金を引いちまったんだ。」
「俺の責任にする気か!?」
「死にゃしねえよ、太股だからな。
おっ、なかなかのチラリズムだ。いい眺めだぜ。」
そう言って助手席の警官は後部座席にイヤらしい顔を向けて銃をしまう。後ろでは座席にもたれた蓮魅が額に脂汗を滲ませ、スカートが捲れているのに意識を向けられず右太股を両手で押さえながら自分を撃った警官を睨みつけていた。掌と股の隙間からジクジクと血が滲み、幼女がオロオロとしながら股を押さえる蓮魅の手の甲に自分の小さな掌を重ねた。
「いっ!!」
しかし蓮魅の呻く様な悲鳴に怯えてその手を離してしまう。…が、蓮魅は幼女の手を優しく掴むと自分の手の甲に導いてもう一度重ねた。
「ありがとう、“クティーラ”。」
激痛に耐えながら安心させようと幼女には笑顔を見せて強がる蓮魅。クティーラと呼んでもらったのが嬉しかったのか…彼女が太股を撃たれた事で涙目で不安を露わにしていた幼女は小さくも強く微笑んでみせた。
「へえ、その化け物の名を知ってたのかよ女子校生?」
不意に助手席の警官が後部座席に向けて話しかけてきたので蓮魅は敵意を剥き出しにバックミラーを睨み付ける。
「かわいい幼女捕まえて化け物?
アンタ達頭おかしいんじゃない、この娘のドコが化け物なのよ!?」
「頭がおかしいか、長い間化け物どもと戦ってりゃあ頭もおかしくなるさ。
まっ、その化け物がお前になついているなら“この国から連れ出すのも楽になるかもな”。」
其処まで助手席の警官が話すと突然運転手である警官が左腕で助手席の警官の右頬を殴りつけた。その動きはボクシングのジャブだと蓮魅は思ったが、テレビで見るプロボクサーのジャブなどより数段速かった様に見えた。
(本当に何なのよコイツら!?)
助手席の警官は勢いで左側頭部をパワーウインドウにぶつけ、仲間を睨んだ。
「テメエ、“07”!」
「“09”、お前の悪趣味には反吐が出る。後は合流場所に着いてからだ。」
09と呼ばれた警官は舌打ちをして黙り込み、運転手である07も無言で運転に専念した。蓮魅はもう激痛で言葉も出ず、クティーラも蓮魅を心配して大人しくなってしまう。そしてパトカーは町を離れて潮の匂いがする場所…何処かの波止場を終着点として停車した。後部座席のドアが開き、09が右太股を撃たれた蓮魅を乱暴に引っ張り降ろし歩けず両膝をアスファルトについてしまう彼女だが09はまた無理矢理立たせて羽交い締めにし左のこめかみに拳銃の銃口を押し付けた。
「出てこい化け物、出てこなきゃ大好きな女殺すぞ。解るよな?」
パトカーから出ようとしなかった幼女…クティーラは心配そうに蓮魅の苦悶の顔を見、警戒しながらパトカーから出て来た。すると運転席にいた警官…07がパトカーを降りてでクティーラの小さな右手をやはり無理矢理に力一杯に掴んで吊り上げた。
「やああああああ、かああか、かああかあ!!」
蓮魅はその非道な行為に太股の激痛も忘れて09の溝内に肘打ちを叩き込んだ。油断していた彼はまともに喰らって仰け反り蓮魅から手を放してしまう。
「クティーラ!!」
07に掴みかかろうと蓮魅が両手を伸ばしたその時、またも“バンッ!”と…今度の銃声は日本警察仕様のニューナンブではなくは09が胸元から出した拳銃だ。銃口からは硝煙が立ち、彼に背を見せたまま蓮魅は両膝をついた。07は苦虫を噛んだ様な表情となり、クティーラは呆然と血塗れの彼女の顔を見つめていた。クティーラは蓮魅の左目が破裂して真っ赤な血が花火の様に広がるのを見ていた。引き金が引かれた拳銃の弾丸は蓮魅の左側後頭部に命中してそのまま左眼球を貫通したのである。クティーラは両目に涙を一杯に溜めて叫んだ。07は09を険悪に見据え、彼の殺傷行為を非難した。
「09、貴様の行為は任務の枠を越えている!」
「そうか、今の引き金は明らかにお前を守るつもりで引いたんだぜ。それに…“05”達も着いたみたいだぜ。」
09が指差す方向には葬式でもないのに黒いスーツを着込んだ男達の集団がいた。髪型は様々ではあるが皆が皆サングラスに黒い背広に白Yシャツに黒いネクタイと正にメン・イン・ブラックを地で行く姿であった。
その集団の中から一人断トツに背の高い男が前に出て二人の警官…07と09と向かい合った。
「任務御苦労様だった、二人とも。その娘はクルーザーに乗せてクラーケンに運び込め。」
二人が背の高い男に一礼をし、部下であろう黒服の男達にクティーラを預けようとした時、一瞬の隙を突いてクティーラは07の手から離れて逃亡…いや、クティーラは逃げる事はせずに地べたに座り込み項垂れ、左目より血を流して絶命している蓮魅の傍へと寄り添った。
「かぁか、かぁか…?」
返事は返ってこずクティーラがだらりと垂れた右手を揺さぶると蓮魅の亡骸は反対の方向へと倒れてしまった。ベチャッと血溜まりで血をはね散らしピクリとも動かない蓮魅を見つめるクティーラの表情に影が落ちる。その目には明らかに憤怒の炎を宿し始めていた。
邪神戦姫 濁酒三十六 @0036
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